袁珂著『中国古代神話 1』(邦訳) みすず書房刊
p37
周揚同志はこういっている。「神話であろうと、迷信であろうと、元来ともに古代人達の世界に関する幼稚な認識、超自然の力に対する一種の信仰を反映している。しかし両者の意義はちがう。なぜなら超自然の力にかかわって行かないものは、すべて唾棄すべき迷信であるからだ。(中略) 神話はつねに神の権威に反抗しようとする。ととえば孫悟空の玉皇大帝への反抗、牛郎織女の王母への反抗など。(後略)
神話と迷信のちがいは、たしかに上に述べられたように本質的なちがいである。しかしわれわれが具体的にいくつかの神話に当って研究、考察する時、以下のような現象を発見する。つまり、多くの神話には、多かれ少なかれ迷信の要素がまざっていて、神話を構成する部分となっており、二者をはっきりと区別する方法がないことである。
p38
ここで私は、少しばかりの紙面をさいて、神話と伝説、神話と仙人譚の区別について略述しておこう。
序論の31頁までしか読んでいなかった
読んでおかなければいけないことが多すぎて・・・
「中国の神話・伝説 中国古代の人々の心」 と題する10冊のテキスト、10年にわたって教えていただいた漢文講座の先生が自ら手書きされ、作成して下さった胡蝶装仕立てのテキストです。
もう教えていただく機会は無くなってしまいましたが最初から読み直したいと思っています。
テキストを見ていると、やっぱり漢文の勉強がしたくなる・・・
p37
周揚同志はこういっている。「神話であろうと、迷信であろうと、元来ともに古代人達の世界に関する幼稚な認識、超自然の力に対する一種の信仰を反映している。しかし両者の意義はちがう。なぜなら超自然の力にかかわって行かないものは、すべて唾棄すべき迷信であるからだ。(中略) 神話はつねに神の権威に反抗しようとする。ととえば孫悟空の玉皇大帝への反抗、牛郎織女の王母への反抗など。(後略)
神話と迷信のちがいは、たしかに上に述べられたように本質的なちがいである。しかしわれわれが具体的にいくつかの神話に当って研究、考察する時、以下のような現象を発見する。つまり、多くの神話には、多かれ少なかれ迷信の要素がまざっていて、神話を構成する部分となっており、二者をはっきりと区別する方法がないことである。
p38
ここで私は、少しばかりの紙面をさいて、神話と伝説、神話と仙人譚の区別について略述しておこう。
序論の31頁までしか読んでいなかった

読んでおかなければいけないことが多すぎて・・・

「中国の神話・伝説 中国古代の人々の心」 と題する10冊のテキスト、10年にわたって教えていただいた漢文講座の先生が自ら手書きされ、作成して下さった胡蝶装仕立てのテキストです。
もう教えていただく機会は無くなってしまいましたが最初から読み直したいと思っています。
テキストを見ていると、やっぱり漢文の勉強がしたくなる・・・
