ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

鉄道運転士の花束

2019-08-15 23:55:49 | た行

人身事故と鉄道運転士。

気になってたこのテーマをよく描いてくれた!

 

「鉄道運転士の花束」73点★★★★

 

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鉄道運転士のイリヤ(ラザル・リストフスキー)は

これまでに28人の人を殺してしまっていた。

といっても、もちろん轢死。

運転士に人身事故はどうしてもつきものなのだ。

 

そんなある日、イリヤは線路にいた少年を助ける。

「帰るところがない」という少年シーマを、イリヤは家に連れて帰った。

 

そして数年後。

シーマ(ペタール・コラッチ)はイリヤの養子として育てられ、

イリヤに憧れ、鉄道運転士を目指していた。

 

19歳になったシーマは、めでたく運転士となるが

事故を起こすかもしれないという不安で

夜も眠れなくなってしまい――?!

 

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なんだか、ロマンチックそうなタイトルが

内容と微妙に違う気もするんですが(笑)

ここは、あえてこれに「引っかかる」のがいいかもしれない。

と、思えるほどにユニークなセルビア映画です。

 

人身事故と鉄道運転士、という題材がまず興味深い。

もちろん事故は悲しいし、運転士の心の傷になりもするけれど、

この映画には悲愴や悲観がなく

死にまつわる話をかなーりブラックなユーモアで

描いているところがユニーク。

 

まず冒頭から

「え?運転室に犬がいますけど?!」とプッと笑わせて

どこかのんきな雰囲気が漂ってる。

 

さらに主人公イリヤが住んでるのが、列車を改造した家で

え?ナニコレ?!な素敵さだったり、

なんだか、いろいろおもしろいんです。

 

で、イリヤが養子にしたシーマ少年は

親の背を見て鉄道運転士になるんですが

人を轢くのが怖くて、パニックを起こしてしまう。

そんな息子に、イリヤはどうするか?

 

タブーも無視!なユーモア地雷だらけなので

あらゆる展開が予想でき、しかし

まったく先が読めないおもしろさでした。

 

 

セルビア映画って、あまりなじみがない気がしたけど

クロアチア、スロベニア、セルビア合作の

「灼熱」(2015年)とか

エミール・クストリッツア監督の

「オン・ザ・ミルキー・ロード」(17年)もセルビア後援だったり

 

ブルガリア発の

「さあ帰ろう、ペダルをこいで」(12年)も合作にセルビアが入ってる。

 

 

なるほど、予測のつかなさや、風変わりなおもしろさは

このへんの感じに近いのかも。

 

それに

運転席に座るシーマくんの切迫した横顔が

サライネスさんの漫画「誰も寝てはならぬ」のマキオくんにそっくりなのも笑えるんですよー(笑)

バスじゃないけどね。



★8/17(土)から新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「鉄道運転士の花束」公式サイト 

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カーマイン・ストリート・ギター

2019-08-07 23:58:16 | か行

めったに味わえないほど

うまみ深いドキュメンタリー!

 

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「カーマイン・ストリート・ギター」74点★★★★

 

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ニューヨーク、カーマイン・ストリートにある小さなギター店

「カーマイン・ストリート・ギター」。

この店の一週間を追うドキュメンタリーです。

 

 

ルー・リードをはじめ

ボブ・ディラン、パティ・スミスらも愛用するギター店だそうで

まず

頑固なギター職人おじさんが登場するのかな~と思いきや、

え、すげえキュートな女の子がギターを作ってる?!という

意外な導入部から、グッと惹きつけられました。

 

 

しかも彼女、この店の若い弟子らしいんす。・・・・・・キャー素敵!

