頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

白石節炸裂『ここは私たちのいない場所』白石一文

2015-10-31 | books
主人公芹澤は食品メーカーの人事・総務担当の常務。将来の社長候補だった。埼玉営業所の小堺次長が顧客情報を紛失した。懲戒解雇を考える芹澤。しかし小堺の妻珠美から連絡があり、ぜひ芹澤に伝えたいことがあるというので会うことにした。そして美しい珠美と関係を持ってしまう。それから小堺と珠美に脅されることになってしまった。そんな珠美との関係が、芹澤の無色の人生に彩を与えることになって…

「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」など、なんとも言えない白石ワールドが好きだ。ありそうな、なさそうな、リアリティが妙にあるような、それでいてないようなストーリーに独特の哲学を織り込む。大人の恋愛小説だと一応言ってよいと思う。あるいは、一人の女性が連れて行ってくれる、冒険小説とも言える。

様々な言葉がじーんと残る。

人と人のあいだに生まれる愛情という貴重な財宝は、ひとたび小さなひび割れが生じると、価値を失ったり減じたりするのではなく、そこから次第に腐敗が進行し、最後には猛毒に変じて、私たちを蝕み、苛み、破滅させる。

ふむ。だとすれば最初から愛情など抱かないほうが幸せになれるのだろうか。それとも心を蝕むのが人間の運命なのだろうか。

父と母が別々に暮らす道を選んだのは、結局、自分たちの罪を相手に擦り付けて、それをそのまま定着させたかったからだ。そうすれば自分の責任を常に軽くしていられるからね。

「一度結婚すると、独り身は耐えられないみたいよ」香代子は言い、「あなたみたいに独身が長いと、今度は誰かと一緒に暮らすのが耐えられないんだろうけど」

人は慣れる。ということか。

不惑を過ぎると、「男は、習慣と結婚する」と言う

当たっているかもしれない。ラグビー五郎丸的に言えば、ルーティンとともに生きるということ。女性はどうなのだろうか。

この世界は、子供のいる世界と子供のいない世界の二つに分かれていると私はずっと思ってきた。人間は大人になると「子供のいない世界」に身を置くようになるが、その大半が親となって、再び「子供のいる世界」へと舞い戻っていく。

釈尊は妻子を捨てて悟りの道へと踏み出し、自らの弟子たちに妻帯を禁じた。もちろん子供を持つことも許さなかったし、殺生全般への忌避から肉食さえも好ましいものとは考えなかった。イエス・キリストの場合は自身が妻を娶っていないし、子供ももうけていない。彼も弟子たちに妻帯を禁じている。そのため現代でもカトリックの神父は独身を通さねばならず、修道士は童貞をもって本分としている。
この世界で最大の尊崇を集めている二人が性交渉を拒絶し、人類の存続を全否定しているのは驚くべき真実だと私は思ってきた。
もしも彼らの教えを忠実に守っていたならば、とっくの昔に人類は絶滅していたに違いない。

仏陀とキリスト。人類などいないほうが世のためだということか。

「そんなふうに心が参ってしまったときは自分自身に治してもらうのが一番なのよ。というか、自分の心は自分にしか自分にしか治せないのよ。病気や怪我だって実は同じなんだけど、心は特にそうなのよ。でも芹澤さんの心は弱ってるから、いまの自分に治療してもらうわけにはいかないでしょう。だから、過去の自分に会いに行って、その人に治してもらうしかないのよ」

