●自分の道
―――ジャブロー戦より数日後
強い光の中ながらも締めきられた一室。その中に存在する影が3つ。
1人は黒髪のユキ少尉。1人は肌蹴た軍服から鍛え上げた筋骨が印象的な巨漢。
そして最後に、これからユキの上官となる存在。狐を想起させる女性であった。
「アンタかい。物好きだねぇ。上からの転属命令もあったとはいえ、望んでここにくるなんてさ」
その女性が口を開いた。口元に微笑を銜え、実に楽しげに。
「実力は聞き及んでるよ。ジャブロー撤退時での敵MS部隊を単騎で撹乱、撃破。これにより味方の部隊を救ったとか・・・。
しかも、怪我を押しての出撃でとね」
勢い、握られた扇子が向けられる。
刃の如きそれに対し、ユキは淡々と返答をする。熱を帯びずも、彼女の視線は変わることはない。
「まあ、いいさね。来た以上はしっかり働いてもらうよ!!」
「・・・はい、そのつもりです。
中佐、お願いがあります。私を強くしてください。その為に、此処に来ました」
まるで子供のようなセリフだ。普通は誰しもがそう思うだろう。
しかし、逸らすことのない正面からの視線。そして、その意思を伝播させる表情が、そこに確かな説得力を与えている。
それに対し、目の前の上官はうっすらと口元を歪ませた。
「黙ってアタシについてきな! そうすりゃ強くもなれるもんさね。いいかい?」
「はい!!」
「そうそう、こいつを預かった。何でも、先の戦功の報いってやつらしい。受け取りな!!」
明確な返答に満足げな表情を浮かべる女性。それは、紛れもなく猛禽の笑みだ。
その捕食者じみた笑みの後、放られたそれが光を受けて反射する。
中尉の記章、昇進の証である。
敬礼をし、退出をする。
静まり返ったその部屋の中で、巨漢の男、デトローフ・コッセルは一つの疑問を口にする。
「しかし、宜しかったので? 海兵隊の戦力増強はありがてぇですが、時期にどっかへ引き抜かれるんじゃねぇですかね?」
「構やしないよ。一人抜けた程度で海兵隊がどうなるもんでも無し。
そうならなければそれで良し。もし引き抜きならば、そのときは思い切り高くふっかけるだけさね。
いずれにせよ、珍しく良いカードが来たもんだ。どう転ぼうが、あたしらにとって損はないのさ」
新しい玩具に満足する子供のように笑う女傑、シーマ・ガラハウ中佐。
そう、どう転ぼうと構わない。MSパイロットという時点で貴重なのだ。額面通りの能力でなくとも、用途などいくらでもある。
彼女にとっては、ジオンや連邦などくだらない馬鹿騒ぎをしているに過ぎない。 自分たちはそれに付き合わされているのだ。故に、せいぜい美味い汁を吸わせてもらう。
かつて、自分たちが払わされた毒ガス虐殺という汚名の代価。未だにそのツケは頂いてはいないのだから。
自室に戻ったユキは、真っ先にベッドへと向かった。
与えられた個室で着の身着のままそこへ寝転ぶと、深く溜息をついた。
「あ、あははは・・・おっかなかったぁ、シーマ中佐・・・」
その情景を思い返し、苦笑いと共に軽く震えた。我ながらよくあんなこと言えたものだと少々呆れてしまう。
「・・・自分にあれだけ度胸があるとは知らなかったな。
でも、単に震えてるより、虚勢を張れる分だけましかも」
やや自嘲気味にそんなことを考えるも、傍目で見るとかなりネジが緩んでやがる。
無意識に手元に枕を抱きよせつつ、震える手と共に抱きしめた。
新しく変えた枕の匂いが沁みて、若干の気はまぎれた。うん、悪くない匂いだ。
それにホッとしたのか、此処最近の蓄積されていた疲労と、先程までの緊張感の消失により、意識に反比例して次第に瞼が重くなる。
「流石に疲れちゃっ・・・た・・・かな」
すぅすぅとかすかに響く寝息が部屋の中を微弱な波紋のように広がり、泡沫の如く消えていく。
ユキはいつしかまどろみの中へと落ちていた。
日も段々と傾きかけ、次第に濃緑の精細が欠けていく剝き出しの密林群。それに合わせてか、南米の湿気を帯びた空気も、寒さを感じさせるものへと穏やかに変化していく。
そんな天然の世界の中、明らかな異形が確かにあった。
そしてそれを駆るパイロットは、未だかつてなかった感覚に囚われていた。
(なんなの、これは!? この感覚は!?
