今日の天気予報はあまりいい話はなかった。雷があるという。雲の具合も悪い。なので外にでるタイミングを失った。部屋の方付けとか掃除とかすることはあるのだが、ボーっとしてしまう。
そこで響の熱田氏絶賛の、どうも戦前の北海道の渓流釣りの空恐ろしいほど川が豊かだった時代の途方もない釣果の話、今野保著「秘境釣行記」を読み始めた。店で最初の3Pを読んだだけでこれはヤバイと思った本だ。
ものすごくやってしまった感が残った。しまった、こんなにいい本だったらもっとじっくり読まなければいけなかったのを、また一気に読んでしまった!
出だしから、何かとても静かで文体も少しそっけなさすぎるほどで、単純なのだが的確な言葉なので少し飽きるかなと思ったのだが、時々出てくるディティールの細かさがおかしいほどなのだ。「アオダモ・マイタヤ・ニガキ・クワなどの木材も収納してあった」ここだけ読むと何が何だか今の人にはわからないだろう。昔の人は仕事で使う木を集めて保存していたのだ。ニガキはもしかすると魚毒用なのかとも思うが、クワをカンジキに使うというというのは正しい。
シナノキの皮で縄を綯うのも正しい。こういった描写はよっぽど山仕事に詳しくないとできない。
そう、最初は北海道の伝承を寄り集めて一つの作品にした、お話だと思っていた。だが読み進めれば進むほど、これは本当の話だと気がつく。とにかく空恐ろしい釣果なのだ。尺ヤマメを一人で70匹とか90匹とか、2尺のイワナとか、伝説でしかない話が書いているからだ。そういった話をプロがいかにも素人が書いたように書くことはできるが、こういったディテールとなると調べたことを喜んで書いてしまったりするので、なんとなく嘘くさくなる。だが当たり前のように書かれてしまうと、疑えなくなる。
というか、これは本当の話だったのだ。
特に気がつきにくいディティールに、アイヌ人の清水という男の描写がある。冬は猟をしているので山に避難小屋や宿泊する小屋を幾つか作っているがそれが広範囲にあることと、その作り方がこれまた正確に書かれているのだが、実は言葉がものすごいのだ。
「「こんにちは。ここで何をしているんですか」と丁寧な言葉使いで尋ねてきた。」
全体の口語は方言を標準語に近く落とし込んであると思う。ただ清水の言葉だけは文語に近い標準語なのだ。これは当時のアイヌ人に対する強制的日本語化の成果なのだ。アイヌ人や沖縄の人たちに対して徹底的にやった政策だ。小学校で少しでも民族の言葉を使うと、罰を与えられた。少数民族だったアイヌ人は特に順応しなければいけなかった。なのでアイヌでも地域言語は失われてしまったという。そして日本人を前にして絶対標準語しか話さない。
さらに「奥地へ」で清水は作者を「帳場さん」と呼んでいる。役職で呼ぶというのも少し変なのだが、これは確かアイヌ人の概念だと思った。役割で呼称が変わるということだ。名前を直接言わない為のことだったと覚えている。
そして作者は清水さんとは言わずに、常に清水といっている。
小学生の時に読んだ本で、山の中で小熊を見つけてあんまりにも可愛いので家に連れて帰ろうとしたら、母グマに追われてしまい山で迷子になる兄弟の話があった。山でサバイバルをしながら小熊を手放せずにさまよう兄弟の生命力がなんかすごいのだが、最後に小熊を連れているのが間違いだと気がついて手放すところが、淡々と描かれていて切なかった。
お話かと思うほど、メチャクチャなのだが、確か実話だった。ただ子供文庫的な書き方に近かった。とはいえ時代なので漢字とか省略しないし大人の本であった。
小学校の図書館にあったのだが、あまりにもボロボロで私がさらに読みまくったものだから、いつの間にかなくなっていた。欲しくて本屋に注文したら絶版だった。そりゃそうだ。
体験記というのは記憶の中で装飾されたり粉飾したりとあるが、子供の時の記憶というのはどうも嘘はつけないような気がする。小熊の話もそうなのだが、確か辻褄合わせというのはなかったように覚えている。ディティールは後から補強されたところはあるかもしれないが、書き出しが16歳なので多分全部わかっていたと思う。
68歳の時に事故で利き手を壊して左手で字を書いた。字を書くことが困難というのが、記憶を明晰にさせ文章を簡潔に、しかも的確にさせたのかもしれない。ただ、不幸の結果でなければこの本はなかったのだろう。
北海道旅行はしたが、日高山地の下の方の最も山深いエリアは掠めたこともなく知らない。だから他の北海道の山や東北の山と白神山地と八甲田山を重ね合わせながら記述を読むのだが、どうも巨大すぎて途方にくれることがある。ただ私でも途方にくれるというのは、都会の若い人にはもっとわからないだろう。簡単に言おう、記述されている4.5メーターのリールではない竿で、対岸に人がいる状態でバカスカ釣る為には最低でも9メーターの川幅が必要だ。つまりその倍の川幅がある。それが支流なのだ。
ただ一つだけ謎がある。3人が一日で大体200匹釣ったとして10日間で2000匹だ。一匹当たり300gとしても600キロだ。これを焼いて干して乾燥したとしても半分で300キロだ。最初の釣行で5人だから帰りに60キロの荷物になる。女性もいるので男性にはさらなる重量が来るだろう。
分散して荷下ろしをしている記述もあるが、真面目に当時の人は強いと思った
欲しかった小熊の本を、さらに高度化した本を読んだ。