過去の自分に治してもらう。なるほど。

この美人局のような珠美と言う女性が、実はすごくいい。ある種の理想の女性であり同時にまたファムファタールでもあるんだけれど。でも彼女こそがいい女って感じがする。

小さな事件の積み重ねによる、大人の恋愛+冒険小説。とても良かった。

ここは私たちのいない場所

今日の一曲

ずっとこの曲が脳内を流れていた。スガシカオで「愛について」



では、また。
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実は名作『我が家のヒミツ』奥田英郎

2015-10-29 | books
家とか家族に関する短編集

歯医者の受付をしている敦美。やって来た患者はピアニストの大西だった。大ファンなのだ。大西のプライベートを知るようになって…<虫歯とピアニスト>
機械メーカーで出世して局次長兼部長までいった。しかし局長に選ばれたのは同期でしかも大嫌いな男だった。やる気を失った53歳の男は…<正雄の秋>
アンナは16歳になった。実の父親はいま一緒に暮らしている父親とは違うと告げられた。しかも実の父親は有名な演出家で、いけてない育ての父親とは違うと分かる。思い切って実の父親に会いに行ってみた…<アンナの十二月>
母が53歳で死んだ。社会人2年目の僕は実家に帰ることにした。妹が父親との二人暮らしは嫌だと言うからだ。完全に落ち込んでしまった父。僕の上司も同じように奥さんを亡くしていた…<手紙に乗せて>
マンションの隣に引っ越してきたカップルは挨拶にも来ない。何をしているか分からない謎だ。と思うのは妊婦…<妊婦と隣人>
小説家の妻が市議会選挙に立候補すると言い出した。そんなことに向いている人だと思わなかったけれど…<妻と選挙>

うう。すべて巧い。すごくいい。そう言えば家シリーズの「家日和」「我が家の問題」もすごく良かったんだった。

安心できると言うか、納得できるオチと言うか、癒されると言うか。変に趣向を凝らしたオチじゃないのもいい。言わば、ワンアウト満塁で、外角低めのスライダーを待っているときに、内角にストレートを投げられるぐらいの意表をつく感じ。同じ場面でボークされるとかピッチャーが心筋梗塞起こして倒れるというようだと意表をつきすぎ。

<正雄の秋>のラストとか<手紙に乗せて>のラストなんてすごくいいなーと思う。

「そう。みんあ若いときは自分の人生を大袈裟に考えるじゃない。過大評価もいいところなんだけどさ。ぼくもそうだった。自分の人生は有意義で輝いていないといけないと思い込んでた。でも実は地味な性格で、そのギャップに少し苦しんでいた。そういう考え方が、十年間ブラブラしていたら変わった」
「どんなふうにですか?」
「人間なんて、呼吸をしているだけで奇跡だろうって」

ううむ。ううむ。確かにそうだぞう。

大西さん流に言うならば、人生を大袈裟に考えなければ、ほとんどのことは諦めがつくのだ。それを悲劇としてとらえる人と、運命と思って受け入れる人の差は、心の中のスイッチひとつでしかない

「そう。ぼくも子供がいないけど、諦めるも何も、生まれたこのかた人生の青写真を描いたことがない。設計図がないから、手にしたパーツの寸法が合わなかったとしても、じゃあ別のを探そうとなる。だから気にもならない」

ずっと青写真ばかり描いてきた自分がそれほど幸せじゃないということに今気づいた。そうだったのか。

「もう五十を過ぎたんだから、いろんなことを許そうよ」

なんというか、色んな意味で、目から鱗が落ち、曇っていた目が晴れたような気分になった。楽になった。

ありがとう、奥田英郎。

我が家のヒミツ

今日の一曲

家。について歌う。Bon Joviで"Who Says You Can't Go Home"



では、また。
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超高齢化ハードボイルド『もう過去はいらない』ダニエル・フリードマン

2015-10-28 | books
「もう年はとれない」の史上最高齢のハードボイルド主人公、88歳のバック・シャッツが戻ってきた。老人ホームにいるバックのところにやって来たのは、78歳の犯罪者イライジャ。何か警察に証言したうえで承認保護プログラムで保護してもらいたいそうだ。バックとイライジャは因縁の関係。1965年、バックが刑事だった頃、イライジャに何かの犯罪に協力することを頼まれたが断った。時は、公民権運動の真っ盛り。1965年と2009年と行ったり来たりしながら、描く犯罪者と刑事のダンスは…

おお。ネタは銀行強盗。イライジャは銀行強盗の大物なのだ。それが何か証言するのだからそっち関係のことに違いない。でもそれが何だかは簡単には分からない。そして1965年に何があったか、それも簡単には分からない。一つはこのもどかしさがいい。(もどかしいのが嫌な人はミステリーやハードボイルドを読んでも面白くないだろう)

それとバックのハードボイルド具合がまたいい。

介護施設の生活は単調だと言う人間は、ヴァルハラの朝食を食べてみるといい。スクランブルエッグ一皿さえ、焦げた部分、冷たい部分、とろとろの部分とバラエティに富んでいる。

年をとるとものを思い出せなくなる人が多いのは、不思議でもなんでもない。記憶など、過去の痛みをまた新たにするだけなのだから、ベッドから出なくなる人が多いものしかりだ。スクランブルエッグと失望以外、外の世界になにがある?

