猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

格差がないと人は働かないのか、コーエンの『大格差』

2019-09-20 21:34:49 | 働くこと、生きるということ

現在の「経済格差」が不必要に大きすぎる、と私はつねづね思っている。

「格差」を肯定する人の多くは、「格差」をつけないと人は働かないからだ、と言う。確かに働くことは苦役なんだろう。日本国憲法第27条に「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」とある。「義務」というから、働くことは人がいやがることなのだろう。

わたしだって、皿を洗うのが面倒だから、食事のとき、使う皿の数をできるだけ少なくするようにしている。酒やたばこも、それらを買うために、働くことがいやだから、やめた。しかし、もう一歩深く考えてみると、わたしは、やりたいことがあるから、やりたくないことに時間を使いたくないだけである。

ロシアの大作家レフ・トルストイは、貴族のドラ息子だったが、ある日、働くことに目覚め、楽しく働く共同体運動を始めた。この共同体運動は、当時のロシア帝国政府やそれを受け継ぐ社会主義政府によっても弾圧された。これら政府だけでなく、ロシア正教会からも弾圧された。

自分たちのために、自分の思うペースで、楽しく働くことは、権力をもち自由を独占している人たちからみると「悪」なのである。

この事実を知ってから、ロシア正教会がきらいになった。現在、ロシア正教会がウラジーミル・プーチン大統領とつるんでいるのは何も不思議でない。

「格差をつけないと人は働かない」はウソだ、とわたしは思っている。人が働かないのは、現在の社会が、自分のために、自分のよろこびのために働くのではないからだ。他人を自分のために無理やり働かす人たちがいるからだ。

権力をもち自由を独占している人たちが「格差」をどう考えているかをみんなに知ってもらうために、タイラー・コーエンの『大格差』(NTT出版)を紹介したい。この本に日銀副総裁の若田部昌澄が解説をつけている。いまなお「異次元の金融緩和」を主張するアベノミクス派の若田部がどんな考えをもっているかも、この本からわかる。

『大格差』の原題は、“Average Is Over: Powering America Beyond the Age of the Great Stagnation” である。アメリカ社会は、今後、経済的に豊かな層と貧困層に二極化するが、そして、それはそれとして「平穏」な社会になると、著者は予言する。「みんなが平均的な世界は終わった」が“Average Is Over”の意味である。

著者は、左派=リベラルの知識人を偽善的だ、二枚舌だと攻撃し、所得と教育レベルの「格差」を肯定する。

しかるべき「技能」と「姿勢」持っている人はますます豊かになって当然だと言う。「姿勢」は何の訳語が調べてないが、前後の文脈からすると、「個人の野心とモチベーション」のことだろう。「技能」だけでなく「姿勢」を加えたところが、大胆である。トルストイのユートピアの全面否定である。

所得の二極化が進んでも、「低所得層が社会体制に反旗を翻し、富裕層の財産を奪い取る時代が来る」ことはない、と著者は言う。
「アメリカ人が保守化する可能性のほうが高い」「アメリカでいま保守主義の力が最も強いのは、所得水準と教育水準が最も低く、ブルーカラー労働者の割合が最も多く、経済状況が最も厳しい地域だ」「極端な保守主義は、宗教とナショナリズムをこれまで以上に取り込んでいく」とも言う。

所得と資産の二極化が革命と反乱を生まない心理学的理由として著者はつぎのように説明する。

「人々が生々しい怒りをいだくのは、大幅な昇給を得た同僚だったり、自分より20%収入の多い義弟だったりする。要するに、同じ高校に通ったような人たちが高い収入を得ていると、我慢ならないのだ」

これだけ、貧しいものを、心優しきものを、公然とバカにする著作はない。社会の格差を、心悪しき者によって意図的に造られた社会システムだ、と理解する知性すら、貧しいものにはないと著者は言っているのだ。

働くことがきらいでも、強欲でなくとも、争いがきらいでも、みんな、「格差」に怒らなければいけない。怒らないと、権力をもち自由を独占している人たちは、あなたから富と時間を奪うだけでなく、あなたの尊厳を踏みにじる。