訳の分からない嫌だと感じられるこの感覚・・・)
突発的に身に降りかかった得体の知れない何か。自分は一体どうしてしまったのだろう。
そんな最中でさえ、未だ治らない傷が相変わらず痛みを放っている。
だが、すぐにどうでも良くなった。自分と友軍を焼こうとする者、それが理解出来る。
―――――――――――敵!!
『そう、そこから狙おうとしてるのね? 墜ちなさい!!』
言葉と同時、死角から飛び出したジムが即座にバランスを崩した。完璧な奇襲となりうるはずであった攻撃。が、それは許されない。果たして、パイロットは何が起こったのか理解すら出来なかったであろう。
幾つもの空薬莢が止め処なく転がり、その熱を次々に大地へと伝わらせていく。
崩れ落ち、大質量の金属音を響かせる敵機。それが、一方的な戦闘の始まりであった。
密林の中を軽快に駆ける蒼い機体。地上戦に特化したグフ、それを更に改良したグフカスタムだからこその機動性。そしてそれが、次なる獲物を定めた。
機体の反応はミノフスキー粒子の影響か、把握できていない。が―――――――
『隠れてても無駄、逃がさない!! いけっ!!』
両腕に装備されたガトリングシールドが、容赦なく火線を作る。それはこの葉を散らせ、同時、幾許かの火が鮮やかに灯される。
コンピュータに表示されない【Ⅹ】。だが、それは紛れもなく存在し、陸線型ジムという名に・・・いや、ただの金属塊へと名を塗り替えられた。
此処でやられてはたまらない、そう踏んだのだろう。その場所からさらに2機の機体が飛び出す。
共に陸線型ジム。1機が火器での支援、もう一機が銃器と盾を構えての突撃という具合だ。
両腕の火器で牽制をかけつつ、すぐさまユキは最も都合のいい位置を取った。
点は交わり線となる。支援機と突撃機、それが直線となる場所だ。射線が重なり、これにより、数の上の2対1は崩れ、手持ちの弾丸も、左右の盾を駆使し前後2体へと注がれることになる。
だが、これには当然敵も動く。が、ユキもそれに合わせて一定の距離を保ちながら牽制を交えつつも機体を動かす。
その短いやり取りの中、突っ込んできたジムに対し、彼女は更に2つの動作を追加する。
ガトリングを防ぐ盾、そこに撃ち込まれる弾丸が凪のように消え、それにとってかわったワイヤーが途端に高圧電流を走らせる。幾重もの火花が走り外観からも分かるほどに鮮やかな光が、ジムを包んだ。
一瞬、そのわずかな判断で勝負がついた。物言わぬ木偶となったその時に銃弾が幾つも撃ち込まれ、更なる金属塊が出来上がる。
「なんなのよ・・・なんなのよ、あれは・・・っ!?」
支援していたジムのパイロット、ジェニファー・トリット少尉は、今の様を見て愕然とした。
敵は、明らかに理解の外のものだ。
奇襲や前衛の対処だけでなく、自分が位置を変えようとした際、まるで移動先を知っているかのように銃弾を放ってきた。現に幾つかの損傷も受けている。碌に動けなかったのもこの為・・・。
一体、自分は何と対峙しているのだろう・・・。
そんな彼女の思考を遮るように、敵は悠然と大地を踏みしめる。それはまるで、昔語りの鬼の如く。
足が震え、手は竦み、ついには恐慌状態となって彼女は逃げ出した。先ほどからの余りに異様な戦闘、その重圧に耐えられなかったのだ。
"ばっ、化け物よ!? 誰か、誰か助けて!!"
