時間ができ、書の整理をしていたら、表記の小冊子が目に止まった。
現役の頃、少しの時間を見つけて、慌ただしく東大阪の司馬遼太郎記念館を訪れた際、購入したものだ。安藤忠雄設計の記念館には、図書館のように膨大な蔵書が展示されていた。
「竜馬がゆく」を執筆したときには彼が資料を買いあさったために、一帯の古書店では、龍馬関係の紙価が上昇したほどであったという。司馬遼太郎はそれほどの史料を読み込み、そのなかから「一滴の史実を掬いとるように」して本を書いていったそうだ。
またこの冊子には推敲原稿が併載されている。手書きの原稿に赤、青、黄色、緑、茶色の鉛筆で、加筆したり、塗りつぶしたりして推敲を重ねた様子がよくわかる。
この文章は小学校六年生向けの教科書に書いた短文である。彼はこの4000字くらいの文書を書き終えたとき「長編小説を書くほどのエネルギーがいりました」と述べたという。
人間は社会的なつながりだけでなく、歴史的にもつながっていること、生きてるのではなく、生かされている存在なのだ。他への尊厳と自己の確立を目指せと呼びかけている。小6へ解りやすい言葉で述べているのだが、現在の自分にもずっしりとくる内容である。
読み返してみると、哲学的、宗教的にも通用しそうな言葉であった。
こういう文章に若いうちに巡りあった人間は幸せである。
本年もつまらない文にお付き合い下さりありがとうございました。
皆様よいお年をお迎えください。
パソコンのメールを開くことが楽しく過ぎました。岡本様にはよいお年をお迎えください。
来年も楽しく読まさせていただきます。
新しい年が迎えられる事に感謝いたします。