 

店主のリック・ケリーは

ニューヨークの建物を解体した際に出る古材を使って、ギターを作っていて

まあおじさんだけど、割と柔和で、優しそう。

 

で、映画は店の月曜日から始まる。

店はとても静かで

80近そうな店主のお母さんが店番をしていて

なんだか居心地よさそうな空気が流れている。

 

そこにふらっとジム・ジャームッシュが来店したり

パティ・スミスバンドに所属するギタリストがやって来たり。

 

そして

客と店主の会話から

店の成り立ちや、ギター作りの過程、

店主やその弟子のヒストリーが自然に紹介されていく。

 

監督が口を挟むのではなく、「場」と「人」と「音」を主役にした

この運びが、実にうまい。

 

なぜ、NYの古材を使うのか?と客が聞き、

「1800年代の古材は乾燥していい具合に共鳴するんだ」と店主が答え、

実際にそのギターを、客が試し弾きしたりする。

その音が、本当に普通のギターと違ってる!というのが

素人のワシにもよーくわかるんです。

 

 

特にビル・フリーゼル氏(現代ミュージックシーンの重鎮ギタリスト、だそうです)がつまびく演奏、

うわ、キター!って感じ。

 

ここに集う人々は

ギターを、音楽を愛し、そして店主同様「木」や、自然を愛してる。

 

誰も決してバリバリに着飾ったりしてなくて

ラフなTシャツや、ちょっとよれたシャツで

「いや~儲かんないよ~カツカツだよ~」みたく言うけれど

でも、なんだか、この上なく幸せそうで、「豊か」にみえる。

 

 

彼らは自分に、そして人生に何があればいいのか

わかっているんだなって

これぞ人生の真の豊さだな、と感じて

心底うらやましくなりました。

 

 

映画中で、店主リックが火曜日にゲットした1850年代のバーの古材から、

木曜日にギターが出来上がる様子も描かれるんですね。

 

そして金曜日に聴く、

そのギターの音色といったら!

 

いや~マジびっくりしました。

ホントに長年、酒と煙草の煙が染みこんだ、

上等なバーボンみたいな、うまみとコクの味わいなのだ!

 

素人のワシでもわかるこの違い、

ぜひ、映画館で味わってみてください。

 

★8/10(土)から新宿シネマカリテ、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「カーマイン・ストリート・ギター」公式サイト

コメント (4)
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トム・オブ・フィンランド

2019-08-04 23:55:48 | た行

フレディ・マーキュリーらに

多大な影響を与えた画家がいたんです。

 

「トム・オブ・フィンランド」70点★★★★

 

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第二次対戦下のフィンランド。

戦地に赴くトウコ(ペッカ・ストラング)は

死と隣合わせななかで

軍服姿の兵士たちの姿に、密かに胸をときめかせていた。

 

戦争が終わり、家に帰ったトウコは

妹(ジェシカ・グラボウスキ―)に優しく迎え入れられ、

妹の紹介で広告会社で絵を描く仕事を得る。

 

当時のフィンランドで同性愛は法律で禁止されていたため

トウコは自分がゲイだと妹にも話せず、

夜の公園に行っては

取り締まりにおびえながら、相手を見つけていた。

 

そしてトウコは自分の内面を発散させるため

こっそりと男たちの絵を描き始める。

 

そして、1957年。アメリカの雑誌に送ったその絵が

表紙を飾ったことで

トウコの運命は大きく動き出し――?!

 

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同性愛が厳罰だった時代に

天才的な絵のセンスで自身のイマジネーション世界を描き、

しかし名を明かすことがなかなかできなかった

実在の画家の半生を描いた作品です。

 

彼の絵は

フレディ・マーキュリーや、デザイナーで映画監督のトム・フォード、

写真家ロバート・メイプルソープなどに

多大なインスピレーションを与えたそうで

なるほど、絵を見ると改めて

その影響力の大きさに、納得してしまう。

 

なにより、同性愛の情報が少なかった時代に

その絵は「自分だけじゃない」というメッセージになり

世界あらゆるところにいた

孤独な少年たちの力になったんだな、と思う。

 

 

映画はすごく誠実に作ってあって

過激な性描写などもなく

抑制を効かせつつ、しかも主人公の内面に迫っている。

 

トウコ役のペッカ・ストラングも

フィンランド版カンバーバッチ系というか

端整で繊細なキャラでいいし

しかも、本人にけっこう似ている!