忠実に人間なジムが音を立てて密林の濃い方へと逃げていく。
それを見る中で、ユキはさらに奇妙な体験をする。
『私が、化け物・・・?』
聞こえるはずのない声に戸惑うユキ。ありえない、だが、確かに聞いた。なんでこんなことが・・・。
幾許かの沈黙がコクピット内を支配する。が、やがて、その世界に一つの答えが下された。
操縦桿がゆっくりと傾き、そしてトリガーへと指が掛けられる。
『いいよ…それで。でも、アナタも逃がさない!!!!!』
「きゃぁぁああああッ!!!???」
悲鳴と共に飛び起きた。
部屋の中ではじけたそれは、他ならぬ自分のものであると知り、若干の溜息が漏れる。
そのまま寝てしまった服も、所々でべたつくのを感じる。胸元を軽くはだけると、実際にそれが見て取れた。着替えないと寝れないなぁ、と思うも、それもすぐに先程の夢にとって代わられた。
「・・・夢じゃ、なかったんだけどね」
でも、あれは一体何だったのだろう? まるで敵が全て見えるような・・・ううん、もっと広い。全てを把握できるような感覚・・・。
敵味方のそこにある息使いや殺意、そういうのが分かるような、得体の知れない何か・・・。
あの時、鎮静剤はとうに切れていたし、それはアドレナリンの興奮作用なんかでもない。
そして自分でも信じられないことだが、あの時こそが先の上官が話していた戦果につながった。
ぶるっ
反芻するユキ。しかし答えは出ず、やがて背中が冷たくなる。
それを抑え込む様に身体を抱えるも、得体の知れない何かのために不安は抑えきれない。
そしてそれは、敵兵の口にした(と感じた)〝化け物〟にどうしても繋がってしまう。
「強く、ならないと…。心も、体も。あのとき、ルナツーで助けてくれたシーマ中佐みたいに。
だからこそ、ここに来たんだから…っ!」
明るくも広いとは言えない個室。そしてその中で震える一人の少女。
しかし、その双眸の強さだけは、決して少女のものではなかった。
―――ソロモン要塞内、某所―――
「ああ、こんなところにいたんですね。探しましたよ」
「どうした、トーマ。そんなに慌てて」
「どうしたって・・・あれ? 何をなさってるんです?」
「見てのとおりだ。今は自主学習中だよ。熟知するに越したことはない」
「・・・またですかぁ? まるで恋人に付きっきりみたいですね」
見易い様にと付箋が幾つも張られた取説を片手にトウヤはトーマ曹長へと軽く返し、それに呆れた様な、というか、「この人は、全く・・・」と聞こえそうなぐらい思いっきり呆れて更に返す曹長殿。
そんな彼を尻目に、コーヒーのチューブドリンクを片手に取説へと目を戻すと、トウヤは先程の疑問点を再度口にする。
「で、用事はなんだ?」
「そ、そうでした!? 例の機体の整備と特殊チューニング、ともに完了した様です」
「そうか・・・では、試してみるかな」
「へっ・・・? ちちちょっと待ってください!? 話しはそれで終わりじゃないですから!?
