鶴岡地区医師会だより

三原一郎目線で鶴岡地区医師会の活動を配信しています。

No.257 (中村純先生の葬儀)

2014-01-10 17:43:32 | 日記
1月6日に亡くなられた中村 純先生の葬儀に会葬し、医師会長として弔辞を述べ
てきました。

先生のご功績を偲んで、以下弔辞からの抜粋です。
心からご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

先生は鶴岡でお生まれになり、昭和23年に新潟医科大学専門部をご卒業後、昭和
24年に松嶺町松嶺郷国民病院に、昭和25年2月からは鶴岡市立荘内病院産婦人科
に2年半ほど勤務されました。その後、新潟県厚生連糸魚川病院、余目町国民健
康保険直営診療所勤務を経て、昭和33年11月に鶴岡市神明町に中村産婦人科内科
医院を開業され、以来地域の産婦人科の分野で多大なる貢献をしてこられました。
平成17年の11月からはご長男の秀明先生が開業された中村整形外科医院で内科を
担当され、複数科の診療所として医療にあたられました。

このいとまない本業の中で、さらに先生は昭和46年より鶴岡地区医師会の理事を
18年間、その間、山形県医師会監事、日医病院臨床検査センター等検討委員、県
医代議員など重要な役職を歴任され、平成元年4月から2年間は鶴岡地区医師会の
副会長として尽力されました。

また、当会で運営している准看護学院の担当理事をしておられた頃は、県から補
助金の交付を受けるために相当のご尽力をいただき、今なお地域医療に貢献すべ
き准看護師を当医師会が育成できているのも先生のお陰だと感謝しているところ
です。

しかしながら先生について思い出されるのは、なんと申しましても荘内地区健康
管理センター設立時のご功績です。先生をはじめとする当時の役員の先生方が地
域住民の成人病撲滅を目指し、視察・陳情など各地を巡り、全国でも珍しい建設
拠出金の会員負担の説得等、大変ご苦労されたとお聞きしております。しかも開
設当初は地域の婦人科医師が不足しており、先生からはほぼ毎日のように人間ドッ
クの婦人科健診を担当していただいたこともございました。それほど地域の予防
医学に対して熱いエネルギーを注いでいただきました。役員も職員も先生の温厚
篤実、高潔なお人柄に触れ、皆が先生を信頼し、慕っていたのです。先生の信念、
指導力に対して、改めて心から感謝と敬意を表します。

また、先生のこのようなご功績に対して数々の表彰が行われました。その一端を
紹介し遺影を飾らせていただきますと、昭和59年1月に山形県救急医療・救急業
務功労として県知事表彰を、平成2年7月には救急医療功労者として厚生大臣表彰
を受けておられます。

本業の他にも、鶴岡地区医師会の「わかあゆ会」の会員として活躍され、後輩の
育成指導にも努められたほか、先生の公私にわたる情熱は「鶴岡懐メロ愛好会」
会長を長年にわたって務められたことからも偲ばれます。

先生からこれまで賜わってきたご指導・ご薫陶は、私どもの伝統として受け継が
れるべきものと思います。ありがとうございました。


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