

奥津宮の鳥居は、源頼朝が寄進




石灯籠には、精巧な龍が彫られている。→


山二つを分けた右(西)の山に奥津宮。
木食上人(もくじきしょうにん)行場窟
山ふたつの谷底に、木食上人行場窟と呼ばれる洞窟がある。そのほぼ中央に、高さ1m、幅80cmに扁平石組み合わせて石廊を築き、その上に石造阿弥陀如来の立像が安置されている。
木食とは、五穀(米、麦、アワ、キビ、豆)を絶ち、木の実で生活すること。この修行を木食行といい、木食行をする僧を木食上人といった。


![]() | きのうに山二つの真下に行って見た。 上人が居たのはこんな所だろうか。 位置は、塔の真下辺り。 | ![]() ![]() |

山二つに分かれる前は、岩屋のような洞窟であった。
重さに耐え切れず崩れて現在のようなくびれた形になった。

波の力は凄いです。
しかし、このような波の荒い岩場の洞窟で、木の実だけを食べてよく修行したものです。
正に命がけの行です。
「木食上人」と言う言葉を初めて知りましたが、これも難行の一つのようですね。
>今週のテレビ特番によると、「モナリザ」の名画は2枚存在すると紹介されました
2枚あったのですか?
これも初めて知りました。
防げる詐欺にひっかかる方も、注意が足りません。
きょうは、北陸新幹線の一番電車をテレビで見ました。金沢発東京行きは「上り」ではなく「下り」です。^^
北陸が近くなりました。
きのうは、江の島の山二つの下を散策してきました。
木食上人行場窟を探したのですが、見当たらなかったものの、よくにた洞窟がありました。
山二つ 上人修行 洞窟で / 山k
この句からは、頼朝が独りでコツコツ岩を砕き磨いて鳥居を作っている姿が浮かびます。^^
> 山二つ 上人修行 洞窟で / 山k
木喰上人が修行したらしき洞窟がありました。風を避け水は岩からしみだしていました。また、江の島の岩屋の洞窟は、
富士山につながっているという伝説があます。
岩屋から 富士に通ずる 洞ありき / iina
(イワヤ) (ホラ)
ほら、ここよとは誰もイワず。
ブログには、すでにアップしたものと思ってましたが、勘違いでした。まだ、見残しを発見しました。(^^ゞ
http://www.fujisawa-miyu.net/docs/alacarte/enoshima/map/b15_01.html
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/ee02f2574e9134188b7caaa3747dbdab
「すわ 一大事」は、もしかして「諏訪、一大事」かと思いました。 念のためにweb検索したら、左様でした。(^^ゞ
「いざ鎌倉」のようなフレーズに、 ・・・ ホントかな?
http://ameblo.jp/makihirona/entry-11371029486.html