というか、また訓練なんですか!?」
足早に格納庫へと向かおうとする上官を必死に止めるトーマ曹長。
此処のところ、トウヤは毎度こんな感じで訓練漬けである。しかも、睡眠時間などを削っているのだろうか、目の隈や以前よりも痩せた頬など、憔悴しているのは誰の目にも明らかだ。
出会った当初ほどでないとはいえ、どこかしら無機質―――機械的な一面のある人だと理解はしていた。しかし、同時に自愛して欲しいとも思う。
が、それが口に出せないのも彼の性分ゆえか。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
早く機体を試したいのか、余り興味なさそうにそれを聞くも、返答はあらぬ方向から返された。
「ええ、とっても。偶にはお姉さんと付き合って欲しいかなぁ、なんてね?」
「誰がお姉さんだ。
今は、早くこいつに慣れたいんだ。それゆえの訓練。
良き収穫を期待するなら、上質の土や肥料が不可欠だよ」
そう言い切るトウヤ。が、シズネもそれに微笑をもって軽く返す。
「あら? 土いじりの趣味があったとは意外ね。
でも、如何に肥料や土が良くても、水のやり過ぎは腐ってしまうだけよ。育つ物も育たないわ。
そんなわけで、今しばらくは息抜きといきましょう。アジアで暴れていた時みたいに、碌に休養をとってないんでしょ?
そんなに張りつめてると、身につく物も身につかないわよ」
「植えた物にもよるだろう。価値なく腐り落ちるのか、意味ある成長を遂げるのか。物によって変わりもする」
しかし、トウヤは相変わらずだ。
それにシズネは困ったように肩をすくめる。
「まったくもぅ。ホント、頑固ねぇ・・・。
トウヤ中尉がなんでそこまでするのかは知らないわ。
でも、いつもイの一番に危険を引き受けてるのは知っている。そのお陰で助けられてることもね。
だから、こっちも何かしらお返ししたいのよ。少なくとも、仲間ってそういうもんでしょ」
一転、向けられた笑顔に対し、若干の目が開かれる。
幾許かの沈黙・・・次いで、トウヤは小さな溜息を漏らすと、しぶしぶと言った風体でそれを了承した。
尤も、過去に似た様なことが何度かあったため、「多分、何言っても無駄だろうなぁ」と諦め気味の心境も入ってはいるが。
「そんな顔しないの。女性からのお誘いにそれは失礼よ。ねぇ、トーマ曹長」
「・・・少尉、そこで俺に振らないでくださいよ。
しかし、うちのチームはホントに軍隊っぽくないというか・・・。まあ、そこが気楽でいいんですが」
「隊長が気にしてないもんね。最低限の軍紀さえ守ればそれでいいっていうし。余所じゃ考えられないわ」
「確かにそうですね」
ふるもっこである。
「・・・拘り過ぎるとロクなことがないんでね。実際に動けるならそれでいい。
勿論、度の過ぎたものは論外だが」
盛大な溜息を吐いたのち、トウヤは取説をぱたりと閉じた。
それの表紙がかすかに映るも、手早くそれを鞄にしまう。
「ほら、行くぞ? 休養を取るんだろ?」
若干渋い顔をしつつ、応じたトウヤ。
それに満足そうに笑って手を引くシズネと、ほっとした表情のトーマ。
しかし、そんな彼らと上官の思案先は、彼らに悪いと思うも、それでも尚別の方向を向いている。
―――MS-14A ゲルググ―――
ジオニック社より新たに配備された新兵器。
そして、トウヤにとっての為すべきことをする道具でもある。
(・・・これ以上、仲間が死ぬのは御免だ)
あのとき確かに受け取った火は、消えることなく未だ燃え続けている。
全ては、大事なものを守るために・・・。
●あとがき
お久しぶりです。
なんかもう色々纏まらなかったというか…(汗)
あと、ホントはグフカスタム無双書きたかったんですが、助長になり過ぎるので色々カットにorz
ネタは結構考えてたんですけどね。
ワイヤーアクションなんて、ファミコンの『ヒットラーの復活』やSFCの『海腹川背』よろしく、面白い動きができる機体ですので。
さて、とうとうゲルググが登場しました。
この機体、ファーストの史実といわれているものでは、ア・バオア・クーで漸く本格投入された機体です。
それがソロモンで出たのも、ひとえに今までの動きがあったからに他なりません。
この時のジオンPLの方々は、リアルで士気上昇されたことでしょう。
