市議会議員選挙戦の取材をさぼって、例年のように東京八王子へ。そこでの日本自費出版文化賞第二次選考の仕事もはしょって、どうしても見たかった東京国立近代美術館の「生誕百年靉光展」へ。
靉光展の最後の展示は、旧日本軍兵士である靉光こと石村日郎がつかっていた飯盒なのだが、これを上海から持ち帰ったのが柏崎の串田良方であることはよく知られている。そのことよりも、靉光展の強烈な印象について書いておきたい。
靉光の作品については《眼のある風景》と、眼のない《自画像》しか見たことがなかった。どちらもすごい絵とは思っていたが、靉光の作品の全貌を知ることもなかった。
靉光は、暗くて重い画家と思っていた。ところが、靉光二十七歳頃の作品は、漫画のようなユーモアをたたえたもので、意外な思いがした。昭和十六年に描かれた緻密な線で構成されたサイバーパンク的な作品にも驚いた。
同時期に描かれた雉のある《静物》には、もっと驚いた。その縦長の作品は、上方に死んだ雉が、そして雉の死骸から静脈と動脈のようなものが垂れ下がっていて、そこにつながれた心臓のようなアケビが描かれ、その下方には、夢で見るような植物と、それとは逆に極めて写実的な果実が描かれている。
そのグロテスクな形象と構図は、ドイツの画家・グリューネヴァルトの作品を思わせ、同じくドイツ人のシュルレアリスト・エルンストの幻想的絵画を想起させた。夢の中に繁茂する植物と奇怪な動物や虫の取り合わせは、エルンスト独自の世界で、日本人画家でここまでの影響を受けている人がいることを知らなかった。
今、ろくに予備知識もなしに見た靉光展への驚きの気持ちを整理しているところで、詳しいことは書けそうもない。タイムス同人の一人が近日中に書いてくれることになっている。
靉光展の最後の展示は、旧日本軍兵士である靉光こと石村日郎がつかっていた飯盒なのだが、これを上海から持ち帰ったのが柏崎の串田良方であることはよく知られている。そのことよりも、靉光展の強烈な印象について書いておきたい。
靉光の作品については《眼のある風景》と、眼のない《自画像》しか見たことがなかった。どちらもすごい絵とは思っていたが、靉光の作品の全貌を知ることもなかった。
靉光は、暗くて重い画家と思っていた。ところが、靉光二十七歳頃の作品は、漫画のようなユーモアをたたえたもので、意外な思いがした。昭和十六年に描かれた緻密な線で構成されたサイバーパンク的な作品にも驚いた。
同時期に描かれた雉のある《静物》には、もっと驚いた。その縦長の作品は、上方に死んだ雉が、そして雉の死骸から静脈と動脈のようなものが垂れ下がっていて、そこにつながれた心臓のようなアケビが描かれ、その下方には、夢で見るような植物と、それとは逆に極めて写実的な果実が描かれている。
そのグロテスクな形象と構図は、ドイツの画家・グリューネヴァルトの作品を思わせ、同じくドイツ人のシュルレアリスト・エルンストの幻想的絵画を想起させた。夢の中に繁茂する植物と奇怪な動物や虫の取り合わせは、エルンスト独自の世界で、日本人画家でここまでの影響を受けている人がいることを知らなかった。
今、ろくに予備知識もなしに見た靉光展への驚きの気持ちを整理しているところで、詳しいことは書けそうもない。タイムス同人の一人が近日中に書いてくれることになっている。
(越後タイムス4月20日「週末点描」より)