バックもイライジャもユダヤ系であるということと、当時が黒人差別からの解放運動が盛んであったということもまたストーリーに絡んでくる。

自分が88歳になったとき、バックほどハードボイルドに生きていられるだろうか。まあ無理だな。

もう過去はいらない (創元推理文庫)

今日の一曲

本作の原題はDon't Ever Look BackなのでLook Backにちなんだ曲を。小田和正のLooking Back2にしようかと思ったけれどやめて、OasisのDon't Look Back In Angerにしようと思っていたら、既に紹介していた。となると大好きな矢井田瞳のLook Back Againと思ったのだけれど、いい動画がないのと、デビュー前の貴重な映像が見つかったの二つ紹介。





沖縄民謡とカントリー&ウエスタンとブルースが入り混じったような心地よいメロディと歌詞。デビュー前にこれだけ完成されていたのか…では、また。
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女は不幸か幸せか『霧 ウラル』桜木紫乃

2015-10-26 | books
昭和三十五年、根室。料亭で芸者をする河之辺珠生は、実は河之辺水産の社長の次女。親に反発して家を出た。長女と三女は政略結婚させられそうである。町を仕切るのは河之辺水産と大旗運輸と信用金庫。珠生が出会ったのは水産加工会社の社長の運転手、相羽だった。相羽に惚れた珠生。相羽が懲役に行かなければならないと知ると、戻ってくるまで待つと言う… 出所した相羽はだんだんと大物になってゆく。珠生の運命は、家族は…根室の女の半生…

ううむ。さすが桜木紫乃。なんら期待を裏切らない。

書籍編集部の宣伝文句は「桜木版『ゴッドファーザー』であり、桜木版『極道の妻たち』であり、桜木版『宋家の三姉妹』!」というもの。ちょっと褒め過ぎな感じがしなくもないけれど、面白いのは確か。

ゴッドファーザー的なのは、相羽がのし上がっていく様のことで、極妻なのは珠生そのもので、宋家の三姉妹なのは河之辺家の三姉妹のこと。長女は大旗運輸に嫁ぐ。夫は国政選挙に出ようとしているが、誠実さとは縁遠い。三女も信用金庫の理事長の息子のところに嫁に出されそうだ。言わば、この町をすべて牛耳ることになる。しかし長女は一筋縄ではいかない女なので、必ずしも珠生の都合のよいように動いてくれるとは限らない。しかも夫の相羽はやくざと同様と言っていい男になってしまう。

五年ぶりに実家の香を嗅いでみれば、自分が欲しかったののの輪郭がうっすらと見えてくる。

夜の街で、男の本心などどこにあろうと訊ねてはいけないと学んだ。女がひとたび満足ゆく答えを求め始めたら、簡単にこの時期を失うのだ。女と問いには際限がない。答えを出さないことが男の出口なら、それを塞いではいけない

「生まれは変えられないが、育ちは自分で決められる。好きにすればいいんだ。環境に素直ってことは、損得勘定ができるということだ」

実家、特に母親が嫌で実家を飛び出した珠生。母親の呪縛から自由に生きることができるのだろうか。また、損得勘定ができずに後先考えないで芸者になったり、やくざ者を好きになったりして、幸せになれるのだろうか、ということをこの小説を何度も読みながら考え、感じた。

ぶっとい女の生きる道。不幸になっても幸せになっても、どっちにしても大きくはみ出す。そこゆくあなた、読まなきゃソンソン(なぜか昭和風)

先日本好きの若者と話した時に「ゴッドファーザー観たことあるか、極妻観たことあるか、宋家の三姉妹観たか」と訊いたら、「一つも観たことない」とのことだった。だとすると宣伝文句には意味がないということになるけれど、これをきっかけに「そんなにゴッドファーザーやらなんやらはすごいのか」と思って、観ることになればそれもまた面白い。

この本を読んでいるときはもっとましなレビューが脳内にあったはずなのに、書いてみればこんなもんになってしまった。ううむ。

霧 ウラル

今日の一曲

読んでいるときずっとこの曲が脳内で流れていた。五輪真弓で「恋人よ」



選曲もまた古いです。では、また。
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静かで美しい『羊と鋼の森』宮下奈都