ええ、私もその一人です。
はい、それでは前編終了です。
後編は・・・うん、いつだろ(コラ)
―――ジャブロー戦より数日後
強い光の中ながらも締めきられた一室。その中に存在する影が3つ。
1人は黒髪のユキ少尉。1人は肌蹴た軍服から鍛え上げた筋骨が印象的な巨漢。
そして最後に、これからユキの上官となる存在。狐を想起させる女性であった。
「アンタかい。物好きだねぇ。上からの転属命令もあったとはいえ、望んでここにくるなんてさ」
その女性が口を開いた。口元に微笑を銜え、実に楽しげに。
「実力は聞き及んでるよ。ジャブロー撤退時での敵MS部隊を単騎で撹乱、撃破。これにより味方の部隊を救ったとか・・・。
しかも、怪我を押しての出撃でとね」
勢い、握られた扇子が向けられる。
刃の如きそれに対し、ユキは淡々と返答をする。熱を帯びずも、彼女の視線は変わることはない。
「まあ、いいさね。来た以上はしっかり働いてもらうよ!!」
「・・・はい、そのつもりです。
中佐、お願いがあります。私を強くしてください。その為に、此処に来ました」
まるで子供のようなセリフだ。普通は誰しもがそう思うだろう。
しかし、逸らすことのない正面からの視線。そして、その意思を伝播させる表情が、そこに確かな説得力を与えている。
それに対し、目の前の上官はうっすらと口元を歪ませた。
「黙ってアタシについてきな! そうすりゃ強くもなれるもんさね。いいかい?」
「はい!!」
「そうそう、こいつを預かった。何でも、先の戦功の報いってやつらしい。受け取りな!!」
明確な返答に満足げな表情を浮かべる女性。それは、紛れもなく猛禽の笑みだ。
その捕食者じみた笑みの後、放られたそれが光を受けて反射する。
中尉の記章、昇進の証である。
敬礼をし、退出をする。
静まり返ったその部屋の中で、巨漢の男、デトローフ・コッセルは一つの疑問を口にする。
「しかし、宜しかったので? 海兵隊の戦力増強はありがてぇですが、時期にどっかへ引き抜かれるんじゃねぇですかね?」
「構やしないよ。一人抜けた程度で海兵隊がどうなるもんでも無し。
そうならなければそれで良し。もし引き抜きならば、そのときは思い切り高くふっかけるだけさね。
いずれにせよ、珍しく良いカードが来たもんだ。どう転ぼうが、あたしらにとって損はないのさ」
新しい玩具に満足する子供のように笑う女傑、シーマ・ガラハウ中佐。
そう、どう転ぼうと構わない。MSパイロットという時点で貴重なのだ。額面通りの能力でなくとも、用途などいくらでもある。
彼女にとっては、ジオンや連邦などくだらない馬鹿騒ぎをしているに過ぎない。 自分たちはそれに付き合わされているのだ。故に、せいぜい美味い汁を吸わせてもらう。
かつて、自分たちが払わされた毒ガス虐殺という汚名の代価。未だにそのツケは頂いてはいないのだから。
自室に戻ったユキは、真っ先にベッドへと向かった。
与えられた個室で着の身着のままそこへ寝転ぶと、深く溜息をついた。
「あ、あははは・・・おっかなかったぁ、シーマ中佐・・・」
その情景を思い返し、苦笑いと共に軽く震えた。我ながらよくあんなこと言えたものだと少々呆れてしまう。
「・・・自分にあれだけ度胸があるとは知らなかったな。
でも、単に震えてるより、虚勢を張れる分だけましかも」
やや自嘲気味にそんなことを考えるも、傍目で見るとかなりネジが緩んでやがる。
無意識に手元に枕を抱きよせつつ、震える手と共に抱きしめた。
新しく変えた枕の匂いが沁みて、若干の気はまぎれた。うん、悪くない匂いだ。
それにホッとしたのか、此処最近の蓄積されていた疲労と、先程までの緊張感の消失により、意識に反比例して次第に瞼が重くなる。
「流石に疲れちゃっ・・・た・・・かな」
すぅすぅとかすかに響く寝息が部屋の中を微弱な波紋のように広がり、泡沫の如く消えていく。
ユキはいつしかまどろみの中へと落ちていた。
日も段々と傾きかけ、次第に濃緑の精細が欠けていく剝き出しの密林群。それに合わせてか、南米の湿気を帯びた空気も、寒さを感じさせるものへと穏やかに変化していく。
そんな天然の世界の中、明らかな異形が確かにあった。
そしてそれを駆るパイロットは、未だかつてなかった感覚に囚われていた。
(なんなの、これは!? この感覚は!?