 

 

劇中に、戦争下での経験、

特に

敵兵であるソ連の若者をナイフで刺した瞬間が何度も繰り返されて

そうした身体の感覚、

自身の性的感覚などを思い出しながら、それを昇華させ、絵を描くアーティストの高みを

うまく表しているなあと感じました。

 

そして彼の絵をいま、フィンランド政府が切手にも使用していることにも

見習うべき!と思うしね。

 

 

ただ

彼の絵が好きかどうかは

観客にも分かれるところかもしれない(笑)。

それはしょうがないですね。やっぱアートだから。

 

 

自分のセンスや好みは、当然あっていい。

でも、それと違ったものを好む人や、違う意見を持つ人を

排除したり、嫌悪してはならないのです。

 

 

監督のドメ・カルコスキ氏は

1976年キプロス共和国生まれで、5歳でフィンランドに移住した方。

「トルーキン 旅のはじまり」(8/30公開)も控えておりますので

注目です。

 

★8/2(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「トム・オブ・フィンランド」公式サイト

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メランコリック

2019-08-03 15:21:00 | ま行

おもしろい!「カメ止め」に続くヒットになって欲しい。

 

「メランコリック」80点★★★★

 

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30歳の和彦(皆川暢二)は、一応東大卒だが

いまはフリーター&ニートで実家暮らし。

 

うだつのあがらない日々を送るも、

両親も別にうるさく言うわけでなし

ぼんやりのんびり暮らしていた。

 

あるとき、和彦は近所の銭湯で

高校時代の同級生・百合(吉田芽吹)と再会し

ちょっといい雰囲気に。

 

百合に「ここでバイトすれば?」と言われ、

和彦はバイトの面接を受ける。

 

銭湯のオーナー(羽田真)は穏やかそうな人物で

一緒に面接にきた、金髪の松本(磯崎義知)も採用され、

二人は一緒に働くことになる。

 

そんなある深夜、銭湯に明かりがついているのをみた和彦は

興味本位で中をのぞく。

と、そこではなんと殺人が行われていて――?!

 

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銭湯で殺人?!――に

なぜか笑いと共感が巻き起こるというおもしろさ。

 

血みどろスプラッタ!とかではなく

ほんわか恋愛があったり、なにより笑えるので

ぜひ観に行ってください。

 

映画.comさんにも書かせていただいたんですが

この映画、

ある種の「お仕事ムービー」であるところが最高にツボるんですよね。

 

 

銭湯でバイトを始めた主人公・和彦は

一緒に働き始めた金髪のバイトくん・松本が

何やらオーナーに声をかけられてるのを見てしまう。

「なに話してたの?」と聞くも

「いや、なんでもないっす」。

 

で、そのうちに松本のほうが

「あ、これお願いしといていいすか。オレ、ちょっとオーナーに呼ばれてるんで」的に

なんとなく一歩優位な感じになっていく。

 

一緒に働き始めたのに、なんで?って

和彦はもやもやっとする。

そのやっかみからか、東大卒というビミョーなプライドからか

ヘタに首を突っ込み、裏の世界を知ってしまう――という。

 

バイト先での力関係をはじめ、

若者のヒエラルキーやら、負け感やら

心理描写が実に細やかで

共感度が高いのだ。

 

もちろんストーリーもよくできてるし。

 

田中征爾監督と、和彦役の皆川暢二氏、

松本役の磯崎義知氏(いい味出してるんだ、また彼が)はもともと友人だったそうで

皆川氏はプロデューサーを兼務、

田中監督は平日はベンチャーIT企業で映像制作をし

磯崎氏は武道経験を持ち

タクティカルアーツのディレクションをしているらしい(どうりで!)

 

みな別に仕事を持っている

いわば「兼業映画作家」集団なわけで

彼らの社会での経験値が、誰もに共鳴する感覚をリアルに描けた

大きな理由じゃないか、と思いました。

 

余談。

3人はOne Gooseという名の製作チームなんだけど

試写のあとの3人によるトークで聞いた

その名前の由来にも笑った。

 

昔、皆川さんが端役でドラマだか映画だかに出ていたとき

現場で名前の記載が「皆田“鴨”一」だったかな、

漢字一個しかあってねえけど?!なくらい

派手に間違えられていて

それで鴨と一、になった、って。たしか。

 

ワシ、爆笑したんだけど、

ん?よく考えると、鴨ってダック?

