どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

曇っていました

2016-09-13 01:18:18 | 日記

 

今日は早起きをする予定だったが、3度寝した挙句昼前にようやく起きた。だから2度起きてはいるのだが、3度目でやっと寝床から上がったわけだ。

昨日は日曜だったので近所の米屋が休みで、スーパーで買おうと思っていたらすっかり忘れてコンビニに行くと、昨年までのコンビニ3合米というのはもう廃れてしまったようで、どこにもない。仕方なく密封式のパックのご飯を買っておいたのでそれを食べる。だがバカにしたものではない。かなり美味しかった。

ご飯はそれで時短できたのだが、時間がない。泳ぎに行くからだ。ただ天気がどうなるのかわからない。天気情報を総合してみると午後4時までは小雨が降る可能性があるが、3時までだとなんとかなりそうだ。だから早く起きなければいけなかったわけだが、とにかく出発する。

 

 

メドハギにピンクがあるとは知らなかった。黄色もあるようだ。ヤマハギと交雑するのだろうか。

1500メーター泳ぐ。水中エアロビ講座があって2コース使われて、解放しているのは2コースのみだった。ウ〜ン、そう。公共プールといえども自主事業で経営を安定させなければいけないし利用促進を図らなければいけない。大昔、肴町のプール廃止でどうなるのかということで、民間のプールを調べたが、自主事業がやっぱり多くて常に解放しているコースを用意している事業者はいなかった。リハビリ用のプールを用意している施設での解放も、時間限定だ。だが大体のリハビリメニューは午前中に行われるようで、解放時間は長いのだが締める時間が早い。6時以降は解放しない。

常に一般に解放しているコースがあるというのは、公共施設でないとほぼありえない。そしてプールに付きものの監視員たちは、指導者の資格を持っているのも多い。そうなれば当然自主事業をしなければいけない。人件費軽減の問題だ。その上選手育成とかそういった目標を言わないと、何やってんだと言われるのがスポーツの世界でして、だから自主事業に力が入るのですが、肴町の時にもうこれはどうなのという状態だった。

総合プールは大きいので問題は少ないが、ゆぴあすは建設当時からそれを私は問題にしていた。4コースは少ない。せめて5コースか6コースだろう。そういった。いったが、当時の理由はよくわからないものだった。民間のプールが充実して公共事業としてはどうなのか(その後民間のプールは最低二つ消えた)、総合プールができれば解決する、ゆぴあすはレジャー主体なので水泳コースはこれ以上いらない、と言われた。

ただ当時どちらかといえば高齢者の水泳団体に関わっていたので、今後の高齢化社会に対してもスポーツ、特に軽運動に属する水泳のウエートは大きいと言っていたのだが、まあもう少しゴネればよかったのだろうか。後一つコースがあれば、もう少し幸せだったと思う。

ただ、当時の盛岡市政は長期政権の市長とその後に続く助役だった人物の、それこそ20年近い政権だった。なのである意味長期展望で計画した街づくりができたのだが、反面昔に作った事業が生き残りやすかった。そして後にできた計画との齟齬が出やすかった。三ツ割のゴミ焼却場を作った時に用地を収得していたというので、このゆぴあすのあるクリーンセンターは疑惑になった。当時はダイオキシンの問題やその他煙害の問題は誰も言わない時代だったが、クリーンセンターの用地収得と同時に松園ニュータウン計画が行われており、クリーンセンターは初めっから建設するつもりでニュータウンを造成したのかとなったわけだ。当然もめた。ただクリーンセンターに近い北松園の造成を認めたという時点で、ある意味最悪の都市計画になってしまったわけだ。

なお三ツ割のゴミ焼却場の建設の時に、三ツ割に排熱利用の温水プールを作る計画があった。だが当時あんな僻地にということで話は流れて、プール建設だけが残って高松の勤労青少年プールができたというウラ話しがある。この流れが肴町の屋内プールにもあったわけだ。

そういったことは市民は知ることもなく、計画ができて実行段階で了承を得るという、民意とかけ離れたことが往々にしてあった。クリーンセンターの住民懇談会でもサクラが入って建設容認にしようという流れが大きく、反対派は悪だという感じで、しかも市長も助役も薄ら笑いを浮かべながらの気持ちの悪いものだった。

そもそも肴町の市民プールは、2階にアルミのプールを乗せたのが最大の失敗だった。それさえなければ、鉄筋コンクリートの耐用年数からいっても存在しているはずだ。アルミには坑食という現象がある。アルミの雪平鍋で穴が開くことがあるだろう。お湯を沸かすだけでも起きる時は起きる。なのでアルマイト加工して表面処理をするわけだ。ワイヤーブラシでそれを剥ぎ取れば、割と簡単に起きる。

そこにコンクリートと直接接地させた。そこに鉄分があり化学反応、正確に言えば電気化学反応が起きたのだ。もちろんプール内部はペンキで覆われているから水の流出はないはずなのだが、結露とかそういったことで水分が存在して化学反応を起こした。結果坑食が進行したのだ。だがそれだけではない。アルミのプール躯体に鉄のパイプをくっつけたのだ。もちろんパッキンは入っていたと思うが、鉄のボルトで固定していたために、金属間の電位差の反応がさらに進んでしまった。つまりボルトにまでパッキンを用意しなかったのだ。

開業後10年で、鉄とアルミの酸化物で浄水槽が完璧にダメになる。水漏れはアルミのせいだが、鉄分が多かったので特にへたったようだ。そして、その頃には先が見えない状態で、人が泳いでいたものだった。まあミネラル分だからいいのかもしれない。でも水質基準を守っていなかったというのは間違いがない。

こういった工法で建設させた人と、こういった水質で人を泳がせていた人たちはお咎めがなかったようだ。まあ泳がせていた人たちには罪はないが、工事をした人たちは損害賠償請求されてしかるべきだと、今でも思う。

一番の問題は、なぜ私がこういった経緯を知っているかということだ。それは高松のプールでのことだ。泳いで帰る時に職員が「まあ話しでも」といってきたのだが、その時に見せられたのが、コンサルがまとめた写真と報告書だった。衝撃だった。だってこんなにひどいことになっていても、予算をつけなかったのだから。もうこの時点で取り壊しが決定だったということなのだ。

あんまりにも酷いので次の日も見せてもらったが、怒りが湧いた。浄水槽が機能していないのに営業していたのだ。壊すというのは隠蔽だ。

私が見た書類は、何処かの協会の誰かが紛失したのだった!市議会議での書類請求は、紛失を理由に却下された。紛失した人が処分されたというのは聞かない。

 

 

そういった意味で築時の豊洲移転を見ている。普通の人は癒着だなんだとかそう思うだろうが、もっと複合的なのだ。まず築地は移転しないとまずい。ここは大切だ。そこに移転地とその道路計画が必要になる。物流拠点だから道路は重要だ。そこを整備できるめどがあっての計画だが、真面目に地図だけで計画したとしかおもえない。なので東京ガスから言い値で買った可能性がある。

そういった利益相反がとんでもない金額になってしまって、おまけにこれで今の築地と同じ機能を持てるのかという疑問すらある施設ができた。

一体誰がこれで得をするのか。

 

 

 

今の条件で築地から豊洲に移っても、直ちに被害はないだろう。それはフクイチでの言葉だ。ただベンゼンの方が悪質だと言っておこう。あれほど微妙な物質はない。

公開されたモニタリングがあればいいのだが、それすらも担保できない豊洲移転は、全くいただけない。日本中の高級素材は、築地を通過しているのからね。私は食えないけど、結果として築地の問題は地方に簡単に伝播するですよ。