訳の分からない嫌だと感じられるこの感覚・・・)
突発的に身に降りかかった得体の知れない何か。自分は一体どうしてしまったのだろう。
そんな最中でさえ、未だ治らない傷が相変わらず痛みを放っている。
だが、すぐにどうでも良くなった。自分と友軍を焼こうとする者、それが理解出来る。
―――――――――――敵!!
『そう、そこから狙おうとしてるのね? 墜ちなさい!!』
言葉と同時、死角から飛び出したジムが即座にバランスを崩した。完璧な奇襲となりうるはずであった攻撃。が、それは許されない。果たして、パイロットは何が起こったのか理解すら出来なかったであろう。
幾つもの空薬莢が止め処なく転がり、その熱を次々に大地へと伝わらせていく。
崩れ落ち、大質量の金属音を響かせる敵機。それが、一方的な戦闘の始まりであった。
密林の中を軽快に駆ける蒼い機体。地上戦に特化したグフ、それを更に改良したグフカスタムだからこその機動性。そしてそれが、次なる獲物を定めた。
機体の反応はミノフスキー粒子の影響か、把握できていない。が―――――――
『隠れてても無駄、逃がさない!! いけっ!!』
両腕に装備されたガトリングシールドが、容赦なく火線を作る。それはこの葉を散らせ、同時、幾許かの火が鮮やかに灯される。
コンピュータに表示されない【Ⅹ】。だが、それは紛れもなく存在し、陸線型ジムという名に・・・いや、ただの金属塊へと名を塗り替えられた。
此処でやられてはたまらない、そう踏んだのだろう。その場所からさらに2機の機体が飛び出す。
共に陸線型ジム。1機が火器での支援、もう一機が銃器と盾を構えての突撃という具合だ。
両腕の火器で牽制をかけつつ、すぐさまユキは最も都合のいい位置を取った。
点は交わり線となる。支援機と突撃機、それが直線となる場所だ。射線が重なり、これにより、数の上の2対1は崩れ、手持ちの弾丸も、左右の盾を駆使し前後2体へと注がれることになる。
だが、これには当然敵も動く。が、ユキもそれに合わせて一定の距離を保ちながら牽制を交えつつも機体を動かす。
その短いやり取りの中、突っ込んできたジムに対し、彼女は更に2つの動作を追加する。
ガトリングを防ぐ盾、そこに撃ち込まれる弾丸が凪のように消え、それにとってかわったワイヤーが途端に高圧電流を走らせる。幾重もの火花が走り外観からも分かるほどに鮮やかな光が、ジムを包んだ。
一瞬、そのわずかな判断で勝負がついた。物言わぬ木偶となったその時に銃弾が幾つも撃ち込まれ、更なる金属塊が出来上がる。
「なんなのよ・・・なんなのよ、あれは・・・っ!?」
支援していたジムのパイロット、ジェニファー・トリット少尉は、今の様を見て愕然とした。
敵は、明らかに理解の外のものだ。
奇襲や前衛の対処だけでなく、自分が位置を変えようとした際、まるで移動先を知っているかのように銃弾を放ってきた。現に幾つかの損傷も受けている。碌に動けなかったのもこの為・・・。
一体、自分は何と対峙しているのだろう・・・。
そんな彼女の思考を遮るように、敵は悠然と大地を踏みしめる。それはまるで、昔語りの鬼の如く。
足が震え、手は竦み、ついには恐慌状態となって彼女は逃げ出した。先ほどからの余りに異様な戦闘、その重圧に耐えられなかったのだ。
"ばっ、化け物よ!? 誰か、誰か助けて!!"
