日曜日は被災地へ。
多賀城に在住のNさんが案内してくれるというので、お言葉に甘えました。
Nさんとは6年ぶりくらいにお会いしました。
Nさん宅で、ご家族の近況をお聞きし、ご長男に子供が生まれておじいちゃんになったことや、三男君が二十歳になり、美容師になったとか、こちらも嬉しいお話でした。
夜勤明けで待っていてくれた奥さまにも会えて嬉しかったです。
なにより、震災でみな無事だったことに改めて良かったと思いました。
早速Nさんの車で女川へ。
途中もこの辺まで津波が来たとか、本人も腰まで水に浸かって家に向かったとか、震災後ライフラインの復旧までの苦労をお聞きしました。
僕らの計画停電やガソリン不足のことなんて、現地と比べたら何でもないことだったと改めて思いました。
高速を降りて石巻へ。
津波の被害のあった場所が、今ではだいぶ片付けてられているようでしたが、所々瓦礫の山があったり、何もない広場みたいなところもかつては家があったとか、また建物だけ残っていて、窓などにブルーシートが張ってあって無人の家も多数見受けられました。
僕も毎年通っていた道ですが、変わっていてよく分からない。
女川に近づくにつれ海沿いの線路が無かったり、道路がかさ上げされてて、変な位置にガードレールがあったり、震災の傷痕が所々に見受けられました。
そしていよいよ女川の町へ。
町はまったく何もない状態。
三階建てのビルが倒れたままありました。
以前は商店街や住宅がたくさん有ったのに。
この辺が駅があったところと言われても、何が何だかわかりませんでした。
友人Kさんの実家も勿論跡形も無く、向かいのお寿司屋さんや買い物したスーパーもなにもありませんでした。
Kさんのお母様は高台に非難されて無事だったのは本当に良かったと思いました。
おそらく津波が来て、家が無くなるのを目の前で見てたのではないのでしょうか。
町の方のその時の気持ち、いたたまれません。
その後は、毎年行ってた海水浴場へ。
所々ある、小さな、みんな壊滅状態。
入り江の奥に仮設住宅があり、10~20軒の小さな集落に。
やはり、住んでたどころから離れられないのだろうなと。
気持ちは分かります。
30分ほどで夏浜海水浴場到着。
海は相変わらず美しいです。
しかし、岸壁などは陥没してて、水面と同じ高さに。
集落や海水浴場の脱衣場などは跡形もありませんでした。
また、いつか復活する事が出来るのか?
何も出来ない自分に腹立たしくなります。
帰りに
マリンパル女川の仮設店舗でお買い物。
少しだけですが、お金を使えて良かったです。
女川の仮設店舗や仮設住宅を見て、復興の時間を加速しなければと改めて思いました。
お昼は石巻の美味しいラーメン屋さんへ。
石巻の町中も津波の被害がものすごく、商店街も半分くらいは無くなったようです。
以前よく行った中華楼はありませんでした。
美味しかったのに、残念です。
今回は長寿飯店。
ラーメンを頂きました。こちらも美味しいお店でした。
細麺、汁がサッパリしているのですが出汁がしっかりしてて僕好みの味でした。
久々に美味しいラーメンを頂きました。
震災から1年半、やっと来れた震災地。
テレビでは分からない現地の様子が見れたこと、やっぱり良かったと思います。
一日お付きあいして頂いたNさんに感謝。
いろいろお話しを聞けて良かったです。
僕自身も頑張っていこうと思いました。
帰りは仙台駅でみやげ物を買い、駅近の利久で牛タンを堪能しました。
肉厚の牛タン、美味しかったです。
浦和の試合と震災地訪問、濃密な週末となりました。