猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

アイデンティティは帰属意識か、ブレイディみかこ、差別、DSM-5

2019-09-16 18:46:13 | こころ

ブレイディみかこが『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の14章に「彼は帰属意識の問題、つまり自分のアイデンティティの問題にぶち当たって」と書いていた。この「彼」はブレイディみかこの息子のことである。

この章のテーマは、「彼」が帰属意識を持てないということである。
「日本に行けば『ガイジン』って言われるし、こちらでは『チンク』とか言われるから、僕はどっちにも属さない。だから、僕のほうでもどこかに属している気持ちになれない」

私は、帰属意識を持つ必要がないし、もたないほうが健全だと考える。オリエンタル(東洋人)という帰属意識をもつブレイディみかこより、息子のほうが健全だと思う。

しかし、気にかかったのは、帰属意識とアイデンティティとが同じことかのように使われていることだ。私自身は、そんなことをこれまで思ったこともなかった。

そして、ネットで調べてみると、どうも、彼女だけでなく、“identity”を “roots”や “birth“ と同じような意味で解釈している向きがあるようだ。

私の1980年版のOxford英英辞書で調べてみると、そのような意味は書かれていない。「同一とされること」で“exact likeness”でないといけない。そこから発生して、「自分は何ものかを問うこと」を指す。

アメリカ精神医学会(APA)の診断マニュアルDSM-5に「パーソナリティ機能の要素」(Elements of personality functioning)の項があり、ここで、「アイデンティティ」や「エンパシー」が定義されている。その英文と訳を書き抜いてみよう。
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Identity: Experience of oneself as unique, with clear boundaries between self and others; stability of self-esteem and accuracy of self-appraisal; capacity for, and ability to regulate, a range of emotional experience.
同一性:自己と他者とを明らかに区別し、かけがえのないものとして自分自身を感じふるまうこと;自尊心の安定性および自己評価の正確さ、さまざまな情動体験への適応力およびそれを制御する能力 (私訳)
(ここで “experience”を「感じふるまうこと」と、“as unique”を「かけがえのないものとして」と訳してみた。)
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Empathy: Comprehension and appreciation of others' experiences and motivations; tolerance of differing perspectives; understanding the effects of one's own behavior on others.
共感性:他者の体験および動機の理解と評価;異なる見方の容認、自分自身の行動が他者に及ぼす影響の理解 (私訳)
(ここの“experience”も「感じふるまうこと」の意。“appreciation”は「適切な評価」。)
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identity(アイデンティティ)は上記の意味で、individuality(インディビデュアリティ)とつながる。“individuality”は「個性」と訳されるが、個人を他から区別する特徴のことである。アイデンティティは、肯定的に自分の個性を捉えることであって、他人から差別されることから、生じるものではない。

だから、『ガイジン』でも『チンク』でもないと言う「彼」は健全である。

帰属意識は、徒党を組み、集団で争うことにつながる。

「徒党を組み、集団で対抗する」は「団結」を意味し、ホッブズが言うように、物理的に弱い者が物理的に強い者に打ち勝つために有効である。だからこそ、「団結の自由」という権利が近代社会に生まれたのだと思う。

しかし、帰属意識がなくても、徒党を組み、団結できる。必要なのは目的意識である。目的意識がなくて徒党を組むと、共通の敵を作り、それを攻撃すること自体が目的になる。敵を作ることで組織を維持しようとする。だから、帰属意識とは、やっかいで、人間の弱さ、愚かさとつながっていると私は考える。