悠山人の新古今

日本初→新古今集選、紫式部集全、和泉式部集全、各現代詠完了!
新領域→短歌写真&俳句写真!
日本初→源氏歌集全完了!

紫式部集129 夜中じゅう

2006-10-20 00:02:00 | 紫式部集
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夜中じゅう戸を叩いては泣き崩れ
とうとう朝になってしまった   悠山人

○紫式部集、詠む。
○詞書に、「渡殿(わたどの)に寝たる夜、戸をたたく人ありと聞けど、恐しさに音もせで明かしたるつとめて」。中宮が出産でいない留守を狙って、道長が紫の寝所に入ろうとして、というのが通説。新潮版は、<「渡殿に寝たる夜」という表現によれば、いつもの局とは違っていたようである。」>と注記。さらに、誰が叩いているのか、分からないので、恐ろしかった、とも。
平王ク075。
¶水鶏(くひな)=第067、第068歌の、贈答の解説参照。
¶よりけに=よりもずっと。more and more than。

□紫129:よもすがら くひなよりけに なくなくも
      まきのとぐちを たたきわびつる      
□悠129:よなかじゅう とをたたいては なきくずれ
      とうとうあさに なってしまった

短歌写真236 秋陽に

2006-10-20 00:01:00 | 短歌写真
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秋陽に向ひて何を祈れるか
青衣揺らし踊る汝は   悠山人

○短歌写真、詠む。
○三句、「や」か「か」か。四句、「し」か「せ」か。結句、「る」か「れる」か。近詠との重畳、この作品内での重複、を避ける。伝統文語文法と、現代口語文法との、場合によっては折衷を図る。語調・韻律、耳にどう聞えるか、見た目の字配りはどうか。決定的な過誤はないか。他人からみればどうということもない一首でも、私にしてみれば、この程度は考えての作歌である。
¶汝=読みは「な」「なれ」「なんじ「いまし」。you; thou。
□しうやうに むかひてなにを いのれるか
  あをぎぬゆらし をどるいましは
【写真】先日、よさこいで。出来栄えよりも先に、肖像権に神経を尖らせなければ、という現代。人物正面の近影は、かなり難しくなった。

俳句写真009 滑空機

2006-10-20 00:00:00 | 俳句写真

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滑空機
横一文字の
秋高し   悠山人

○俳句写真、詠む。
○滑空機はグライダーの方が、通りがいい。私もただ一回、単座式の操縦桿を握って、滑空したことがある・・・ほんの短時間だったけれど。そのころの分類では、primary~secondary~soarer だった。「秋高し」は「便覧」の季語。

□かっくうき よこいちもんじの あきたかし
【写真】実写そのまま。群青の空に、真っ白い無音機が、美しい。先月のフライト・デモで。


短歌写真235 舞姫の

2006-10-19 00:30:00 | 短歌写真
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舞姫の熱き思ひの伝はりて
沓音高き西班牙を見ゆ   悠山人

○短歌写真、詠む。
○神無月半ば、気怠き昼下がり、フラメンコ鑑賞。
□まひひめの あつきおもひの つたはりて
  くつおとたかき スペインをみゆ
□Siento un corazón caliente del bailarín
 de una mujer del flamenco,
 cuando ella golpeó ligeramente firmemente
 con los zapatos. Y entonces veo allí España.
【写真】先日の撮影。背景を黒無地に処理。
【memo】肖像権に留意。

image192 渦巻舞踊傘

2006-10-18 00:00:00 | images

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title : Japanese umbrella for dance 
yyyy/mm : 2006/10
memo : 近年の「よさこいソーラン(連)」「和太鼓(連)」の増殖振りには、目を見張るばかり。夏から秋にかけて、私も自主撮影で忙しかった(秋の終わりまでは、関東各地で激しい演舞の催事がある)。このときは、和傘が使われた。帰宅してから和傘の俄か勉強をしたのだが、.この世界の広さ・深さにしみじみ感心して、真夜中の電網探索に何時間ものめり込んでしまった。この傘の名は、何だろう、というのが端緒だったのだけれど、大体はこういうことらしい。和傘(悠山人考案の覚え方)には
  蛇の目・番(ばん)・舞(まい)・野点傘(のだてがさ)
の四種があって、写真のものは舞傘・踊傘・舞踊(ぶよう/まいおどり)傘、などと呼ばれるものの一つである。それに渦巻き模様があるから、写真の題となった。
【写真】舞踊傘を置いた一瞬を狙って、傘だけ撮影。丁寧に切り取って、背景処理。電網学習中に、ある販売店で同じもの(左下)を発見!


