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日銀総裁の複雑かつ不安な心境

2015年08月05日 | 経済

 

 

国民の心理とのズレが拡大

2015年8月5日

 

 安倍首相は安全保障法制の大改革で支持率が急落していることに、大きな不安を抱えているでしょう。安倍首相と組んでアベノミクス(経済政策)を推進してきた黒田日銀総裁もまた、複雑かつ不安な心境にはまり込んでいるに違いないと推測します。この2人の不安が「日本の今」を象徴しています。


 黒田総裁は異次元金融緩和で日本のデフレを転換させてみせるという意気込みで登場しました。その大胆な手法に安倍首相もほれ込み、総裁に起用したともいえます。その意味では二人三脚です。デフレ脱却は日本の悲願でもあり、先進国共通のテーマなので、欧米は日銀の動きを歓迎する一方、その大実験に大きな期待を寄せてきました。


 「大実験でした」と、過去形でいうのは早すぎるかもしれません。株高、円安など日本経済にとってある種のプラスをもたらす動きは続いています。では「今後は」というと、「2%の消費者物価上昇率の達成、実質2%成長、デフレに終止符」に懐疑的な見方が相当に増えてきました。


懐疑的なエコノミストの見方が目立つ


 最近、日経新聞に載ったエコノミストたちの痛烈な批判を拾ってみましょう。「飛べない異次元緩和」(7月3日)は「アベノミクスを推進してきたご意見番(大学教授、内閣官房参与)がインフレ目標は重要ではない、消費者物価2%上昇という目標の意味がなくなった、といっている」と指摘し、皮肉な感があるというのです。。黒田総裁はハシゴをはずされたのでしょうかね。


 コラムは、黒田総裁が国際会議で「ピーターパンの物語から引用して、飛べるかどうかを疑った瞬間、永遠に飛べなくなってしまう」と語ったことに注目します。経済には心理的な要素が多く、インフレが起きることをまず確信することだという意味でしょうか。コラムは「異次元緩和は幻想的な色彩を帯び始めている。ドグマのような政策を再考すべきである」と主張します。批判を通り越して、まるで非難ですね。


早急に出口戦略を


 「金融政策の根拠に疑義あり」(7月11日)は「異次元緩和のもとで、物価上昇も経済成長も起こらず、期待だけから株価ばかりが上昇している。これ以上の金融緩和はやめ、早急に出口戦略(緩和の縮小、撤退)を考えるべきだろう」と、鋭い筆法で追及します。


 「超金融緩和の行き着く先」(7月29日)は「発行される国債のほとんどすべてを日銀が購入し続けることの結末が心配だ。財政の健全化が進まなければ、この政策の出口が見いだせなくなる」と、強烈なパンチを日銀に見舞っています。


 このような指摘、批判が増え続けているといってもいいほどです。「複雑な動きが絡むデフレからの転換や、物価の引き上げを国内金融政策だけで実現するのはそもそも無理がある」という批判は当初からありました。「2年で2%の物価上昇」という中心テーマに対しても、「2年という期間を区切って、目標を提示すること自体が無茶」との酷評がありました。日銀は「想定外の原油価格下落で、物価が上がらない」と説明しています。これも変な話で、海外要因が国内物価を左右するのは当然です。


国民の好都合は日銀の不都合


 日銀の政策と消費者心理の間にもズレが広がってきたような気がします。「原油安は消費者にとっていいことなのに、とにかく国内物価を押し上げたい日銀には不都合な動きになっている」ことへの違和感です。「円安は消費者にとって困るのに、物価を押し上げたい日銀は歓迎している」もそうでしょう。


 消費税も上がる、社会保障費もカットされる、さらに政策的な物価引き上げが重なるのは勘弁してほしい、というのが国民心理でしょう。現実的でない目標設定、手段としての国債の大量購入を今後も続ければ、いずれそのコストを払うべき時がくることを国民は予感しています。


 黒田総裁も「どうもシナリオ通りにいっていない」という不安に取りつかれている違いありません。国民心理は「日銀はわれわれと反対のことを考えているようだ。物価目標は達成されないほうがいい」に傾いており、総裁の心理は複雑だと思います。財務省当時の先輩は「途中でぶれるな」と、総裁に助言しているようです。「ぶれたらすべてがご破算になりかねない。任期中はこれでいくしかない」が、総裁自身の本音かもしれません。


10年前にも意見が対立


 先日、公表された日銀の金融政策決定会合の議事録(2005上半期)は興味深い内容に満ちています。当時の量的金融緩和からの転換をめぐり、「正常化に向けた第一歩を踏み出すべきた」という主張と、「そんなことをしたら市場が混乱する(株、為替への影響)」という懸念が対立したとされます。


 当時に比べ、現在の異次元緩和は史上空前の規模であり、日銀が購入した長期国債を将来、市場に売却していく際の影響は容易に想像できません。現在の世代は「なんとかなるさ」と、のん気に構えてられても、将来世代につけが回るのでしょうか。


 とにかく異次元緩和からの転換の準備に入ることです。安倍政権は金融政策の限界を察知し、財政刺激に動こうとしているようでね。これでは財政健全化が遅れます。時間をかけて、抵抗や痛みがあっても経済、社会の構造改革を進める成長戦略しか道はないように思いますね。それが政治でしょう。







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