2015-10-24 | books
北海道に暮らす高校生、外村。高校にやって来たピアノの調律師板鳥の仕事をたまたま目の当たりにする。そして弟子入りを頼むと、本州の専門学校を薦められる。2年の学習の後、板鳥の勤務する江藤楽器に就職できることになった。手探りの日々。外村が一人前になれる日は来るのか…

おお。美しい調べが脳内を駆け巡る。静謐で、でも温かい。

外村というピュアなキャラクターの内面がいい。

「美しい」も、「正しい」と同じように僕には新しい言葉だった。ピアノに出会うまで、美しいものに気づかずにいた。知らなかった、というのとは少し違う。僕はたくさん知っていた。ただ、知っていることに気づかずにいたのだ。
その証拠に、ピアノに出会って以来、僕は記憶の中からいくつもの美しいものを発見した。

ピアノは弾かれたい。常に開いている。あるいは開かれようとしている人に対して、音楽に対して、そうでなければ、あちこちに溶けている美しさを掬い上げることもできない。

いい女は抱かれたい。常に開いている(以下自粛)

お客さんである双子の女子高生との出会いがこの小説のど真ん中にある。

どんな経緯でこんなことを言うようになったかは、ネタバレを避けて書かないけれど、先輩の柳の台詞は、

「なんだか俺、めちゃくちゃにがんばりたい気持ちなんだよ。あああ、いつ以来だろう、こんな気持ち。ボクシングの中継を観たときみたいだ。そのあと、無性に走り出したくなってるような、あの血沸き肉躍る感じだ」

おお。すごくよく分かる。このシチュエーションでそう言いたくなるのが分かる。そうでもなくても、映画「ロッキー」を観たあととか、ブルース・リーを観たあととか。

努力していると思ってする努力は、元を取ろうとするから小さく収まってしまう。自分の頭で考えられる範囲内で回収するから、努力は努力のままなのだ。それを努力と思わずにできるから、想像を超えて可能性が広がっていくんだと思う。

ううむ。外村と一緒に成長の旅に出てみたい方にオススメしたい。(「面白かった」くらいしか言わない知人がこれを読んで「すごく良かった」と言っておりました)

羊と鋼の森

今日の一曲

ピアノが印象的な曲をと思ったのだけれど、クラシックには詳しくない。ならば、これ。Ben Folds Fiveで"Jackson Cannery"



では、また。
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心の機微『桜の下で待っている』彩瀬まる

2015-10-22 | books
「神様のケーキを頬張るまで」「骨を彩る」の作者による短編集。東北がテーマになっている。

夫に先立たれた高齢の女性が、旅先の栃木で優しくしてくれた男性と一緒に暮らすことになる。孫がそこへ訪れる、という話の<モッコウバラのワンピース>が抜群にいい。

旅先で優しくしてくれた男性になびいてしまうと書くと、下品な女性かと思われるかも知れないけれど、全然そんなことはない。どう下品ではないか私の拙い筆では書けないけれど、冒頭のこの一篇だけでも立ち読みして欲しい。いやそういうことは書いてはいけないか。

「ええ!家族なのに冷めてえ」
「違うよ。もう、エプロンの端をつかんで後を追いかけてきた頃とは違うんだ。ココちゃんのことは自分で決めて、自分で責任を取りなさい。すぐに他人の意見を欲しがるのは、子供のすることだよ」

「ユウさんの墓があるからね。それにお前の言う通り、子供らの関係をこじれさせたのは本当だ。今さら帰る気はないよ。それが、我が儘を通した落とし前さ」

落とし前か… 私は落とし前をちゃんとつけただろうか…

「新しい、きれいなワンピースを着て誰かに見せたいなんて、もう長い間、考えたこともなかったんだ」

おばあちゃんの恋、そして孫の恋。巧い。

もう一つ気に入ったのは、表題作<桜の下で待っている> 新幹線で車内販売を担当している29歳の女性。合コンに行ってみるがなかなかいい人には出会えない。そんな中、弟から結婚するという報告をもらう。しかし、弟は結婚に前向きな気持ちになれない。

「めちゃくちゃいい話じゃない!もう、姉ちゃんあんたがいつ香織ちゃんに愛想つかされちゃうかってひやひやしていたよ!おめでとう。よかったねえ」
「うん、よかったんだろうけど…… 家庭ってそんなにいいもんだっけ」

