セラピスト
50年後に残る職業として「セラピスト」がランキング4位に挙げられていた。「第4次産業革命(世界経済フォーラム ダボス会議」の発表である、セラピストとは直訳すれば「こころを癒す人」......
去年はこんなことを書いていた。最近新書ばかり読んでいたが、小説も一作読んだ。「教場」という長岡弘樹の警察学校の話である。知らない世界のことだらけで、職務質問の仕方、パトカーに乗るにも4ランクの検定がいるとか、白バイのこと、逮捕術、調書など、へえ、へえというばかりであった。この小説以外は経済書ばかりだった。それに政策が絡むものもある。
やはり、どう読んでも、どう考えても、日本政府は、あるいは日銀が、といってもいいのだが、危ない、出口もないトンネルをアクセルふかし、そこにはブレーキもないという有り様である。どう自分を守るかは、自分以外にない。
さて、今年は山茶花の花が多く、去年剪定した甲斐があった。今年は草花も育てが、やはり樹木の花の方が放っておいてよいので、来年は草花はやめようか、と考えているが、きっとホームセンターに行けば、あらま、綺麗な花だ、などと買ってぢまうのかもしれない。
二ヶ月ほど前に、裏庭の刈った草や剪定した枝木を燃やすのに、裏庭のドラム缶のそばに置いておいた。一ヶ月前に徐々に枯れたものを燃やしていたら、草がすでに腐葉土のようになっている部分があり、どこにはかぶと虫の幼虫がゴロゴロといた。おお、これは、と思い、孫達が来たら見せてあげようと思ったのだった。迂闊であった。一週間後再びのぞきにいくと、どうやら猪かなにかに食い荒らされた後があり、かぶと虫の幼虫は一匹もいなかったのである。柵を作ってネットでもしておけばよかった。湿った場所で幼虫は冬をすごすはずだっただろう。
夜、「それでも夜は明ける」というアメリカ映画を見た。以前学生時代に「ソルジャーブルー」を見て、アメリカに入ってきた移民は原住民を殺して、なんとひどいことをした上での建国か、と思ったのだった。今回の映画は奴隷の実話である。アメリカも自慢のできるような歴史を持ってねえな、振り返れば短い歴史の中で恥部ばかりじゃねえか、と思ったのだった。アメリカは経済力はつけたが、何が自慢できることなのだろう。