弁護士太田宏美の公式ブログ

正しい裁判を得るために

敢て見ない、目をつぶるという選択

2012年05月13日 | 生き方・人生

どこでも同じだなと思うことがあります。

小沢事件の問題は、要は秘書任せにしていて本人は知らなかったというものです。

イギリスでは、ニューズ・ウィークの電話盗聴問題で混乱しています。そのトップで世界のマスコミ王、
マードック氏がイギリスの公聴会で質問を受けました。
要点は「見逃してしまった。自分の事業のわずかな所で起こったことだから」というものでした。
いずれにしても申し訳なかったというものです。
本人が知らないというので、知っていたとは結論としていいがたいというので、
公聴会が出した答えは「意図的に目をつぶったのだ」「自分のところでそういう不正が
行われていることを知らなかったというのでは、そもそも世界的な大企業を経営する
資格がない」というものでした。
(多数決です。勿論、政治絡みですので、マードックに近い与党の関係者はこういうことは
いいません。)

また、今、これは進行中ですが、2008年の大統領選挙の民主党候補者だったエドワードが
選挙資金として寄付を受けたものを私的に流用したのではないかということで
刑事事件になっています。
ミストレスを隠すためですが、それが選挙のためか、それとも妻から隠すためかが
争われています。
もうひとつ、そのお金は選挙用ではなく、個人的な贈与だとも主張しています。
そこでも検察官は全く何もしらないうぶな候補ではなく、みずからも上院議員の経験が
あり、事情を知り尽くした人間が知らないなどおかしい、
刑事事件を逃れるために敢て意図的に知らないようにしている
“conscious avoidance,” deliberately avoiding knowledge to try to
escape criminal culpability
と主張しています。
全部側近に責任をかぶせてです。
(なお、選挙期間中に、自分のミストレス、そしてその子供を、部下のミストレス、
子供だと嘘を言わせたのです。スキャンダルが公になったときに、公に嘘をつかせていたのですが)
これもどうなるのかわかりません。
刑事事件というのは、「合理的な疑いをこえなければ」いけないという高いハードルが
あるので、「知らない」と本人がいいきってしまうと、
そして関係者も知らないと言い切ってしまうと、いくら知っているはずだと
思っても「知っていた」とは判断しずらいということです。
本人は別にしても関係者のだれかがはっきりといわなきゃ難しいということです。

だから、こういう構造のところでは、監督責任を定めることになるのですが、
そういう規定がなければ、事実上難しいです。
イギリスの議会が世界的な大事業家に対して「経営者の資格がない」などとまで
言い切ったのは、そういう法的構造に対するいら立ちなのでしょう。
小沢事件でいえば、政治家としての資格がないと言い切ったようなものです。

ちょっとおもしろいですね。