姉弟の両親は不仲だったのだ。なんてことだ。姉が過去を回顧すると、

しばらくすると夕飯の席に父親が顔を出さなくなり、同じ家に住んでいてもほとんど別居しているような暮らしが続いた。何かお互いに用があるときには、両親はさくらか柊二を呼んで伝言させることが多かった。

ううむ。私の周囲で、家庭内別居真っ最中の知り合いや、離婚寸前だの、離婚したばかりとか、二回目の結婚をしたなど、結婚が破綻した人がたくさんいる。朝起きたら歯磨きするのと同じくらい日常的なことになっている。

それが本人にとっていいことなのか、悪いことなのかは分からないけれど、周囲にはこういう影響をもたらすこともあるという可能性を知って少し背中が寒くなった。しかし、姉は前向きにこう言う。

「自分がどこかに帰るより、居心地よくするから誰かに帰ってきてほしいな。遠くから、新幹線で来てほしい。私が見つけたきれいなものを一緒に見て、面白がってほしい。そういうのがやってみたくて、家族が欲しいのかも」

ふむ。なんだか安心する。

しかし、人はなぜ共感を求めるのだろうか。自分が観て面白かった映画を人に薦めるのはなぜだろう。自分が食べて美味しいと思ったものを「美味しい?でしょ~、美味しいよね~」と同意を求めるのはなぜだろう。

共感によって自分の快楽を押し広げるということが遺伝子に書き込まれているのだろうか。誰か教えて欲しい。

桜の下で待っている

今日の一曲

彩瀬まる。Maroon 5で"Sugar"



前回はマル・ウォルドンで誤魔化した。このパターンいつまで続けられるのだろう。それ以前にこのブログ、いつやめればいいのだろう。

では、また。
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重厚北欧ミステリー『ネメシス 復讐の女神』ジョー・ネスボ

2015-10-21 | books
ノルウェーのミステリー。ハリー・ホーレシリーズの第四作。「コマドリの賭け」の続編的な意味合いもある。

オスロで銀行強盗事件発生。犯人は銀行員を射殺し、証拠を全く残さず逃走する。カメラで撮影された映像を見ると、何かがおかしい… ハリーは昔付き合っていた女性アンナとまた関係を持ちはじめた。するとハリーが彼女の部屋に行った日にアンナは殺害されてしまう。誰がアンナを殺したのか。自らが容疑者として逮捕される可能性すらある状況。ハリーは銀行強盗事件とアンナ殺害事件、そして「コマドリの賭け」で未解決になったあの事件の謎をどうやって解くのか…

これは堪らない。よだれがだらだらと顎を伝わった。

アンナがどういう女性だったのか。現在服役している伝説の銀行強盗がどう事件に絡んでくるか。銀行強盗の謎についてパートナー刑事のベアーテ・レンが大活躍。

登場人物が非常に多く、ストーリーもややこしいけれど、翻訳ミステリー好きならむしろそのほうが好物。美味しく頂いた。

「人が命を失うのは、起こりうる最悪のことではない。最悪なのは、生きる理由を失うことだ」

「アンナは愛というものをとても真面目に受け止めていた。愛を愛していた。いや、崇拝していたといったほうが正しいかな。彼女は愛を崇拝していた。それが彼女の人生を支配している唯一のものだった。それと、憎しみだ。ところで中性子とは何か知っているかな?とても稠密で表面重力が強いために、そこで私が煙草を落としたら原子爆弾と同じ力で表面にぶつかる恒星のことだ。アンナがまさにそうだった。彼女の場合、愛に対する、そして、憎しみに対する重力があまりに強いので、その二つのあいだの空間には何も存在できない」


ネメシス (上) 復讐の女神 (集英社文庫)ネメシス (下) 復讐の女神 (集英社文庫)

今日の一曲

サブタイトルが「復讐の女神」なので復讐の歌。浮気している彼の車のタイヤを引き裂くと歌う、Carrie Underwoodで"Before He Cheats"



では、また。
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店名にツッコんでください115

2015-10-19 | laugh or let me die
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『逆説の日本史2 古代怨霊編』井沢元彦

2015-10-17 | books
第2巻は、聖徳太子らの古代史。

気になったポイントは、

・聖徳太子 = 伯父殺害の犯人と妻が不倫関係にあって、彼女は夫と子を捨てて犯人と逃げようとする。犯人は妻の父親に殺され、妻もその後を追って自害した。(固有名詞を使わないとこういう風に表現できるんだ。知らなかった)