紫式部集128 だれひとり

2006-10-17 06:40:00 | 紫式部集
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だれひとり折る方もなくこっそりと
陰で覗いて噂するだけ?   悠山人

○紫式部集、詠む。
○その場で、返す。私の専断用語・解釈では、こうなる。とんでもございませんわ。口説かれたり共褥(ともしとね)したりなど、まだありません。そういうことを言いふらすのは、誰でしょうね。(意気地のない殿方たちですこと)。争って買い求める、という代わりに、争って書写する時代。貴族仲間で、紫の名はあまねく知られていた。ただ、面識となると、かなり限定されるから、男どもは、せめてもと、あれこれ詮索するだけであった。紫の男性関係は、千年後の今でも、研究者の間で確定しない。
平王ク日記歌04。
□紫128:ひとにまだ をられぬものを たれかこの
      すきものぞとは くちならしけむ      
□悠128:だれひとり おるかたもなく こっそりと
      かげでのぞいて うわさするだけ?

短歌写真234 ヴィオロンの

2006-10-17 06:35:00 | 短歌写真

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ヴィオロンの啜り泣く音の長ければ
心の傷の秋こそ深まれ   悠山人

○短歌写真、詠む。本歌はP.ヴェルレーヌの詩「秋の歌」、第一連。
○不遜にも、大それた、無謀な・・・。ついにここまで来たか。文学に関心ある、万人の知るあの名詩。「秋の日のヴィオロンの」と来れば、上田敏。もう日本人の大きな文化遺産である。私は文語詠短歌で、ささやかに挑戦してみた。もちろん巧拙は全く問題外である。
これを公開するにあたって、試しに原詩の暗唱と筆記をしてみた。驚いたことに、若き日そのままに、完璧な出来だった。自慢と取られたら心外で、劣等生でも一所懸命に「いい詩歌」を暗記した結果だ、と思っている。
□ヴィオロンの すすりなくねの ながければ
  こころのきずの あきこそふかまれ
【写真】おととい、美術館通りの いちゃう 並木。ぎんなん は、もう拾われ終わったのかな。
【memo】「秋の歌」全文。http://membres.lycos.fr/mirra/poeVerlaine.html
Chanson d'automne/Paul Verlaine

Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
Monotone.

Tout suffocant
Et blême, quand
Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
Et je pleure;

Et je m'en vais
Au vent mauvais
Qui m'emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
Feuille morte.

【memo+
】別URL:2005年07月25日条に既出。


image191 花傍食

2006-10-17 06:30:00 | images
2006-1017-yim191
title : oxalis 
yyyy/mm : 2006/10
memo : 花傍食(コメリコだけ)。花片食(漢字表記で最多)。はなかたばみ。花酢漿草(広辞苑準拠)。オクサリス(多数派はオキザリス)。開花期間は、ほぼ年間。
【写真】日中は開いて、夕から朝へかけては、折畳み傘状に閉じる。昼少し前に、開閉二態を同時に撮ってみた。自宅庭の鉢花。

短歌写真233 幾たりか

2006-10-16 00:05:00 | 短歌写真
2006-1016-yts233
幾たりか歩みて芸に立てるあり
鬼斧師の道を擦り減らしつつ   悠山人

○短歌写真、詠む。
○「歩み」「芸」「立つ」「道」、それに「鬼斧」を、螺旋状に掛詞・縁語としてみた。「立つ」を使うにあたって古語辞典にあたると、この見出し語のもとに、何となんと、33項目の語義が掲載されていた! 言霊の世界は広くて深い森である。
¶鬼斧師(きふし)=悠山人の造語。広辞苑にない。学研版『ことば遊び辞典』の、四字熟語「神工鬼斧」(しんこうきふ。人が作ったと思えぬ程の、技術や作品のこと。)を典拠とする。もちろん、「斧」「道」を縁語関係と見てのこと。
□いくたりか あゆみてげいに たてるあり
  きふしのみちを すりへらしつつ
【写真】野外劇場の床面。対称の非対称! 実写だが今までにない工夫をした。Understan' ? そう、基本は左右対称。次に、ランダムにいくつかのタイルを貼った。だから対称の非対称。

俳句写真008 子午線を

2006-10-16 00:00:00 | 俳句写真

2006-1016-yhs008
子午線を
傾いで過ぎる
秋日かな   悠山人

○俳句写真、詠む。
○簡単に言うと、太陽が子午線を通過するのが、標準時間の正「午」。
¶過(よ)ぎる=<鎌倉時代まで「よきる」>(古語辞典)。
¶秋日(あきび)=悠山人の用語。広辞苑にある見出し語では、「秋陽(しゅうよう)」「秋日和(あきびより)」。

□しごせんを かしいでよぎる あきびかな
【写真】照明球に、2個の太陽が斜めに映っている。この延長線上に南中(正午前後の)太陽がある。見本園で。