ご無沙汰していました。この春以来ブログの更新があまりできなかったのですが、画像のこれらの人形を大量に仕上げてお納めするというタイムリミットが迫っていたので他のことまで気持ちがまわらなかったという感じだったのです。
結論を言いますと。数日前無事お納めできたので今ほーっとしているところなのですが、お納めする直前の人形の仕上げの最後の工程である振り金で悪戦苦闘していたところを画像に撮ったのでご紹介したいと思います。まだこの工程はとりあげたことはなかったのではないかと思います。
今戸焼の土人形は京都の伏見人形からの影響を基に発展したものであることはご存じの方少なくないと思います。伏見に「深草」、今戸は「浅草」という対称的な地名に由縁があることとも関係あるのかと思っています。
今戸の人形が伏見人形の影響でできたという名残はどこにあるかと言えば、伏見人形の型から抜き型して小型になった共通する構図の人形の種類が存在することが最大の証かと思いますが、彩色のパターンにも伏見からの流れを感じさせる特徴がいくつか見られます。そのひとつがこの「振り金」だと思います。
江戸明治からの今戸人形の伝承の上で最後の作者であった尾張屋・金澤春吉翁(明治元年~昭和19年)までの昔の今戸人形には「振り金」がなされれていることがほとんどです。
予め色を塗った表面に上から膠液か同じ色の絵の具を塗って表面を湿らせ、乾かないうちに金色の粉(砂子)を蒔いて、きらきら光るように定着させるのです。本物の純金を使うのではなく、代用として真鍮粉、または真鍮箔をすりおろして細かくしたものを使います。このように表面に細かな金を蒔いて仕上げる効果を「梨地」といいますね。漆器の装飾でも梨地の仕上げがありますが、聞いたところ漆器の場合には食器に使われることが多いので真鍮箔だと体によくないので、本金を使うのだそうです。
この作業、私にとってはいつも悪戦苦闘するのでイライラしていて「こん畜生!」「ざけんな!」とひとり怒鳴りながらやっていることが多いのです。金を蒔く部分によって、この苦闘の程度は違ってきます。例えば表面に照りのある部分には予め膠液を塗って照りをつけておいて、乾いてから再度膠液を塗って金を蒔きます。この場合、膠の層が保湿効果といったらよいかすぐには乾かず、べとべとしていますから、落ちた金が表面に貼りつきやすいのです。
しかし色の表面がマットな仕上げのところに金を蒔いて仕上げるパターンも今戸人形には多く見られます。例えば「月見兎」や「羽織狐」「口入狐」の群青部分が代表的といえるかもしれません。表面にマット感を残さなければなりませんので、地色と同じ色に膠を少し多目に混ぜて、金を振りたい部分に塗り、表面が乾かないうちに表面に金を蒔くのですが、この場合水分の吸収が早いので急がないとすぐに表面に水気がなくなってしまい、金を振っても定着しません。例えて言えば、地面の水溜まりに落ちた葉っぱは水の表目に貼りついていますが、乾いた地面に葉が落ちても貼りつきません。
左手に手袋をして人形を持ち、右手に筆で絵の具を塗り、急いで金をまぶした筆に持ち替えて乾かないうちに湿らせた部分に振る、、、これが案外難しいです。本当なら斜めに切った筒状の道具に金を入れて蒔くのですが、右手の持ち替えのタイムロスに関してはどっちでも難しいです。私の場合、絵の具筆で塗ったら口でくわえて、金をまぶした筆に持ち替えています。それでもなかなか、、、とどのつまり「こん畜生!」と怒鳴ってしまうのです。
何とか貼りつけた金も乾燥させてみると落ちてしまう分は必ずあるので、抑えて余計な分は落としてからラッピングしています。面倒な仕事ですが、古い今戸人形にはほぼ見られるやり方なので、これ抜きにしては、今戸人形らしい特徴をひとつ落としてしまうことにもなるので省略できない仕上げだと思っています。絵の具の筆はくり返し口に咥えるので歯型でぼろぼろになってしまいます。
群青の青と朱系の赤との組み合わせはいかにも今戸の人形というイメージがあり、尾張屋春吉翁のお作りになった人形にもよく見られる配色です。この配色について「小粒で江戸っ子好み」という形容をする人は少なくないのですね。でも、春吉翁の生前に座談会で翁が話しているのが文字で残っているのですが、群青と朱の取り合わせについて「安く手に入る色だから」とお話されているんです。江戸好みに工夫され、洗練された色のチョイスだと思っていたのですが「安いから」というお話にはびっくりしました。しかし安い色の中から青と朱が選ばれたと思えばやっぱり良い選択だと思います。群青が今戸で使われるようになったのは天保年間以降で、それ以前の裃雛には蘇芳やきはだの仕出し汁で塗ったものが見られます。来年の干支の羊ですが、尾張屋さんがお作りになった木彫り風のものを確認している以外に伝世品にも遺跡からの出土品にも古い今戸の羊は確認できていません。(見落としていることもありそうなので、ご存じの方がいらっしゃれば教えていただきたいくらいです。)現代のイメージでウールマークのような西洋羊の人形を創作している産地も見られますが、「十二支」という枠に入る羊はやっぱりヤギのような姿が本当なので創作するにしても洋風ではないものをと思っています。
人の苦労を楽しいとは何事だと怒られそうですが、振り金ってこんなに大変なんだ!と初めて知りました。さっそくうちにいるいまどき人形(丸〆猫とわんこ)を確認してみたらどちらもきれいに砂子が振ってあってうれしくなりました。
これからもいまどきさんのお仕事を楽しみにしています。
人の苦労を楽しいとは何事だと怒られそうですが、振り金ってこんなに大変なんだ!と初めて知りました。さっそくうちにいるいまどき人形(丸〆猫とわんこ)を確認してみたらどちらもきれいに砂子が振ってあってうれしくなりました。
これからもいまどきさんのお仕事を楽しみにしています。
尾張屋・金澤春吉翁だったらここをどうやっていらっしゃたのか、タイムマシンがあったなら見学させてもらいたいものです。土人形の色塗りの画材が基本的に色の粉に膠をつなぎにして塗るのです。表面に照りのある仕上げであれば塗り重ねた膠の層に保湿性があってべとべとしているので砂子も貼りつきやすいです。でも表面がマットな仕上がりの場合は、、、、、?今戸の人形では上からニスを塗って仕上げるという作例は若干の例外を除いてありません。ニスを塗った上から砂子を蒔けばばっちりはりつくでしょう。