頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『緑の毒』桐野夏生

2011-10-12 | books

「緑の毒」桐野夏生 角川書店 2011年 (初出野生時代2003年12月号~2011年月号)

川辺康之、医者、39歳、開業医、妻あり、子なし、ヴィンテージスニーカー好き、おしゃれ好き、妻とうまくいってない。妻は医者、美人、公立病院の医者、同じ病院の救命救急の医者と不倫中。川辺は嫉妬のため、一人暮らしの女性を狙って、深夜にレイプを重ねる。被害者たちは…

うーむ。意外と嫌いじゃない、この小説。

桐野夏生は、昔は「OUT」を読んで、すげーなこの作家と思った。それから何作か読んで面白かったりそうでもなかったりして、以降私の中では読まなくてもいい作家になってしまっていた。

それがこの作品。毀誉褒貶があると思う。連続レイプ犯の内面に迫る+被害者側の反抗=読後、貴方はどう思われるか?

1.自分がレイプ犯になった気分で、とても清清しい(と思ったら貴方は鬼畜。でも自分が鬼畜でもいいじゃないですか、あくまでも仮想空間内だったら)

2.あーもーさいてー。てかまじむかつくー(と思う貴方は正常です。しかしこんなことは日常に起こり得ることですよ。戸締りちゃんとしましたか?)

3.人間て怖い。でも自分もその人間の一員だと思うと、ああああどうしたらいいのだろう(と思う貴方は人間としてとても魅力的です。そうです、それでいいのです)

桐野夏生が端倪すべからざる作家なのは、これが書き下ろし長編じゃなくて、細切れの短編、しかもかなり間の空いた連載なことである。第三篇から第四編の間は3年も空いている。合計8年もかかって書いた(考えた?)、しかもラストを決めないで最初から書き始めたとすれば、逆にそれってスゴイと思う。

最後に、川辺の妻、カオルがなぜ夫ではなく結婚していて、しかも特にファッションなどに頓着しない玉木に惹かれるか、こんな言葉で表現している。男の一員として、カオルの言葉になぜか、横面を引っぱたかれるような気がした。安物のピアスを玉木がプレゼントしてくれたのだが、


 若い女しか行かない店で、好きな女のピアスを買う。そして、若い店員とのお喋りを楽しむ。玉木はそういう男なのだった。多忙な癖に、あらゆる場面で楽しみを見出す。それも生命力の強さ、男の真の強さではないだろうか。カオルは、康之のように服装に凝ったり、他人の服装を論評する男が弱く思えてならない。(113頁より引用)



自分はノーマルだなーと思うのは、ファッションに異常にこだわる、線の細い川辺じゃなくて、基本的に鷹揚な玉木でありたいと思うからなんだけど、それが「あらゆる場面で楽しみを見出す」という表現を見たとき、あーうまいなーと思った。女から見た、かなり上質な対オトコ批評とも言える。

そう、そうなのさ。この作品全体に、男に対する桐野夏生節が炸裂しているのさ。単にレイプという犯罪の原因と結果だけじゃなく、男に対する見方について読む小説のようにも見えるのさ。そして私はそんな彼女の説教を聴くのが結構楽しかったのさ。

では、また。


緑の毒
桐野夏生
角川書店(角川グループパブリッシング)
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『平成猿蟹合戦図』吉田修一

2011-10-11 | books

「平成猿蟹合戦図」吉田修一 朝日新聞出版 2011年(初出週刊朝日2010年5月28日号~2011年4月29日号)

長崎の五島福江島でスナックで働きながら生まれたばかりの赤ん坊を育てる美月。夫の朋生はホストクラブで働くと言って島を出てから行方不明。彼を探して彼女は東京に出る… 人気チェリスト湊が起こしたひき逃げ、兄が身代わり出頭し懲役へ。しかし湊が真犯人だと知っている者が湊を脅そうとする…

ふむふむ。何が猿蟹合戦図なのか気にしないで読んできた。それ以前にどういう話なのかよく分からないまま読んできた。たぶんそれが良かったんだろうと思う。後半以降の意外な展開にすごく翻弄されながら楽しめたものだから。

ホストクラブで働く夫が行方不明、歌舞伎町の韓国クラブ、暴力団員、脅迫などのネタが出てくるので、犯罪者側から犯罪を描くクライム・フィクション、あるいはドタバタコメディのようなものなんだろうと思いながら読んでいた。

しかし、読み進めていくと全然違う。クライムフィクションが描く犯罪者の焦りが延々と描かれるわけじゃないし、そもそも犯罪がこの小説のメインテーマでもない。ドタバタコメディのような笑いがこの小説の原動力でもない。勧善懲悪のようなものがメインテーマだとする人もいるようだけれど、それにはちょっと違和感を感じる。