いや、なんかきっとほかに意味があるんだろうな(笑)

 

※↑上記に関し、皆川さんがTwitterでお答えくださいました☆

皆川暢二@映画『メランコリック』

香盤表に「皆口鴨一」と書かれていました。

本当は英訳すると「ダックワン」なので

それだとあまりにもワークマンみたいな感じになってしまうので、「ワングース」になりました。


そうだったのか~!(笑)

納得&スッキリした~!ということで転載させていただきました☆

 

★8/3(土)からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウンほか全国順次公開。

「メランコリック」公式サイト

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あなたの名前を呼べたなら

2019-08-02 01:48:54 | あ行

予想を超えて、いい映画!

 

「あなたの名前を呼べたなら」79点★★★★

 

***********************************

 

インドの大都会・ムンバイ。

ラトナ(ティロタマ・シューム)は

高層マンションで住み込みのメイドとして働いていた。

 

ラトナは田舎出身。

19歳で嫁に出され、しかし相手があっさり死んでしまい

若くして未亡人になった身だった。

田舎では未亡人=オワコン、とされていて

ラトナはそれにたまらず、都会に出てきたのだ。

彼女には「自立したい」という夢もあった。

 

ラトナの雇い主は

建設会社の御曹司アシュヴィン(ヴィヴェーク・ゴーンバル)。

 

彼には婚約者がおり、ラトナは彼の新婚家庭で

働くはず・・・・・・だった。

が、直前でアシュヴィンの結婚は破談になってしまう。

 

傷心のアシュヴィンをラトナは

静かに献身的に見守るが――?!   

 

***********************************

 

 

インドの大都会・ムンバイを舞台に、

富裕層青年とメイドが思わぬうちに心通わせて・・・・・・という話。

 

「身分違いの恋?」と、ちょっと甘やかさを想像すると

そんなに甘いもんじゃないんじゃ!という

インドの階級社会、慣習や現実がずーん、とも迫ってくる。

 

そこに女性の自立問題なども含まれ、

実によく織られた映画だと思いました。

 

99分という尺も、とてもGood。

 

田舎の村に生まれ、若くして嫁に出され

しかし嫁いだ相手があっさり死んでしまい

あっという間に未亡人となったヒロイン・ラトナ。

 

村にいられず、都会でメイドをしながら

「せめて妹には学を」と送金して学校に通わせている。

 

さらに自分も裁縫を習い、

デザイナーとして自立することを夢見ているんですね。

 

ラトナが田舎から都会に向かうバスのなかで

なぜか、アクセサリーとして腕輪を手にはめるシーンが実に印象深い。

 

実は田舎では未亡人は

腕輪ひとつ着飾ることも許されていないそうなんです。

だからラトナは、都会でしかそれを身につけることができない。

 

雇い主のタワマンで家事をしながら

チャリチャリと鳴るそれは耳障りのようでいて、

彼女の自由と自立への静かな決意表明なのだ。

 

 

そんな彼女は

雇い主であるダンナ様とほのかな恋心を通わせる・・・・・・んですが

現実は苦いことも、よくわかっている。

インドではそうした階級差の恋は双方にとって「恥!」であり

万が一、互いの想いが成就しても

一生「メイド上がりの妻」と言われ、

周囲のからかいの目にさらされるのは必須なんですね。

 

そんななか、まだ何も始まってない二人はどうするのか?

そして、最後をどう収めるのか?

 

意外と「こうきたか!」となるラストもいい。

 

その最後の最後、雇い主からの電話に出て、

初めて彼を「ダンナ様」はなく、名前で呼ぶそのシーンには

多くの意味が込められている。

 

かすかに明るい未来の、示し方も見事だなあと感じいりました。

 

雇い主のダンナ様役のヴィヴェーク・ゴーンバル氏も

すごくいいのですが

彼、「裁き」(17年)のあの弁護士さんなんだって!

ぜんっぜんわからなかった!(笑)

 

「AERA」の「いま観るシネマ」で

ロヘナ・ゲラ監督にインタビューをさせていただきました。

なぜ、この物語を作ったのか。

現在のインドでこれがどう受け止められるのか。

さまざまな背景を伺いましたので

ぜひ、映画と併せてご一読ください~

 

★8/2(金)からBunkamura ル・シネマほかで公開。

「あなたの名前を呼べたなら」公式サイト

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