いま撮られるべき物語だとつくづく。
「スウィート・シング」77点★★★★
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ビリー(ラナ・ロックウェル)は15歳。
普段は優しいけど、お酒に溺れがちな父(ウィル・パットン)と
まだ幼さの残る11歳の弟(ニコ・ロックウェル)と
小さな家で暮らしている。
母(カリン・パーソンズ)が出て行ってしまったので
ラナは家事をし、弟の勉強をみてやったりする。
クリスマスの日、ラナとニコは久しぶりに母と会い
食事ができることを楽しみにしていた。
だが、いまの恋人と現れた母に父が激怒し、結局、母に会えなかった。
そしてその夜、父は酔い潰れて帰ってきて――。
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ジム・ジャームッシュ監督と並んで
米インディーズ界でその名を知られる
アレクサンダー・ロックウェル監督の新作です。
ジャームッシュ監督に比べると
寡作な監督ですが
こんな作品をあたためて、作っていたんだなあとしみじみ。
それほど、この小さな物語に
シンプルに揺さぶられました。
冒頭は、チャップリンの映画のような
音楽とモノクロームの映像でスタート。
タイヤに釘を置いてイタズラをする悪ガキたちの様子が
ププッとなんだか微笑ましいのですが
すぐに舞台が現代で、彼らがタイヤ屋に頼まれて
その「仕事」をしてるとわかる。
そう、これは現代のシビアな現実を生きる姉弟の物語なのです。
主人公は巻き毛が美しい15歳の姉ビリーと
まだ幼さの残る11歳の弟ニコ。
彼らは優しいけれど、酒に溺がちな父と小さな家で暮らしている。
母親が出て行ってしまったため
ビリーは家事をし、弟の面倒を見ている。
典型的な貧困家庭のヤングケアラーの姿。
でも、そこにはささやかな、日々の営みの温かさがあるんですよね。
一番好きだったのは、クリスマスのシーン。
ビリーがニコが欲しがっていたおもちゃのでかい銃を
たぶん中古品屋で買ってきてて
むきだしのそれを
台所のアルミホイルで包んで、プレゼントにするんですよ。
翌朝、起きてきたニコはアルミホイルをビリビリやぶいて大喜び。
うわお、立派なギフト包装じゃん!いいアイデア!と思う。
こんな具合に、彼らは精一杯のアイデアと機知で
日々を暮らしてるんです。
でも、姉弟の望みは母と父が一緒にいてくれる「普通の家庭」。
その望みを追いかけて
姉弟はある冒険に出て、危機にも陥っていく――という展開。
貧困、両親の不仲、虐待、事件、逃避行――
終始、悲しみと不穏の予感にヒリヒリさせられるんだけど
それでも子どもの視線でみる日常のきらめきと、おだやかな一瞬も
素晴らしく切り取られていて
決して「悲惨」な印象はないんです。
画面は常にモノクロームで
ビリーが感じる「キラキラ」な瞬間だけ
カラーになるのも印象的で。
それになにより主演のビリーを演じる少女の輝きに
目を奪われるのですが
なんとビリーもニコも監督の実の子どもたち。
さらに彼らの出て行っちゃった母親役を演じるカリン・パーソンズも
監督の奥さんで、姉弟の実の母っていうんですから
びっくり!
こんな時代に、この物語って
何か実事件にインスパイアされていてもおかしくないな、と思ったのですが
監督はプレスのインタビューでシンプルに
「いま、この映画をどうしても撮らなければならなかった」と語っている。
子どもたちの目線で子どもたちを撮りたかったこと
そして自身の子ども時代の経験も入っているようです。
それにしてもやはりプレスにある
ビリー役のラナ・ロックウェルの聡明さに驚きました。
ビリーが酔って帰宅したお父さんに
無理矢理、髪を切られるシーンがあるんですが
そのシーンについてのラナの洞察が見事すぎる。
「あれは父親にとってビリーが
大人の女性になっていているという証しで、
彼は娘の髪が自由と成長を表していることに気づいた。
彼にとって脅威だった」って。
そのとおりだと観ていて思ったけど
15歳でここまで言語化できるなんて
ホント素晴らしいよ――。
先が楽しみですな。
ヤングケアラーの姉と弟を描いた作品といえば
という素晴らしいドキュメンタリーもあった。
ぜひこちらも!
★10/29(金)からヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。