純文学(のような作品?)が描く人間がこの小説の根底にあるんだろうと思う。純文学はあまり読まないのでその言い方が正しいか不明なんだけれど。

人に対する見方が、自分の置かれた立場によって変わってしまう、なんてことがこんな風に書かれている。


東京で暮らすようになって、美月は最愛の夫である朋生に対する自分の見方が少し変わったと思う。もちろんまだ愛しているが、五島福江島にいた時には、自分が知らないことをなんでも知っている頼もしい男に見えていたのだが、なぜか東京で見ると、その頼もしさが微塵も感じられないのだ。(171頁より引用)



吉田修一の作品は結構読んでいたと思ったけれど、読み逃している作品があれやこれやとあった。これから読むのを楽しみだ。

では、また。



平成猿蟹合戦図
吉田修一
朝日新聞出版
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WOWWOWドラマ「パンドラII 飢餓列島」

2011-10-09 | film, drama and TV

「パンドラ」に続くPART2 全6回 井上由美子脚本 河毛俊作演出(昨日の朝日新聞夕刊にこの二人の対談が載っていて、最近のドラマはつまらないという二人の意見に賛同)

前回のがん特効薬に続いて、今度は農業。天候不順によって穀物が不足する近未来。とうもろこしを遺伝子の組み換えによって20日で成長させることに成功した学者は佐藤浩市。一緒に研究していた助手を誤って階段から突き落としてしまう。それを目撃したキラーズ社(ベンチャー投資会社?)の勝村政信と水川あさみに利用されてしまう。発明を金銭に替えたくないのにそうせざるを得ない彼、しかし殺人事件の容疑者になりたくない。記者会見を経て…

おお。これはなかなか。PART3がWOWWOWでの放送スタートしたそうだ。前作と本作と次作(自殺防止?)は関係がないようなのでどれから観てもよいんだと思う。

相変わらずキャストが豪勢なことの意味は見出しにくい。観ようと思う気持ちにさせるには意味があると思うけど、見始めたらストーリーの方がずっと重要なので、もうちょっと重厚でないキャストの方がしっくりくるように思わないこともない。

それでも昨今の日本のドラマのようにキャスティングだけが先行して内容がはるか後からついてくるよりはずっとよいと思う。ストーリー先行型(?)であるのとテンポが速いのは米国や英国のドラマに近いように感じる。

何より二転三転するストーリーのひねりがいい。

では、また。




パンドラII 飢餓列島 DVD
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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『雪男は向こうからやって来た』角幡唯介

2011-10-07 | books

「雪男は向こうからやって来た」角幡唯介 集英社 2011年

「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」の著者がヒマラヤで雪男を探しに行く話。雪男を過去に見たという登山家についての様々なエピソードの後、鈴木紀夫という雪男を探しに行って死んだ冒険家の話になる。そこからおーっ思いながら読み続け…で、雪男は発見できたのか…

うむ。「空白の五マイル」は純粋にその<物体>があったのかどうか手に汗握りながら読むものだったが、「雪男」はその物体よりもそれを探そうとする<人間たち>を読むべき作品だと思う。

みなの執念恐るべし。人間てすげえ。

文章がタイトだった「空白の」を読んでからこちらを読むと、冗長すぎるようには思う。しかし結末が分かりながらミステリーを読んでいるようなものなのだから、むしろよく最後まで飽きずに読ませてくれたものだと思う。

327頁にタイトルの「雪男は向こうからやって来たのだ」という言葉がある。それまでの長い文章はこの言葉の意味を知るためのプレリュードだったのだ。(いや、ホンダの車じゃないって)

いつか、ヒマラヤ山脈に足を踏み入れてみたい。

では、また。



雪男は向こうからやって来た
角幡唯介
集英社
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『慈雨の音』宮本輝

2011-10-05 | books

「慈雨の音」宮本輝 新潮社 2011年

流転の海シリーズはついに第六部。

時は皇太子と美智子さんのご成婚パレード。息子伸仁は中学生になり、熊吾はもう62歳。激動の昭和をある家族を通して描く物語。

相変わらず。相変わらずである。びっくりするほど以前と同じテンションで進む。多く小説、映画、ドラマ、マンガがシリーズが進むにつれ、以前とは違う調子になり、そして多くファンを失う。しかしこのシリーズにはそれがない。