・徳という字が諡号に入っている天皇はまともな死に方をしていない(へぇー。なるほど)

・奈良の大仏は長屋王の怨霊を鎮めるために作ったものだった。しかし(子供ができるという)ご利益が聖武天皇に与えられなかった。だから桓武天皇は莫大な費用がかかったのにもかかわらず、大仏を捨てて平安京に遷都した。(なるほど!これは面白い)

てな感じ。

連続して読むと頭の中がそればっかりになってしまうので、一気に全巻制覇せずちょっとずつ読んでいる。

逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)

今日の一曲

歴史の曲。と言っても9・11テロに関する曲。こういうのがアメリカ人の「愛国心」を刺激するんだろうと思う。Alan Jacksonで"Where Were You When The World Stopped Turning"



では、また。
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やっと読んだ『火花』又吉直樹

2015-10-15 | books
漫才コンビ、「スパークス」の徳永は熱海のイベントで同業者の「あほんだら」の神谷と出会う。かなりエキセントリックな芸風とそして人柄の神谷。徳永は彼に惹かれていく。大阪にいた神谷が向こうでは仕事がしにくくなり東京に進出してきた。しょっちゅう会うようになった徳永と神谷。お互いに影響しあいながら、感じる苦悩とは…

芥川賞作品はあまり読んだことがない。しかし、芸人でないと書けない臨場感や、独特のボケ&ツッコミによる会話など、面白く読んだ。処女作でこれだけ書けるとは。次作が楽しみだ。芸人の物語なのか、それとも全然違う観点からか。個人的には芸人物語を何作か書いてくれたのを読ませてもらった後に、別の物語を読みたい。

神谷が行方不明になった後に、再登場するときに、○○になっていて驚くのだけれど、そこはなぜ○○でなければいけないのか、その一点が気になる。もっと自然な変化でも良かったのではないだろうか。それとも3年後に再読したら、○○である神谷が自然だと思えるのだろうか。

火花

今日の一曲

火花と言えば、スパークとかスパークルとか。山下達郎で"SPARKLE"



では、また。
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『スノーマン』ジョー・ネスボ

2015-10-13 | books
ノルウェーミステリー、ハリー・ホーレシリーズ第7作。

失踪した女性たち。現場に残されたスノーマン(雪だるま) 連続殺人事件が発生した。浮かんでは消える容疑者。二転三転する捜査… 昔、凄腕だった刑事は失踪している… 怪しい形成外科医… 怪しい雑誌発行人…

長い。読むのにかなり時間がかかってしまった。本筋以外にもノルウェーの風俗などの描写も多い。

しかししかし、ミステリーのネタが分厚い。二転三転するさまも巧い。容疑者が浮かんだのに、ハリーがどうやってその容疑者がやってないかを証明するのが最大の読みどころ。

ハリーのシニカルな台詞や考え方も読んでいて楽しい。

と、読み終わって時間がかかってしまったもので、細かい内容は忘れてしまい、大雑把なレビューとなってしまったことをお詫びいたします。

スノーマン 上 (集英社文庫)スノーマン 下 (集英社文庫)

今日の一曲

星野源で"Snow Men"



では、また。
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殺人事件ノンフィクション『真夜中の北京』ポール・フレンチ

2015-10-11 | books
1937年、日中戦争勃発の直前に、北京で、英国の元領事の娘パメラが殺された。喉から骨盤近くまで切開され、切り刻まれ、取り除かれていた。捜査は暗礁に乗り上げ、結局迷宮入りしてしまった。父親のエドワード・ワーナーは自分で捜査し、分かったことを英国当局に送り続けた。外務省や外務大臣ハリファクス卿、外務政務次官にも。著者のポール・フレンチが当時中国にいたアメリカン人ジャーナリストのエドガー・スノーの伝記を読んで、パメラの殺人事件に興味を持ち、ロンドンの国立公文書館で目録にはないファイルを偶然見つけた。それはワーナーの独自捜査の詳細だったのだ。著者が解き明かした事件の真相とは…

うーむ。こんなことがあったのか。うーむ。

1937年という非常にきな臭い時期の北京の事情がとてもよく分かった。殺人事件そのものの謎解きも興味深いけれど、それだけじゃない時代背景がやっぱりこのノンフィクションの大きな味付けになったいると思う。

