薬師寺は、天武天皇の発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)。
この写真を撮った位置に、お坊さんが修学旅行で来た中学生たちを集め、左手に見える東塔を指さして、何重に見えるかと質問する。
「六重の塔」と答えさせ解説に移りたいのだが、勉強済らしい学生たちは口々に「三重の塔」と答える。お坊さんはあきらめずに何度も尋ね直すが、一向に学生たちもくじけずに大声で「三重の塔」と答える。この掛け合いから笑いを誘いながら巧みに解説に導く。傍で聴くiinaも頬笑みながら、一緒に解説を聴かせていただいた。
東塔は一見六重に見えるが、実は三重の塔。これは各層に裳階といわれる小さい屋根があるためで、この大小の屋根の重なりが律動的な美しさをかもし「凍れる音楽」と表現された。
塔の上層部を相輪という。その更に上部に火災に遭わぬことを願って水煙が祀られている。水煙に透かし彫りされた24人の飛天は笛を奏で、花を蒔き、衣を翻し、祈りを捧げる姿で、晴れ渡った大空にみ仏を讃えている。薬師寺で唯一創建当時より現存している建物で、1300年の悠久の時を重ねている。
中央に金堂(S51年再興)、右手は西塔(56年復興)。
薬師三尊像
ちなみに、日本一高い五重塔は京都駅から見える東寺の塔。ところが、東寺の塔は五重になっているが一重の塔なのだとか。密教では、五重塔は胎大日を表し身体一つの一重塔。上から頭、胴等々というから ややこしい。
<注> 写真は、15年ほど前に撮影。
この写真を撮った位置に、お坊さんが修学旅行で来た中学生たちを集め、左手に見える東塔を指さして、何重に見えるかと質問する。
「六重の塔」と答えさせ解説に移りたいのだが、勉強済らしい学生たちは口々に「三重の塔」と答える。お坊さんはあきらめずに何度も尋ね直すが、一向に学生たちもくじけずに大声で「三重の塔」と答える。この掛け合いから笑いを誘いながら巧みに解説に導く。傍で聴くiinaも頬笑みながら、一緒に解説を聴かせていただいた。
東塔は一見六重に見えるが、実は三重の塔。これは各層に裳階といわれる小さい屋根があるためで、この大小の屋根の重なりが律動的な美しさをかもし「凍れる音楽」と表現された。
塔の上層部を相輪という。その更に上部に火災に遭わぬことを願って水煙が祀られている。水煙に透かし彫りされた24人の飛天は笛を奏で、花を蒔き、衣を翻し、祈りを捧げる姿で、晴れ渡った大空にみ仏を讃えている。薬師寺で唯一創建当時より現存している建物で、1300年の悠久の時を重ねている。
中央に金堂(S51年再興)、右手は西塔(56年復興)。
薬師三尊像
ちなみに、日本一高い五重塔は京都駅から見える東寺の塔。ところが、東寺の塔は五重になっているが一重の塔なのだとか。密教では、五重塔は胎大日を表し身体一つの一重塔。上から頭、胴等々というから ややこしい。
<注> 写真は、15年ほど前に撮影。
お坊さんの説明は聴いていませんが、一見、六重の塔に見えますよね。
世界遺産なので大切に保存してもらいたいです。
先斗町の地名の由来は、鼓の音からの方が趣があってピッタリする感じがしますね。
日本は16世紀中ごろに鉄砲が伝来して以来、ポルトガルからの影響をたくさん受けていますね。
「持統天皇」と言えば、すぐに思い浮かべてしまうのが・・・万葉集
「春過ぎて 夏きたるらし しろたへの 衣干したり 天の香具山」
東塔は「国宝」としてあまりにも有名ですね
残念ながら西塔の方は火災にあい、現在の塔は昭和の時代に復興されたとか
歴史街道~本当に素晴らしいです。また次が楽しみです。
律令国家
「一所懸命」と私たちが普段使っている「一生懸命」は同じ意味なんでしょう
昔聞いた言葉に
「武力をもって得た土地は、武力によって失われる」
「くわをもって得た土地は永遠である」
やるじゃん鎌倉幕府~こうして日本の農業は著しく発展したのでしょう。
地熱発電
地獄に発電所~工事の予算は何処から出る?、そして送電線はどのようなルートになるのでしょうね
そういえば地獄ではありませんが、久住山系の地熱を利用した
九州電力八丁原地熱発電所が有ります。2基の地熱発電機による総出力はおよそ11万KWだそうです
まさに地球は生きていることを目の当たりにします。
新田次郎の『八甲田山死の彷徨』を読みました。事実を題材とし作者の解釈や創作が加えたフィクションとなっています。
小説では、2部隊が冬の八甲田に入り、一方が遭難し、一方は雪中行軍演習を行った経験を持ち、綿密な下準備をし、
大人数では危険な雪山で行動力が低下する恐れがあるため小隊編成とし成功します。
成否の比較について描写しますが、実際は偶然同時期に雪中演習したようです。
成功した部隊も、日露戦争の戦死したことから、死ぬのが早いか遅いかの違いでした。しかし、遭難事件の教訓は極寒の
戦争で役立ちました。
会社の研修で、この小説を題材にしたリスク・マネジメントとリーダー論などを学んだことがあります。
指揮系統の乱れも一因として上げられます。随行という形で参加した先輩が、行軍途中から指揮権を握ってしまいます。
この関係が学ぶ者を悩ませます。隊長は随行者が先輩であろうと自身が主導しなければならない立場を気後れから
後退させます。読者たる我々は、この隊長に同情しがちですが、研修では隊長たる資質に欠けると一刀両断されました。
そんなことから、懐かしいと思える小説ですが、その後に映画化されました。WEBを参考にしながら、上をつづりました。 m(_ _)m
(「のべR山会」のK)さん へ
天気がいいと、地獄めぐりも天国にいるような印象です。
なにしろ、空と地獄の池の色が同じなんて、なかなか拝めない景観です、
地獄めぐりの後は、もちろん温泉にはいって極楽極楽とひと息つくことでしょう。
永い歴史の中で痛みもします。
解体することによって、何か新しい発見があるかもしれません。
わざわざこちらにもコメント書いていただきありがとうございました。
僕のブログはコメント承認後反映のためすぐコメントが反映されないのです。申し訳ございません。
僕は12年の7月に行きましたが、すっぽりと覆いかぶさっていました。
修復は大変な作業だと思いますが、何百年先の世にも残していくために頑張ってほしいですね