忠実に人間なジムが音を立てて密林の濃い方へと逃げていく。
それを見る中で、ユキはさらに奇妙な体験をする。
『私が、化け物・・・?』
聞こえるはずのない声に戸惑うユキ。ありえない、だが、確かに聞いた。なんでこんなことが・・・。
幾許かの沈黙がコクピット内を支配する。が、やがて、その世界に一つの答えが下された。
操縦桿がゆっくりと傾き、そしてトリガーへと指が掛けられる。
『いいよ…それで。でも、アナタも逃がさない!!!!!』
「きゃぁぁああああッ!!!???」
悲鳴と共に飛び起きた。
部屋の中ではじけたそれは、他ならぬ自分のものであると知り、若干の溜息が漏れる。
そのまま寝てしまった服も、所々でべたつくのを感じる。胸元を軽くはだけると、実際にそれが見て取れた。着替えないと寝れないなぁ、と思うも、それもすぐに先程の夢にとって代わられた。
「・・・夢じゃ、なかったんだけどね」
でも、あれは一体何だったのだろう? まるで敵が全て見えるような・・・ううん、もっと広い。全てを把握できるような感覚・・・。
敵味方のそこにある息使いや殺意、そういうのが分かるような、得体の知れない何か・・・。
あの時、鎮静剤はとうに切れていたし、それはアドレナリンの興奮作用なんかでもない。
そして自分でも信じられないことだが、あの時こそが先の上官が話していた戦果につながった。
ぶるっ
反芻するユキ。しかし答えは出ず、やがて背中が冷たくなる。
それを抑え込む様に身体を抱えるも、得体の知れない何かのために不安は抑えきれない。
そしてそれは、敵兵の口にした(と感じた)〝化け物〟にどうしても繋がってしまう。
「強く、ならないと…。心も、体も。あのとき、ルナツーで助けてくれたシーマ中佐みたいに。
だからこそ、ここに来たんだから…っ!」
明るくも広いとは言えない個室。そしてその中で震える一人の少女。
しかし、その双眸の強さだけは、決して少女のものではなかった。
―――ソロモン要塞内、某所―――
「ああ、こんなところにいたんですね。探しましたよ」
「どうした、トーマ。そんなに慌てて」
「どうしたって・・・あれ? 何をなさってるんです?」
「見てのとおりだ。今は自主学習中だよ。熟知するに越したことはない」
「・・・またですかぁ? まるで恋人に付きっきりみたいですね」
見易い様にと付箋が幾つも張られた取説を片手にトウヤはトーマ曹長へと軽く返し、それに呆れた様な、というか、「この人は、全く・・・」と聞こえそうなぐらい思いっきり呆れて更に返す曹長殿。
そんな彼を尻目に、コーヒーのチューブドリンクを片手に取説へと目を戻すと、トウヤは先程の疑問点を再度口にする。
「で、用事はなんだ?」
「そ、そうでした!? 例の機体の整備と特殊チューニング、ともに完了した様です」
「そうか・・・では、試してみるかな」
「へっ・・・? ちちちょっと待ってください!? 話しはそれで終わりじゃないですから!?
