今年だけの特例に基づく”年賀はがき”が産んだ顛末である。
1月6日・バイク仲間だったKo氏から年賀状が贈られてきた。
頂いた御礼と、私の近況等と伴に、新年を迎えたご挨拶を認めた。
時間は、既に郵便物の回収時刻を過ぎていた。
「明日、投函しよう! 明日の消印なら問題はない・・・!」と、その日を終えた。
7日朝、目覚め、朝食を頂くなど、朝の所用を済ませた。
「(昨日、書いた年賀はがきを)投函しなければ・・」と、思いだした。
郵便局(の窓口)は、休日である。
「郵便局に持込むのも、ポストに投函するのも同じかぁ!?」
と、言う事で、ポストに投函した。
投函して気付いた。
回収時間は、明日ではないか・・!
しまった!と反省しても”後の祭り”
明日・ポストの前で、回収を待ち伏せして取り戻す! 若しくは、郵便局に事情を説明し、善後策を講じる。
8日になって、投函したポストの回収時間前、郵便局に電話する。
何と「本日の営業は終了しました」との回答(機械的な)である。
そうでした!今日は「成人の日」で、祝日である。
残る手段は、受け取りを拒否してもらうしかない。
その為には、Ko氏宅に赴くしかない。
初めての訪問である。
Ko氏からの年賀状に記された住所を手掛かりに、カーナビに設定を試みた。
私のナビが古いのか?住所登録が出来ない。
近くまで行って、聞けば分かるだろう・・?と、出発する。
「此の辺りかな?」と思える場所まで到着できたが、肝心の”人”が居ない。
「どうしょう!」と思っていると、路側に自動車を留め、犬の散歩をさせている人に出逢った。
途中まで、道案内して下さると云う! まさに”地獄で仏”の心境であった。
分岐点で、指さすので、御好意に感謝し、示された方向の進路をとった。
ナビは、砂漠の中を進んでいる様で、何の情報提供もしてくれない。
そう!ナビには走行している道の存在は、ないのである。
普通自動車・一台が、やっと通れる車幅である。
行けども、民家は見当たらない。
此処でも”地獄で仏”・・山道を下ってくる軽トラックと出会った。
透かさず、聞いてみた。
住所では、判らずとも”名”を告げれば「あぁ!貫ちゃんか!」と云った感じで、フレンドリーであった。
「この大道(と、下を指さす!)を進んで、大きな屋敷がある。 其処から500m程・進むと二股に至る。
そこを、右折し、行き止まりが”貫ちゃん”宅・・」と教えて頂いた。
私にとって、教えて頂いた目印となる「大きな屋敷」までが、無限の時間であるように感じた。
「えぇ!見過ごした・・!?」「いや!未だ通過していない!」と、自問自答する。
やっと、目印に言われた大きな屋敷まで辿り着いた時には、目的を果たした様な、気分に成っていた。
作業道と生活道が交差する山道である。
先ず、二股道に差し掛かった。
左は、養豚か養鶏場らしき施設が見えた。
自然と、右にコースをとっていた。
やがて、教えてもらった右に、進路をとった。
300m程、走ると舗装道が砂利道になった。
「此の世(時代)で、砂利道が生活道ではない!」と判断し、Uターンを試みた。
山の法面と、崖の間を細かく、切り返し操作を重ねた。
やがて、ハンドルを全切りすればUターンは完了するまでになった。
降雨の所為だろうか? ハンドル操作を重ねた所為だろうか?
動輪が空転して、脱出出来ない。
「レスキューは呼べないぞ!」と、深刻な気分に成った。
遣るしかない! バックと前進Lを細かく切り替え、車両を揺らし、クリップ点を探した。
脱出は果たしたものの「これから・どうしょう!」と、思いながら来た道を進んだ。
目印に教えてもらった「大きな屋敷」まで、来たところで、又しても「地獄で・・・」であった。
トラックに乗車しようとしている人が居た。
Koさん宅を教えて! おぉ!貫ちゃん所か?と、言って歩き出した。
「自動車が見えるだろう。あそこが貫ちゃん処だ!」
其処は、谷を挟んだ、稜線上に見えた。
お礼を述べ、自動車を進めた。
先ほど「養豚場・・・」と嫌厭した道路を進む。
やがて、到着はしたものの「表札」が掛っていない。
勇気をだして、訪問者ボタン(インターホン)を押した。
記憶は薄らいではいたもののKo氏との再会を果たし、年賀状の非礼を詫びた。
でもねぇ! ナビに無い”道”を進む事は、限りない不安でしたよ・・!
