付き添っている人が代理(代筆)投票できるようにしてほしい――。重い脳性まひで字を書くことが困難な男性が来月、代筆投票を投票所の係員に限っている公職選挙法の規定は憲法違反とする訴訟を大阪地裁に起こす。男性は「信頼関係が築けていない係員に『投票の秘密』を知られるのは不合理だ」としている。
■現状は「係員のみ」
男性は大阪府豊中市に住む中田泰博さん(44)。中田さんや代理人の大川一夫弁護士によると、中田さんは参院選期間中の昨年7月5日、日頃から介助してもらっているヘルパーに代筆投票してもらうため、一緒に豊中市役所を訪れた。それより数年前の国政・地方選挙では付添人の代筆が可能だったからだ。
これに対し、選挙管理委員会の担当者は「代筆は投票所の係員しかできない」と説明。不正投票を防ぐため、2013年に公選法48条2項が改正され、付添人による代筆投票ができなくなったということだった。5日後の投票日、中田さんは投票所の小学校に弁護士と同行して代筆を申請したが、認められなかった。
中田さんは身体障害者手帳1級で腕をうまく動かせず、投票用紙の枠内に候補者や政党の名前を書き込むことは難しい。「日ごろから身近に接しているヘルパーであれば信頼関係ができており、投票の秘密も守られる」とも考えていた。一方で、投票所の係員に投票先を伝えると行政側に自分の思想信条が知られることになると感じ、参院選での投票はあきらめたという。
中田さん側は「投票の秘密は憲法15条で保障されている。見ず知らずの公務員に投票先を明かすことは耐えがたかった」と指摘。訴訟では、投票できなかったことで受けた精神的苦痛への損害賠償を求める。さらに、投票所の係員以外の代筆を認めていない公選法48条2項は、障害者の政治参加を保障する「障害者権利条約」▽合理的な配慮を行政に求めている「障害者差別解消法」――にも反していると主張。同法は再び改正されるべきだと訴える、としている。
総務省選挙課は朝日新聞の取材に対し「不正を防ぐため、代筆投票は投票事務従事者に限っている。条文上、家族や弁護士でも代筆はできない」としている。
■成年後見を機に変更
重い障害がある人や認知症の人をめぐっては、00年の「成年後見制度」の導入に伴い、「後見人がついた人は選挙で公正な判断はできない」として選挙権を失う規定が公選法11条に盛り込まれた。これに対し、茨城県内のダウン症の女性が11年2月に提訴。「規定は選挙権を侵害して違憲」とする13年3月の東京地裁判決を受け、公選法から削除された。
規定の削除に合わせ、48条2項も改正。代筆する家族や付添人らが別の候補者名を書くなどの不正を防ぐため、代筆は投票所の係員(投票事務従事者)に限定された。中田さんらによると、当時はダウン症の女性の勝訴によって障害者の選挙権が回復されたことがクローズアップされ、48条2項ができたことに注目が集まらなかったという。
中田さんは「過去に本人の意思を確認せずに家族らに投票先を書かれたことがある障害者仲間には、投票所の係員に代筆してもらったほうがいいという人もいます」としたうえで、「私たちが求めているのは係員の代筆制度も残しつつ、以前のように家族やヘルパーも代筆できるようにしてほしいだけ」。代理人の大川弁護士も「代筆を誰に頼むかを自分で決められることは、障害者の選挙権を広げた公選法改正の趣旨にも沿う」と指摘している。
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中田さんの支援者らは5日午後2時、シンポジウム「障害者の投票について考える」を大阪府立男女共同参画・青少年センター(ドーンセンター、大阪市中央区大手前1丁目)で開く。大学教授や社会福祉士らと障害者の参政権について意見を交わす。参加費は500円。問い合わせは「支える会・準備会」(06・6844・2280)へ。
■公職選挙法48条2項ができるまでの動き
2000年4月 認知症などの影響で十分な判断ができない人の財産管理や契約行為などを裁判所が選んだ後見人が支援・代行できる「成年後見制度」導入。後見人がついた人の選挙権・被選挙権については、明治時代にできた「禁治産制度」の欠格条項が引き継がれて「有しない」とされ、公職選挙法11条1項1号に明記された
05年5月 日本弁護士連合会が後見人がついた人の選挙権制限を見直すよう求める提言を公表
11年2月 茨城県内のダウン症の女性が公選法11条1項1号は違憲として東京地裁に提訴。札幌、さいたま、京都の各地裁でも訴訟が起こされる
13年3月 東京地裁が公選法11条1項1号は違憲で無効とする判決
5月 公選法11条1項1号を削除する改正法が成立。この際、投票用紙に代筆できるのは投票所の係員に限る文言が48条2項に加えられる
6月 改正法が施行される
〈公職選挙法と代筆投票〉 同法48条1項では、候補者名や政党名を投票用紙に自分で記入するのが難しい有権者は代理(代筆)投票を申請できると規定。2013年には2項が改正され、代筆する投票補助者は「投票所の事務に従事する者」に限られた。総務省は2項の運用に関し、家族や付添人が投票補助者になることはできないと通知。その理由として、投票用紙に別の候補者名が書かれたり、白票を投じられたりする不正を防ぐためとしている。
中田泰博さん
2017年2月4日 朝日新聞