書かれている内容に激動なものが何もないのに、何か骨太なものを感じる。言葉の使い方や、行を変えるタイミング等が、行間からサムシングを噴出させているのだろうか。

熊吾自身の内面を表しているのはこんな表現。


「大阪市内でいちばんでかいモータープールやけん、いっぺん門のとこからなかを見たことがありますでなァし。へえ、あそこの社長さんですかァ」
ああ、そうだと答えかけて、熊吾は、名刺に「管理人」と印刷していないぶんも作った自分の突然強い嫌悪感を抱いた。
エアーブローカーをして金を稼ぎだすと、モータープールの管理人では客に信用されないと思い、その三文字を取ったのだが、根底には見栄がある。
伸仁には「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」と強く言い聞かせたくせに、自分は何だ。(271頁より引用)



嗚呼。分かる分かる。見栄やプライド、自尊心はなくちゃ生きていけないけれど、あり過ぎると生きていくのがつらくなったり、周囲をつらくしたりする。ふむ。

シリーズ全体をまとめている文章が見つかった。熊吾の妻、房江によると、


夫が三十代の前半だった頃の日本という国の異様な勢いがあと押ししてくれたのだが、松坂熊吾持つ運と勝負勘のようなものが、うまく噛み合ったのであろう。
しかしそれらはあの戦争で一変して、日本という国の根底が変わると同時に、夫は歳を取り、さらにそこへまさかと驚く出来事が起こった。伸仁という子を授かって、夫は五十歳で始めて父親となったのだ。
伸仁の誕生以来、神戸の御影から南宇和へ、南宇和から大阪市北区中ノ島の西端へ、底から富山へ、富山から再び大阪の中之島へ、その間、伸仁は尼崎の蘭月ビルへ。
自分は、もっと転々と移り住んできた気がするが、いまこうやってひとまず福島西通りのシンエー・モータープールの二階に安住の場所を得て、日々の生活の心配をすることなく暮らしている(213頁より引用)



多少のご興味を抱いたら、ぜひシリーズ第一弾から順に読むことをオススメする。






慈雨の音―流転の海〈第6部〉
宮本輝
新潮社




流転の海 (新潮文庫)
新潮社

地の星 (新潮文庫―流転の海 第二部)
新潮社

血脈の火―流転の海〈第3部〉 (新潮文庫)
新潮社

天の夜曲―流転の海〈第4部〉 (新潮文庫)
新潮社

花の回廊―流転の海〈第5部〉 (新潮文庫)
新潮社

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『城塞』司馬遼太郎

2011-10-03 | books

「城塞」司馬遼太郎 新潮社 1971年 

古いメールの整理をしていたら、司馬さんの作品で戦国時代を知るのなら「新史 太閤記」→「関が原」→「城塞」と読んでいくといいと書かれたメールがあった。

ので、書棚にあった「城塞」を読み始めた(太閤記は手元になかったので)

大阪の陣を通して豊臣家の滅亡を描いてゆく。小幡勘兵衛の視線から。

後半戦闘シーンが激しく切なく描写されている。しかし私自身は過去にあった戦争の細かい部分にはどういうわけか、いつもあまり興味が持てないため、そこは軽く読んでしまった。それよりも家康のちっちゃい権謀術数や秀頼を囲う淀君の発想、家康にも大阪側にも嫌われたくない大名たちの動きなど、人間の心理とか政治が非常に面白かった。

次に読まないといけない本がたまりすぎていたりして、後半は読み飛ばしてしまったので、いつか再読したいと思っている。「国盗り物語」も再読したいと思いながら、何年も経ってしまったけど。


崇伝は禅僧である。僧というのは、元来うその世界に生きている。念仏宗の僧たちはありもせぬ極楽を口一つで売って金にし、禅門の僧たちは数万人に一人の天才的体質者だけが悟れるというこの道での、ほとんどその落伍者で、そのくせ悟ったという体裁だけはととのえねばならぬため、「悟り」のあとは狐が化けるようにして自分を化けさせ、演技と演出だけでこの浮世を生きている。崇伝というのは、その典型的な人物であった。(文庫版上巻292頁より引用)



方広寺鐘銘事件前後の描写である。禅宗の僧と浄土系の僧の本質を突いていると思ったのと同時に、こういう怪しい人物がいるから歴史は面白いんだよなとも思った。

では、また。



城塞 (上巻) (新潮文庫)
司馬遼太郎
新潮社

城塞 (中巻) (新潮文庫)
司馬遼太郎
新潮社

城塞 (下巻) (新潮文庫)
司馬遼太郎
新潮社

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なぜか何度も

2011-10-01 | music







先日、たまたまYouTubeで見つけたLady AntebellumのNeed You Nowという曲。気に入ったのでCDも手に入れた。

こういうカントリーっぽい曲もいいもんだ。何度も聴いてしまう。

アメリカにおけるカントリー&ウエスタンは日本における演歌だと思っているのさ。

てことは、私は歳をきちんととっているということなんだろね。

では、また。

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