ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

TOVE/トーベ

2021-10-05 00:57:52 | た行

シンプルな伝記じゃないところに

北欧の成熟を感じますねえ。

 

「TOVE/トーベ」74点★★★★

 

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第二次大戦下のフィンランド・ヘルシンキ。

画家の卵であるトーベ・ヤンソン(アルマ・ポウスティ)は

爆撃のなか

落書きのように「ムーミントロール」を描き始める。

 

戦争が終わると

トーベは廃墟と化したアトリエを借り、

本業である絵画制作に励む。

 

トーベの父は著名な彫刻家(ロバート・エンケル)で

母(カイサ・エルンスト)は挿絵画家。

サラブレッドな彼女だが

しかし保守的でまだまだ男社会な美術界で

自分の作風を見い出すことができず、葛藤を抱えていた。

 

そんななか、トーベは

舞台演出家のヴィヴィカ(クリスタ・コソネン)と出会い

恋に落ちるのだが――。

 

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あのムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの半生を描いた作品です。

 

ムーミンの作画シーンは所々に出てくるものの、

決してシンプルな伝記ではなく、

悩み、葛藤のただ中にいた、若き日にスポットをあて

「その人」に迫り切った感じ。

 

トーベ・ヤンソン好きなので

女性パートナーと生涯暮らしたことは知っていたけれど

本作は、関係各所がよく許したな、と思うほど

ある意味、赤裸々に

ある意味、自由に描かれている。

 

監督が好きに解釈して、描いてよし!とされている感じ。

こういう作品を見るたびに、

北欧社会の成熟度を感じてしまいますねえ。

 

 

有名な彫刻家を父に持ち、母もアーティストという

サラブレッドなトーベ。

しかし

まだまだ保守的な美術界で、二世としてもうまく泳ぐことを拒否し

ひたすら自分の「芸術」を生み出そうともがく。

 

彼女がノートに落書きのように描くムーミンの絵や、イラスト画は

めちゃくちゃ味があって「いい!」のだけど

本人はそれをアートと認めていないふしがあり

ひたすらキャンバスに向かって、苦戦している。

 

そうそう、自分のいいところって

自分ではなかなかわかんなかったりするんですよね。

 

 

で、そんな彼女のイラストに目をとめたのが

裕福な夫を持つ舞台演出家のヴィヴィカ。

もちろん実在の人物ですが

 

彼女を愛するようになったトーベは

彼女の後押しで現在につながるムーミンの物語を描きだすんです。

 

 

型にはまることをよしとせず、

率直にエネルギッシュに

自由に芸術を、人を愛するトーベ。

 

そんな彼女だからこそ

まだまだ性的マイノリティへの理解がないこの時代

(というか、当時、同性愛は重罪だったらしい)

男性と結婚しつつ「そんなの体裁よ」と言い放ち、自分を愛してくれる

ヴィヴィカの自由さに共鳴したのでしょう。

 

が、そこで

ヴィヴィカへの愛でいっぱいになり、

かつ、よき理解者で、しかし既婚者でもある男性アトスにも

寄りかかってしまう。

(このアトスさんは、スナフキンのモデルになった方らしいですよ)

 

自由でまっすぐな心を持つがゆえに

結局、愛に縛られてしまうトーベの姿が切ない。

 

 

なんといっても、あのムーミンの生みの親が、

厳格な父に悩み、自らの才能に悩み、愛に苦しんだこと

そのことを率直に描いた本作に

勇気づけられる少年少女が

どれだけいることだろうと思うのです。

 

ムーミンがおばけ話として始まっていたことも興味深いし

ファブリックや小道具に

狙い過ぎない自然なかわいさがある点も、さすが北欧、と思うのでした。

 

★10/1(金)から全国で公開。

「TOVE/トーベ」公式サイト

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コレクティブ 国家の嘘

2021-10-03 01:21:15 | か行

「トトとふたりの姉」(14年)の監督、やっぱ間違いない!

 

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「コレクティブ 国家の嘘」81点★★★★

 

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マイベストな「トトとふたりの姉」の

アレクサンダー・ナナウ監督によるドキュメンタリーです。

 

この映画、題材もすごいんだけど

やっぱりこの人の「魅せる」ドキュメンタリストとしての才能に感服してしまう。

 

「観察型」のスタイルで、ナレーションも挟まず

起こる出来事を追うのみなのに

本能、と言えそうな、ある種のエンタメ性とサービス精神で

惹きつける。

 

そして

真実を探り、告発するだけでなく

その先に起こることまでも追う視点に、

ちょっとレベルが違う――というか、驚きました。

 

すべてのはじまりは

2015年10月にルーマニア・ブカレストのクラブ「コレクティブ」で起こった火災。

27人が死亡、180人が負傷する大惨事となってしまったのですが

 

映画はまず遺族の会合から始まり、

そこからバンドのライブ映像に転じる。

最初はわからないのですが、

これ、当日のコレクティブで撮影された映像なんですよ!

まさに火災が起こる瞬間が捉えられていて

「え?」と鳥肌が立つほどショックを受けるのですが

同時に観る人をハマらせる絶妙な作りにも驚くというか。

 

さらに、この事件がショッキングなのが

火災を生きのびた負傷者たちが4ヶ月以内に37人も

搬送先の病院で亡くなっているんです。

結果、合計64人もの死者を出してしまった。

 

「いったい、なぜ?」

 

政府は記者会見を開いて説明をするんだけど

どうも釈然としない。

そこからカメラは、記者会見で鋭い質問を投げかける

スポーツ紙のトロンタン記者の取材を追いはじめます。

 

「報道が目を光らせなければ、国家は国民を虐げる」。

そう言い放つトロンタン記者がまぶしく

彼の戦友ともいえる女性記者ミレラもカッコいい。

 

そして

粘り強い調査と、衝撃の内部告発などから

彼らはある驚愕の事実にたどり着くんです。

さすがにやばくなった国が動き、保健相も辞任する。

 

――と、ここまでもかなり劇的なのですが

しかーし映画は、ここでは終わらない。

 

 

カメラはここから新任の若き保健省の大臣へと

視点をスイッチするんです。

 

疑惑を追及する側から、変革する側へ。

医師出身で誠実そうな彼の働きに希望がともるのですが、だが、しかし・・・・・・という

これまた怒濤の展開になっていきます。

 

 

国が、権力者が、自らの利益のために嘘をつき

それに国民が苦しめられる。

この一連の顛末は

あまりに我が国の「沼」に似ていて、やるせない。

 

正直、最近のニュースはもう聞くのもいやになっちゃうところあるのですが

それでもあきらめてはいけない、と鼓舞された気もするのです。

 

来週(10/4)発売の「AERA」で

アレクサンダー・ナナウ監督にインタビューをさせていただいてます。

あの映像はどうやって入手したのか?

現在のルーマニアは変化したのか?

監督はこの「沼」な状況に、果たして光を見い出せているのか?

 

ぜひ、映画とともにご一読くださいませ!

 

★10/2(土)シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「コレクティブ 国家の嘘」公式サイト

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