自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★おっぱいはお尻の擬態

2009年12月14日 | ⇒ドキュメント回廊
 動物行動学者の日高敏隆さんが逝去された(11月14日)。享年79歳。2度お会いするチャンスを得た。一度目は、06年8月30日、当時、総合地球環境学研究所(京都)の所長時代、その年の10月9日に開催した「能登半島 里山里海能登自然学校」のキックオフシンポジウムの基調講演のお願いをするための訪問だった。総合地球環境学研究所は京の森に囲まれた環境にあり、名称の印象から受ける威容さを削いだ洒脱な建物だった。日高氏の人柄もそのような感じの第一印象だった。

 お話をさせていただくと、専門の動物行動学の話になった。女性の下着メーカーのワコールが中心となって乳房(にゅうぼう)文化研究会を発足させ、なぜ女性のおっぱいは大きく丸いのかという形状を研究しているという。そのメンバーである日高氏は面白い話をしてくれた。いわく「おっぱいはお尻の擬態である」と。詳細は後段で記すが、目からウロコが落ちて、本人には失礼だったが笑ってしまった。本人も笑う姿を見て「どうだ参ったか」と言わんばかりにニヤリと。

 2度目にお会いしたのは、10月9日の珠洲市でのシンポジウムだった。日高氏の基調講演=写真=のタイトルは「自然界のバランスとは何か」。私はシンポジウムの司会者だった。講演の後、会場から質問が相次ぎ盛り上がった雰囲気となった。時間はオーバーしていたが、司会者の特権であえて「おっぱいはお尻の擬態」論に水を向けた質問をした。基調講演の締めくくりに会場から笑いを取ってやろう下心があった。日高氏も心得ていた様子で即座に乗ってきた。以下は、講演の録音テープから質問に答えていただいた部分の抜粋である。

                   ◇

 変な話なのですが,進化とは何をもって進化というかということになるのですが,先ほど象という動物が鼻を大きくしたというお話をしましたけれども,なぜそのようになってしまったのかよく分かりません。
 鼻が大きくなったのも進化一つなのでしょうが,人間の場合は,京都にワコールというブラジャーの会社があります。あそこが中心となって,乳房(にゅうぼう)文化研究会というものをやっています。要するに,人間のおっぱいは子供に乳をやるための器官です。ところが,普通の動物の乳房は,大体哺乳類以外は細長く,乳首が長くて子供が乳を非常に吸いやすいようにできていますが,人間の女のおっぱいはそうではなく,丸くて非常に形が美しい。丸くて乳首が短くて,赤ん坊が吸うには非常に不便であるということです。
 私はやったことがないのであまり分かりませんけれども,初めて子供さんを持ったお母さんが病院で,自分の生まれて初めて持った赤ん坊に自分のおっぱいをあげようとしますと,大変だそうですね。なかなかうまく吸いつけないですし,吸いついてもあまり押しつけたりしますと,今度は乳首の丸いところに赤ちゃんの鼻がびたっとくっついてしまって息ができなくなって泣くことがよくあるそうです。随分皆さん困って,看護婦さんがこうするのですよと教えないといけないそうです。
 ところが,ほかの動物はそんなことにはなっておりません。人間だけがそうなっているのです。非常に丸くて,とにかく子供におっぱいをあげるためには非常に不便な哺乳器官であるということで,変なことなのです。それが一つです。
 もう一つ変なことは,これは哺乳器官で,赤ん坊におっぱいをあげるために進化してきた器官なのに,どういうわけか男がそれを好きで,見たい,触りたい。だからセクハラという話が頻繁に起こっているのはそういうことなのです。しかも,それは赤ん坊が生まれるずっと前のお話です。本当は赤ん坊に乳をやるための器官であったはずなのが,男に性的な信号を与えるような器官になっているのです。
 それはどういうことなのだということを昔からいろいろな人は研究していたわけです。デズモンド・モリスというイギリスの動物行動学者ですが,この人のことは「あんな話はインチキだ」という話もありますからあまりまともに信じなくてもいいのですけれども,その人はこのようなことを考えたのです。つまり,人間は要するに類人猿ですから,メスは,自分はいいメスだろうということを相手のオスに知らせたいのです。類人猿やサルの仲間は,皆その「メスであるぞ」という信号はおしりなのですね。おしりが赤いなど,いろいろなものがあり,四つんばいで歩いていますから,おしりを見せて歩いていると,オスも四つんばいになって後ろから来て,前にいるおしりを見て,「おっ,いいおしりしているな,いいメスだな」と思い,そのメスを口説きに行くわけです。
 ところが人間は,何を考えたかこれもよく分かりませんが,まっすぐ立ってしまったのです。そして,人と会うときは目を見て向き合うようになってしまったのですね。ですから,女がいて,男がいて,話をしているときに,この女が男のことを気に入っていれば,自分がいい女でしょうと口説かれたいですし,自分も口説きたいわけなのですが,もともとはオサルの仲間ですから,要するに女である信号はおしりなのです。おしりはこちらを向いているのです。当の男は前を向いています。こちら向きに「いい女でしょう」と言いたいのですが,それはおしりが言っているわけなのです。それでデズモンド・モリスは多分,何とか前向きに言いたかったので,エイヤとばかりにおっぱいをおしりの擬態にしたのです。おっぱいを大きくしておしりにしてしまったのです。それを向けるのが前にいるわけですから,それをこうやって見せれば,「いい女でしょう」と言えるわけです。それで結局,おっぱいはそのようなものになってしまったのだろうというお話なのです(笑い・拍手)。

(司会) どうもありがとうございました。日高先生のお話,この間京都でしていただきましたが,このようなお話がどんどん出てきますので離れられなくなるのですね。動物行動学の日高敏隆先生に,もう一度拍手をお願いいたします(拍手)。

                ◇

 シンポジウムの司会をこれまで何度か経験したが、講演者と司会が妙に呼吸が合って、しかも笑いが取れた講演は日高氏が初めてだった。一期一会の名講演だった。

⇒14日(月)朝・金沢の天気   くもり
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