ひとまわり前の亥年に起こした猪の人形のひとつです。毎度記していますが、今戸焼の土人形の中には猪の姿をしたものがほとんど見られず、気持ちとしては昔ながらの今戸の猪を再現したいところですが仕方なしに創作したものです。尻尾の部分は12年前と同じく紙紐を挿し込んでいます。今年は紙紐ではなくて本体と一体となる型の彫りとして尻尾を表そうかどうか考えていたのですが、時間が間に合わず、結局紙紐です。
手前味噌的な言い訳になりますが、ウリ坊が瓜に乗っているというアイデアは自分としては可愛くて悪くないとは思っていますが、実際のモデリングですね。どうでしょうか。
ウリ坊の縞模様ですが、12年前はもう少しおとなしい色合いにしていたのですが、今回はベロ藍を胡粉で淡くした色を入れてみました。どうでしょうか、、、。
ありがとうございます。この人形今戸の古典の猪がないのでやむなく創作したもので、干支に当たる年以外にはスタンダードな古典の今戸のようにはお呼びがないだろうと思って普段は作っていませんでした。もちろんお呼びがあれば作ります。今後の見通しではもし12月の日本民藝館展で入選または準入選に入れてもらえたならば会場内で販売されるかもしれません。でもこればっかりはわかりません。あとべにや民藝店さんから店内用に頼まれていたのでほんの少しお持ちします。あとは浅草羽子板市の吉徳さんの露店、また他のお店からお呼びがあれば作って持って行きます。
瓜のりウリ坊は、3年ほど前、青山の民芸品店で見かけて気になったのにその時購入せず、その後ずっとこの話題がないので、あれはどうしてしまったのか…と思っていました。今回、そう、これこれ、という感じです。
ただ、その時の印象は、もう少し色が薄かったり、瓜に対してウリ坊が小さかったような感じなのですが、同じモデルなのですよね…?記憶があいまいで…(^^;)。このウリ坊はこれからどこかに出品されたりお店に出されたりしますか?また、見に行けたらいいなと思いまして。
ご無沙汰していて申し訳ありません。夏から新年明けにかけて例年のことですが期限つきの納めや出展など数珠繋ぎにあり、それが理由になりませんが、久しくご無沙汰していて申し訳ありませんでした。和気清麻呂のネタもイメージにあって作ろうとしていたのですが、まだ形にしておりません。地下鉄東西線の竹橋の近くのお堀端の公園に銅像がありますね。この夏、東京フォーラム内の旧都庁舎の太田道灌像とはしごして写真を撮っていました。太田道灌は猪に直接の関係はなさそうですが、仁田四郎の狩り装束の参考になるかと思ったからです。あと猪はアメ横の摩利支天さまのご眷属でもあるので、それは素焼きと地塗りまでは進めてあります。子供のウリ坊さんだと縞などで変化がつけられますが、茶色一色の姿というのが変化をつけにくく難しいとも思います。実はまだまだ猪に関するネタを抱いているのですが、チャンスを逃すとまた12年後になってしまうので、年が明けて際が過ぎてしまっても今抱いているイメージを形にしなければ、と思っています。
とてもユーモアがあって素敵です。
イノシシというと、子供の頃、祖母と菊人形を見に行った時、イノシシが和気清麻呂を助けた場面が菊で表現されていたことを思い出します。
イノシシは、神様の使いですよね。