個人的には、時期が興味深い。1931年の満州事変で「戦争やりたいからやらせろよ」の軍部の独走が許されず、1932年の五・一五事件と1936年の二・二六事件という軍部によるテロ(今ならば自衛隊が安倍首相を殺すというような一大事。いや、安倍さんは戦争を起こしたいっぽいので、自衛隊には珍重されるだろうか)を経て、軍部の独走を許さざるを得なくなって1937年の日中戦争に至るわけで、第二次世界大戦はドイツによるポーランド侵攻じゃなくて、こっちから始まったんじゃないかというぐらい「大切な」時期なので、中国がどういう状態だったのかということにすごく興味を持って読んでしまった。

真夜中の北京

今日の一曲

真夜中。と言えばアメリカのドラマ「レイ・ドノヴァン」でかなりクレイジーな父親と演じているジョン・ボイトが若いころに出ていた映画は「真夜中のカーボーイ」 その主題歌はNilssonで"EVERYBODY'S TALKIN”



曲はかなり有名なので知ってる人が多いだろう。「レイ・ドノヴァン」はハリウッドのトラブルシューターの話。スカパーでシーズン2を観ているけれど、激しく面白い。日本のドラマもこのぐらいやってくれればなー。

レイ・ドノヴァン DVD-BOX

では、また。
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リーガル+アクション『弁護士の血』スティーヴ・キャヴァナー

2015-10-09 | books
詐欺師から一念発起してロースクールに通い、ニューヨークで弁護士となったエディ・フリン。とある事件の後、仕事をする気が完全に失せてしまった。妻と娘とは別居している。すると、ロシアンマフィアに脅迫されることになった。爆弾を腰につけられ、そして娘は誘拐されていることが分かった。娘を無事に返して欲しければ、そのマフィアのボスの弁護士として法廷に立てと命じられた。その裁判ではボスのヴォルチェックは殺人を命じたとして裁かれている。その殺人の実行犯ベニーが裁判で確かにヴォルチェックに命じられたと証言することになっている。マフィアはベニーを殺したかったがFBIに保護されていて手出しできない。仕方ないので、証人席の下に爆弾を張り付けてベニーを殺すと言うのだ。どうするフリン…

テンポがよく、リーガル・スリラー的側面とアクション物的側面を絶妙に配合していて、興奮がずっと持続した。(バイアグラ小説と書くと誰かに怒られるだろうか。)リーガル・スリラーで近年これほどの傑作は読んでない。アクション物はあまり読まないのでよく分からないけれど。

フリンの鋭い洞察力がいい。何やらおかしいことがあれこれとあるのだ。ベニーはヴォルチェックに殺人を命じられたことは証言したけれど、それ以外のロシアン・マフィアの所業については一切証言していない。しかし、すべて証言して、免責してもらい、新しい身分をもらって、というのが普通だろう。なぜか。

FBIの中にも裏切者がいる…おっとこれ以上はネタバレしないようにしなければ。

仕事をする気がなくなってしまったのはどんな事件だったのか、本筋には重要ではないのだけれど、読んだらぐっと来てしまった。こういう事件があったら、仕事ができなくなるような主人公だからこそ、読んでいて感情移入してしまうのだ。

かなりの広範囲の人にオススメできる2015年屈指の傑作ミステリーだった。

弁護士の血 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今日の一曲

作者はスティーヴ・キャヴァナー。Steve Winwoodで"Valerie"



では、また。
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ソマリア=室町?『世界の辺境とハードボイルド室町時代』高野秀行 清水克行

2015-10-07 | books
日本の中世史を研究する大学の先生と、辺境をめぐるライターが、実は室町時代と辺境にはあまりにも共通点が多いぞということを話す対談。(高野秀行は大好きな作家で、特に面白かったのは、「ワセダ三畳青春記」「謎の独立国家ソマリランド」「腰痛探検家」「アヘン王国潜入記」「幻獣ムベンベを追え」 )

抜群に面白い。これは読んで良かった。(辺境にも室町にも特に興味はないのだけれど、そんなこととは無関係に面白かった)

