三九郎は門松や正月飾りを焼く行事で以前は1月15日と決まっていた。
主体は小学生で大人が作業に参加することはなかった。
冬休みになると町会役職者の持山に分け入って主柱となる心棒をきりだす作業から始まる。
大小合わせて10本ほどの丸太が必要だ。
小学校2年生から6年生までが厳格な階級制の中で作業に当たる。
最上級6年生が親方 二番は5年生 以下三番 四番 五番と続く。
終戦直後 人心が荒れていたのだろう下級生に対して理不尽な激しいいじめが続いたものだ。
楽しいどころか泣きたい気分で作業を続けた。
そんな昭和は彼方に飛び去って、大人の作業をしり目に子供たちは喜々と飛び回っていた。
三九郎のてっぺんに大達磨が飾られて完成
気が付いたら焼け落ちていた残念
せせらぎ 氷瀑