本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

宗教感覚

2012-02-01 22:23:53 | 住職の活動日記
 「 人間が早熟である、ということはどういうことでしょう。

   人生を考えるのは三歳か四歳ごろでしょう。

   年とともにずるがしこくなって、人生とか考えなくなる。」


という、ことを読んだ事があります。


 今日も不思議な出会いでした。

毎月お邪魔しているのですが、

そこのお宅のお嫁さんとは、ほとんどはなしらしい話しもすることなく、

とてもきれい好きな方、という印象しかありませんでした。

 今日はたまたま、お母さまが、朝から体操に出かけたということで、

お嫁さんの一人でした。

 ( 何の話を知っていいものか  … ?? )


 「 いつもお部屋がきれいですね ! 」

そこから、話しはどんどん弾んでいきました。


 ただのきれい好き、というだけにとどまらず、

しっかりした人生観を持っておられるのには驚きました。

 ( かわいいというだけのお嬢さんではなかったのです。)


 若いころから、 「 悟り 」  というか、

人間の背景、  …   自分が生きているその裏には

自分を支えている目に見えない大きな世界がある、

ということをずっと考え続けて、こられたそうです。

 その宗教感覚というか、早熟性という、

生きるということの 「 不安 」 

生きるという、ほんとの意味は何なのか、ということが

ずっと、この方の人生を貫いてきていたのでしょう。


 やはり、 「 やなせたかし 」  さんが、

『 アンパンマン 』  の歌で、  「 何のために生まれて  … 」

という、 『 問い 』  を子どもたちに投げかけてこられた、

早熟性なればこそ、小さいうちに、

ほんとの問いを起こしてほしいという願いなのでしょう。


 この方の 「 早熟性 」  若いときの 「 悟り 」  とは  ?

という疑問が、この方の人生を一生貫いているのです。


  今日の出逢い

    とても嬉しい限りでした。  


 もっともっとたくさんお話しをしたのです。

が、  朝方でしたので   …   

今となっては、記憶も薄くなってきております。

ただただ、素晴らしい人生観をお持ちの方にお会いできたことが

その感動だけが残っております。



 
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