室町と辺境(特にソマリランド)の丸かぶりしている部分も興味深いのだけれど、それ以外の様々な蘊蓄やそれぞれの持論がまた面白くて、前のめりに読んでしまった。

本筋とは必ずしも関係はないのだけれど、個人的に興味を持った部分を。

綱吉の生類憐みの令はかぶき者対策だったのでは。戦国時代が終わったのに、(今でいうとヤンキー?)なかぶき者たちは格好をつけて犬を食べていた。辻斬りしたりして治安を乱すものだから取り締まらなければならなかった。江戸時代の平和は綱吉によって造られた、かも知れない。

・「サキ」と「アト」という言葉。「先日」だとサキ=過去になるし、先を読むだと未来のことになる。しかし中世ではサキは過去、アトは未来のことしか意味しなかった。

・昔は古米の方が新米よりも高価だった。アジアで今も古米の方が高いところがある。古米の方が炊いたときに嵩が増える(水分が飛んでいるので、1合当たり食べられる量が増える)から。またじっとりと湿ったご飯を好まない文化では古米の方が美味しい。(我々の生きている今なんて普遍的なものじゃないということがよく分かる)

・伊達政宗が恋人に男の子に書いたラブレターが残っている。

・中世の資料はちょうどいい。一人の研究者が一生をかけてざっと見ることができる。古代史は少なすぎる。近世は多すぎる。画期的な研究は中世史で興ることが多い。

・戦国大名では誰が好きかときかれるけれど、答えられない。伝説をそぎ落として事実だけで判断すると、好きになれるほどのデータがない。(限られたデータだけで人を好きになるのはアマチュアで、データが揃ってから好きになるのがプロの恋愛人だということも言えるかも)

先日、「昔の自分は情報を得られなかったので進路の選択に失敗してしまった。今のようにITがあればもっと情報を得られてよかった」という発言を聞くことがあった。以下のこの清水教授の言葉を読んだとき、そのことを思い出した。

清水 僕は授業で学生にアンケートを書いてもらうんですけど、一番残念なのは「今の時代に生まれてよかったと思いました」という感想なんです。中世史を学んで「あんな時代に生まれなくてよかった」と思ってしまうのは、思考が停止しているということですよね。過去への共感もないし、自分が今いる場所から出ようともしていない。

確かに生徒がそう思ったとすれば教えている方は「なんだかなー」と思うだろう。中世はあれもないこれもないだから不幸。今はなんでもあって幸福だ感じてしまう、そんな薄っぺらな考えを覆すべく教えているのだろうから。以下若干脱線します。

自分が持っている武器で闘いなさいと格闘技の師匠に教わったことがある。言われてみれば、自分には出来ない左のトリプル(ジャブ、アッパー、フックのコンビネーション)で勝負しようと思っても無駄なわけである。左のトリプルが出来たらなーと夢想しても仕方ないわけである。自分はナイフしか持ってないのならピストルがあればなーと妄想しても意味がないのである。同様に、昔は情報を得られなかったから不幸だったと語ってしまうと、今ITという武器があっても有益な情報を得ることはできないということになってしまうのではないだろうか。今現在の自分に必要な情報を得られる人(=今現在の自分の武器で勝負できる人)はどこにいてどの時代でも自分の必要なものが得られるだろう。そうでない人は永遠に何も得られない。まさに「思考停止しているし、自分が今いる場所から出ようとしない」からなのだ。(今のITがあればあれこれも出来ると考えること≒中世は不幸で現代は幸福だと考えること。)現状を肯定しようとする「反知性主義」や、近年大流行しつつある「ナショナリズム」にも、実は同じ根っこがあるような気がする。何かを肯定しようとして、ちっちゃい部分しか見ていないということなのかな…結論に性急に飛びついて、後で都合のよい理由を見つけること。後で見つかった都合の悪いことは見なかったことにすること。それじゃ、バランスのとれた見方はできないぜ。(いやいや、大幅に脱線していまいました)

昔はよかったとばかり言う年寄りの話も、今がいいねと言う若者の話も深みがないという意味では共通していると思う。どちらにしても、ここではないどこかへは行けないのだ。

今を肯定するでもなく、我々の国ばかり肯定するでもなく、過去ばかり肯定するでもなく、外国ばかり肯定するでもない。そんな風に生きたい。そしてここではないどこかへ行きたい。行きたくない?

世界の辺境とハードボイルド室町時代

今日の一曲

GLAYで「ここではない、どこかへ」



では、また。
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2015-10-05 | laugh or let me die
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