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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

高橋長英 朗読舞台から

2014年12月03日 | 文学思想
 この冬、神無月最後の週末土曜日、『朗読と音の調べ 暮秋』と題して、横浜在住のベテラン俳優、高橋長英さんの藤沢周平作品朗読会を催した。これまで仕事で直接関係した舞台のことについては触れてこないようにしていたのだけれど、今回は十回目の節目ということもあり、当日のリハーサルの様子やちょっとしたエピソードを記す。

 その公演日の朝、遅刻しそうになってホール玄関に駆け込むと同時にエレベータに乗り込む人影が見えたので、一緒に上がろうとしたらその手前で設備の人とバッタリ、「おはようございます、今日は消防設備点検をやってますから」と声を掛けられた。その会話もそこそこにして早くエレベーターにと焦っていたら、先の人影の人物がニヤリとして「よう、久しぶり!」、よく見直したらなんと長英さんご本人でこちらがびっくりした。予定の楽屋入り時間には少し早かったし、車で来館されるとばかり思っていたのでちょっと虚を突かれた感じだったが、あわてぶりを冷やかされる。
 この日の公演は、午前11時と午後2時半の2回が予定されている。事務室に入ると、舞台スタッフが照明の準備を始めていてくれる様子がモニターに映っている。そうしてしばらくすると、共演の増田美穂さんが到着したのでホールロビーに上がっていき挨拶をすると、いつのまにかオマタタツロウさん夫妻も楽屋入りしていた。リコーダーにリュート、手作り楽器などのマルチ音楽演奏家で画家でもある多彩なパフォーマー、オマタさんは富士山のふもとの在住でいらして、昨日から長英さん宅に泊めてもらっていたらしい。いつも帽子をかぶり、スナフキンのような風体で人懐こい自由人そのもの、といった感じ。この公演も回を重ねて、舞台が始まる前の気心が知れた出演者との近況についてなど、何気ない会話のやりとりが楽しい。

 しばらくして舞台上で場当たり、照明と音響のチェックが始まる。今回、増田さんはまだ若いのに、さすが横浜ボートシアター出身の舞台俳優、落ち着いてメリハリのきいた心地よい声をしている。このホールにおけるはじめてのお二人の朗読共演なので、長英さんも舞台と客席をいったりきたりして、様子を確かめている。オマタさんが場面に合わせて音を奏でると、みるみる場面が豊かにふくらんでいくのがわかる。長英さんがそれに呼応して冗談を言うとオマタさんが軽く応じたりして、舞台リハーサルはすすんでいく。
 最初からしばらく朗読台本を譜面台前において読みあっていたのだけれど、なんだかこれまでと印象が違う。ためしに譜面台を外してみると、客席からふたりの姿全体が見通せて臨場感が増すことに気がつき、本番はそれでいこうということになった。もうここまでくると間違いなくいい舞台になりそうな予感がしてくる。

 バタバタと事務所に戻って何気なしにプログラムノートを見直す。長英さんが横浜生まれで上智大学から俳優座養成所出身というのは知っていたのだけれど、ふと何年生まれなのか気になってパソコン検索してみると、昭和17年生まれの71歳とある。そうか、いつも年齢を感じさせない風貌と落ち着いた存在感のある声だなあと思って生年月日をよく見ていてびっくり、なんとこの日の公演日がまさに誕生日!ご本人が何もおっしゃらないのでうかつにも全く気が付かなかった。これはもうサプライズでお祝いをしなくちゃと公演担当者に相談したら、さすがすでにちゃんと奥様にリサーチしていて、晩酌の好みは焼酎オンリーであるとのこと、それではお祝いの品は公演終了後にお渡しすることに。

 さて、当日午前午後二回公演は、計三百名をはるかに越えるお客様に来場いただいて大盛況。
 今回は読み手が長英さんの独り舞台から、増田さんを迎えて二人になったことで掛け合いとなって、その結果より情景が立体的にふくらんだ。増田さんは本番に髪をあげてシックな着物姿で江戸を舞台とする藤沢周平作品にふさわしい落ち着いた雰囲気を創りだし、作品そのものの良さを一層引き立てて、市井の庶民生活の細やかな哀歓がくっきりと浮かび出ていた。また、オマタさんの超絶リコーダー演奏も聴きどころたっぷり、前半はリコーダー数本をひとりで操って「上を向いてあるこう」変奏曲からリュートの調べを奏で、後半は横笛を中心にしっとりとした情景にあわせて聴かせる。休憩前の舞台上では、長英さんから10回目公演の記念挨拶があって、終演後のロビーでの交歓風景も小ホールならはの良さがあり、地元公演ということもあって出演者の知人友人も多数来場し、いつになく華やいだ雰囲気。

 ロビーの観客が引き始めてた頃、はじめて長英さんの奥さまと話す機会があったけれど、すらりとした長身で表情豊かな素敵なかた、熟年夫婦かくありたいと思わせるカッコよさなのだ。人前でのお二人の少し照れ気味のやりとりも楽しいもので、こちらの決めつけかもしれないが、長英さんはその風貌から想像できないくらいのロマンチスト、なのだと思う。


 シリーズ大人の時間10 『高橋長英 朗読と音の調べ 暮秋』 藤沢周平作、桐畑に雨の降る日/約束~「橋ものがたり」より
              (平成26年11月29日/横浜)