スコッチ(沖 雅也)が図らずも過去のトラウマと真正面から向き合い、1つの区切りをつけ、優しさを取り戻していくキッカケとなった、ターニングポイントとも言えるエピソード。
細かいカット割りと効果音の多用で、通常の『太陽にほえろ!』とは異質なムードを創り出す斉藤光正監督の演出により、とても印象深い作品に仕上がってます。
また『痴人の愛』『ツィゴイネルワイゼン』等の映画で知られ、『刑事珍道中』では童貞テキサス(勝野 洋)の筆下ろしの相手も務められた、大楠道代さん(当時の芸名は安田道代、結婚して改名される直前のご出演でした)や、後にテレビ版『家族ゲーム』でブレイクし、宮崎駿アニメの声優としても活躍される、子役時代の松田洋治さん、そして常連の阿藤 快さん等、ゲスト俳優陣の充実も大きな見所となってます。
☆第225話『疑惑』(1976.11.5.OA/脚本=小川 英&四十物光男/監督=斉藤光正)
ごろつきジャーナリストの江本が七曲署管内のマンション自室で毒殺され、怨恨の線で捜査を開始する藤堂チーム。江本はかつて、城北署でスコッチの尊敬する先輩だった、倉田刑事(二瓶秀雄)が恐喝&詐欺容疑でマークしてた男。
倉田刑事は、スコッチが犯人追跡中に発砲をためらった為に撃たれて死んだ、あの先輩刑事です。複雑な想いを胸に秘め、スコッチは先輩が遺した筈の捜査メモを借りるため倉田邸を訪れます。
未亡人の加代(大楠道代)はスコッチとの再会を喜びますが、小学生の息子・一郎(松田洋治)はガン無視を決め込みます。やはり、父親のことで俺を恨んでいるのか……と凹むスコッチ。
それはともかく、倉田刑事の捜査メモは葬儀の時に棺桶に入れた、つまりもう灰になったと言う加代に、スコッチは違和感を覚えます。自分も葬儀に立ち会ったけれど、供え物に捜査メモらしき物は無かった筈……
更に、事件当日、江本の部屋を訪れたらしい女性の特徴が加代に似ている! そして情報屋(阿藤 快)が江本の部屋から持ち逃げした現金100万円の札束に、加代の指紋が付着していた! つまり彼女も、殺された江本に恐喝されていた?
かくして加代は、重要参考人として七曲署に呼び出され、取調べを受けますが、江本との関係については「言いたくありません」の一点張り。
加代の無実を祈りながら捜査を進めるスコッチですが、調べれば調べるほど加代の殺人容疑は色濃くなるばかり。
加代が殺人を犯す筈がない。なのに何故、彼女はこの期に及んでも黙秘を続けるのか?
「本当のことを言うんだ奥さん! なぜ嘘をつくんだ! あんたそれでも倉田先輩の奥さんかっ!?」
あの沈着冷静なスコッチが焦燥し、我を忘れて取り乱す姿から、死んだ倉田刑事をリスペクトする熱い想いが伝わって来ます。
ますます凹んだスコッチは、母親の帰りを待つ一郎から手がかりを得ようと考えますが、ボス(石原裕次郎)から忠告を受けます。
「話すと思うか、お前に。子供だってな、心を開かない相手には、決して正直に何も話したりはせん」
「…………」
「信じたい相手なら、信じたらどうだ? 心を開きたい相手なら、心を開いたらどうだ?」
開きそうでなかなか開かないスコッチの心。その扉の鍵を、今回の大きな試練がきっと開いてくれる……そんな予感がボスにはあったのかも知れません。
だけど、一度閉ざされた心はそう簡単には開けない。それは幼い一郎も同じで、相変わらずガン無視され、いたたまれなくなったスコッチは、ボン(宮内 淳)に電話して子守りを代わってもらおうとするのですが……
「帰っちゃイヤだ。どうして帰るんだよ?」
意外にも、一郎はスコッチの袖をつかんで離しません。
「いや……おじちゃんのこと嫌いなんだろ?」
「どうして? 前はあんなに一緒に遊んでくれたじゃないか! おじちゃん、どうして遊んでくれなくなったんだよ!? お父さんが死んでから、ずっと……」
「……お前、それで怒ってたのか?」
一郎は、スコッチを恨んでなんかいなかった。ただ単に、寂しかっただけ。ただ遊んで欲しかっただけなんです。
「ようし、遊ぶぞ!」
倉田刑事が凶弾に倒れて以来、ずっと罪悪感に締め付けられてたスコッチの心が、解き放たれる瞬間でした。冷酷な仮面を脱ぎ捨て、小学生とお馬さんごっこしながら無邪気に笑うスコッチの姿。私は何度観ても涙が止まりません。
そしてスコッチは、一郎との遊びの中で、額縁の裏に隠された倉田刑事の捜査メモを発見。そこに記された江本の恐喝リストから殺害の真犯人を割り出した藤堂チームは、みごと逮捕へと至ります。
それで事件は解決したものの、加代がなぜ夫の捜査メモを隠し、殺人容疑を掛けられても江本との関係を黙秘し続けたのか? その謎は解けないままです。
「あなたにだけは、言いたくなかった……」
加代は、自分の弟が会社の金を使い込み、その返済のために夫の倉田刑事が江本に頭を下げ、三百万円の借金をしていた事実をスコッチに打ち明けます。
「汚職……汚職刑事……そう言われても仕方ないかも知れません」
夫が殉職し、その保険金から加代は江本に借金を返済しただけで、何も罪は犯してない。それでも加代は、自分に殺人容疑が掛かっても、借金の事実だけは言いたくなかった。言えばスコッチが傷つき、夫へのリスペクトを失ってしまうだろうから……
「でも信じて下さい、滝さん! あの人が江本を憎む気持ちに嘘はありませんでした!」
そう言って涙を流す加代に、スコッチはきっぱりと、むしろ晴れやかな表情でこう言います。
「奥さん。倉田さんは立派な刑事でした。今でも私は、そう思ってます」
本来、スコッチは人一倍優しい刑事。他者の痛みを理解し、共感することの出来る男なんです。
「倉田刑事は立派な刑事だと言ったそうだな?」
地獄耳のボスが、倉田刑事の墓参りをするスコッチに声を掛けます。
「世間が何と言おうと、少なくともお前と俺だけはそれを知ってる。それでいいじゃねえか」
「ボス……」
「お前にそう呼ばれて、ボスらしい気分になったのは初めてだ」
たぶん、スコッチがボスをちゃんと「ボス」って呼んだのは、この時が初めてだった筈。ようやくスコッチが、藤堂チームの一員になれた瞬間と言えましょう。