150kmの行程を経て、人様の親切や御好意によって、果たせることが出来た、今年だけの”年賀はがき”の顛末でした。
1月6日・バイク仲間だったKo氏から年賀状が贈られてきた。
頂いた御礼と、私の近況等と伴に、新年を迎えたご挨拶を認めた。
時間は、既に郵便物の回収時刻を過ぎていた。
「明日、投函しよう! 明日の消印なら問題はない・・・!」と、その日を終えた。
7日朝、目覚め、朝食を頂くなど、朝の所用を済ませた。
「(昨日、書いた年賀はがきを)投函しなければ・・」と、思いだした。
郵便局(の窓口)は、休日である。
「郵便局に持込むのも、ポストに投函するのも同じかぁ!?」
と、言う事で、ポストに投函した。
投函して気付いた。
回収時間は、明日ではないか・・!
しまった!と反省しても”後の祭り”
明日・ポストの前で、回収を待ち伏せして取り戻す! 若しくは、郵便局に事情を説明し、善後策を講じる。
8日になって、投函したポストの回収時間前、郵便局に電話する。
何と「本日の営業は終了しました」との回答(機械的な)である。
そうでした!今日は「成人の日」で、祝日である。
残る手段は、受け取りを拒否してもらうしかない。
その為には、Ko氏宅に赴くしかない。
初めての訪問である。
Ko氏からの年賀状に記された住所を手掛かりに、カーナビに設定を試みた。
私のナビが古いのか?住所登録が出来ない。
近くまで行って、聞けば分かるだろう・・?と、出発する。
「此の辺りかな?」と思える場所まで到着できたが、肝心の”人”が居ない。
「どうしょう!」と思っていると、路側に自動車を留め、犬の散歩をさせている人に出逢った。
途中まで、道案内して下さると云う! まさに”地獄で仏”の心境であった。
分岐点で、指さすので、御好意に感謝し、示された方向の進路をとった。
ナビは、砂漠の中を進んでいる様で、何の情報提供もしてくれない。
そう!ナビには走行している道の存在は、ないのである。
普通自動車・一台が、やっと通れる車幅である。
行けども、民家は見当たらない。
此処でも”地獄で仏”・・山道を下ってくる軽トラックと出会った。
透かさず、聞いてみた。
住所では、判らずとも”名”を告げれば「あぁ!貫ちゃんか!」と云った感じで、フレンドリーであった。
「この大道(と、下を指さす!)を進んで、大きな屋敷がある。 其処から500m程・進むと二股に至る。
そこを、右折し、行き止まりが”貫ちゃん”宅・・」と教えて頂いた。
私にとって、教えて頂いた目印となる「大きな屋敷」までが、無限の時間であるように感じた。
「えぇ!見過ごした・・!?」「いや!未だ通過していない!」と、自問自答する。
やっと、目印に言われた大きな屋敷まで辿り着いた時には、目的を果たした様な、気分に成っていた。
作業道と生活道が交差する山道である。
先ず、二股道に差し掛かった。
左は、養豚か養鶏場らしき施設が見えた。
自然と、右にコースをとっていた。
やがて、教えてもらった右に、進路をとった。
300m程、走ると舗装道が砂利道になった。
「此の世(時代)で、砂利道が生活道ではない!」と判断し、Uターンを試みた。
山の法面と、崖の間を細かく、切り返し操作を重ねた。
やがて、ハンドルを全切りすればUターンは完了するまでになった。
降雨の所為だろうか? ハンドル操作を重ねた所為だろうか?
動輪が空転して、脱出出来ない。
「レスキューは呼べないぞ!」と、深刻な気分に成った。
遣るしかない! バックと前進Lを細かく切り替え、車両を揺らし、クリップ点を探した。
脱出は果たしたものの「これから・どうしょう!」と、思いながら来た道を進んだ。
目印に教えてもらった「大きな屋敷」まで、来たところで、又しても「地獄で・・・」であった。
トラックに乗車しようとしている人が居た。
Koさん宅を教えて! おぉ!貫ちゃん所か?と、言って歩き出した。
「自動車が見えるだろう。あそこが貫ちゃん処だ!」
其処は、谷を挟んだ、稜線上に見えた。
お礼を述べ、自動車を進めた。
先ほど「養豚場・・・」と嫌厭した道路を進む。
やがて、到着はしたものの「表札」が掛っていない。
勇気をだして、訪問者ボタン(インターホン)を押した。
記憶は薄らいではいたもののKo氏との再会を果たし、年賀状の非礼を詫びた。
でもねぇ! ナビに無い”道”を進む事は、限りない不安でしたよ・・!
150kmの行程を経て、人様の親切や御好意によって、果たせることが出来た、今年だけの”年賀はがき”の顛末でした。