というか、また訓練なんですか!?」
足早に格納庫へと向かおうとする上官を必死に止めるトーマ曹長。
此処のところ、トウヤは毎度こんな感じで訓練漬けである。しかも、睡眠時間などを削っているのだろうか、目の隈や以前よりも痩せた頬など、憔悴しているのは誰の目にも明らかだ。
出会った当初ほどでないとはいえ、どこかしら無機質―――機械的な一面のある人だと理解はしていた。しかし、同時に自愛して欲しいとも思う。
が、それが口に出せないのも彼の性分ゆえか。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
早く機体を試したいのか、余り興味なさそうにそれを聞くも、返答はあらぬ方向から返された。
「ええ、とっても。偶にはお姉さんと付き合って欲しいかなぁ、なんてね?」
「誰がお姉さんだ。
今は、早くこいつに慣れたいんだ。それゆえの訓練。
良き収穫を期待するなら、上質の土や肥料が不可欠だよ」
そう言い切るトウヤ。が、シズネもそれに微笑をもって軽く返す。
「あら? 土いじりの趣味があったとは意外ね。
でも、如何に肥料や土が良くても、水のやり過ぎは腐ってしまうだけよ。育つ物も育たないわ。
そんなわけで、今しばらくは息抜きといきましょう。アジアで暴れていた時みたいに、碌に休養をとってないんでしょ?
そんなに張りつめてると、身につく物も身につかないわよ」
「植えた物にもよるだろう。価値なく腐り落ちるのか、意味ある成長を遂げるのか。物によって変わりもする」
しかし、トウヤは相変わらずだ。
それにシズネは困ったように肩をすくめる。
「まったくもぅ。ホント、頑固ねぇ・・・。
トウヤ中尉がなんでそこまでするのかは知らないわ。
でも、いつもイの一番に危険を引き受けてるのは知っている。そのお陰で助けられてることもね。
だから、こっちも何かしらお返ししたいのよ。少なくとも、仲間ってそういうもんでしょ」
一転、向けられた笑顔に対し、若干の目が開かれる。
幾許かの沈黙・・・次いで、トウヤは小さな溜息を漏らすと、しぶしぶと言った風体でそれを了承した。
尤も、過去に似た様なことが何度かあったため、「多分、何言っても無駄だろうなぁ」と諦め気味の心境も入ってはいるが。
「そんな顔しないの。女性からのお誘いにそれは失礼よ。ねぇ、トーマ曹長」
「・・・少尉、そこで俺に振らないでくださいよ。
しかし、うちのチームはホントに軍隊っぽくないというか・・・。まあ、そこが気楽でいいんですが」
「隊長が気にしてないもんね。最低限の軍紀さえ守ればそれでいいっていうし。余所じゃ考えられないわ」
「確かにそうですね」
ふるもっこである。
「・・・拘り過ぎるとロクなことがないんでね。実際に動けるならそれでいい。
勿論、度の過ぎたものは論外だが」
盛大な溜息を吐いたのち、トウヤは取説をぱたりと閉じた。
それの表紙がかすかに映るも、手早くそれを鞄にしまう。
「ほら、行くぞ? 休養を取るんだろ?」
若干渋い顔をしつつ、応じたトウヤ。
それに満足そうに笑って手を引くシズネと、ほっとした表情のトーマ。
しかし、そんな彼らと上官の思案先は、彼らに悪いと思うも、それでも尚別の方向を向いている。
―――MS-14A ゲルググ―――
ジオニック社より新たに配備された新兵器。
そして、トウヤにとっての為すべきことをする道具でもある。
(・・・これ以上、仲間が死ぬのは御免だ)
あのとき確かに受け取った火は、消えることなく未だ燃え続けている。
全ては、大事なものを守るために・・・。
●あとがき
お久しぶりです。
なんかもう色々纏まらなかったというか…(汗)
あと、ホントはグフカスタム無双書きたかったんですが、助長になり過ぎるので色々カットにorz
ネタは結構考えてたんですけどね。
ワイヤーアクションなんて、ファミコンの『ヒットラーの復活』やSFCの『海腹川背』よろしく、面白い動きができる機体ですので。
さて、とうとうゲルググが登場しました。
この機体、ファーストの史実といわれているものでは、ア・バオア・クーで漸く本格投入された機体です。
それがソロモンで出たのも、ひとえに今までの動きがあったからに他なりません。
この時のジオンPLの方々は、リアルで士気上昇されたことでしょう。
ええ、私もその一人です。
はい、それでは前編終了です。
後編は・・・うん、いつだろ(コラ)