政治に翻弄される日銀委員の任命
2016年4月1日
「ここまで首相官邸もやりますかねえ」。政治の力に押されっぱなしの日銀を心配する声が高まっています。日銀総裁を補佐、けん制するために置かれているのが日銀政策委員会です。委員の構成がますます官邸寄りになっており、チェック機能を失いつつあることを懸念する声です。
「名前を聞いたことがありません」、「どんな実績がある人かも知りません」、「官邸主導型で押し込んだ人事でしょう」。日銀の総裁や副総裁を経験した人たちの生の声です。政策委員会のメンバーとなる審議委員の候補に桜井真氏(70)が浮上し、国会で承認されました。「桜井さん? いったい誰」。経済分析の事務所経営の肩書きはあっても、金融界、学会で実績がない、無名の人です。
審議委員は9人で、正副総裁3人が日銀執行部から、残りの6人が外部からの任命で、いづれも国会の承認人事です。委員の任期(5年)がくるたびに、政権の意向を反映する人物が送り込まれるというのは、日銀に限らず、最高裁判事などでもみられ、不思議ではありません。問題は、異次元金融緩和のあり方をめぐり、多様な意見が求められるこの時期に、露骨な人事が行われ、そのことが金融政策の信頼性を失わせることになりかねないということです。
だれが押しこんだのでしょうか。無名であるが故に、個人的な関係が濃厚です。安倍首相に極めて近い内閣官房参与の浜田宏一氏(エール大名誉教授)という説があります。2人には共著があるのと、浜田氏とどこかで仕事が一緒だったことがあるそうです。個人的な関係を重視することを好む安倍政権の人事の象徴でしょう。
失われる意見の多様性
異次元金融緩和の黒田総裁、2人の副総裁はすでに安倍首相の意中の人です。外部委員も桜井氏を含め、間もなく4人が異次元緩和派で占められるようになりますから、重要政策については黒田独裁になるとさえいわれます。意見の多様性が失われ、「金融緩和は行き過ぎ。副作用のほうが多く、弊害が懸念される」などと、待ったをかけることはできなくなります。
ポピュリズムに走りがちな政治とは、日銀は適正な距離を保ち、中長期的な視点から金融政策を遂行すべき機関です。それが今やどうでしょう。黒田総裁は自ら政治と一体化してしまい、アベノミクスの中核的存在です。その上さらに、政策員会が体制派で占められると、中立的であるべき政策委員会の存在意義がなくなります。
もっとも、日銀が政治の影響を強く受ける傾向は、民主党政権下で加速しました。民主党は野党の時は日銀の独立性を尊重してきたのに、政権につくと一転して、金融緩和依存の政策を強力に要求するようになりました。「ねじれ国会」のもとでは、野党の協力を得るのが難しいため、景気政策ではもっぱら日銀に圧力をかけようとしたのですね。
民主党政権も日銀に圧力の前歴
民主党は政権につく以前にも、本命だった日銀総裁候補の人事に強硬に反対し、葬り去りました。本来なら国会で日銀の独立性について議論しなければならない時なのに、それをやると民主党の責任も問われるため、回避しているのですね。また、菅首相は突如、2012年にデフレ宣言を行い、デフレ脱却のために日銀の協力を求めたりしています。
日銀としても、政治との協力を強硬に拒否することをしませんでした。日銀法の改正を恐れていたからでした。野党だった自民党議員グループも、政府・日銀の間で物価目標を協定で定める法案の要綱を用意するなどしていましたから。そうした動きをしのぐために、日銀としても、自らの意思で政治に接近し、結局、政治に翻弄される結果を招いているのです。
消費税引き上げに絡んでも、日銀は政治に翻弄されています。黒田総裁がマイナス金利の導入を決めたのは、消費税10%を法律の規定通り、来年4月に実施してもらいたいとの願いを込めたためでしょう。それに対して、安倍政権はノーベル賞受賞の著名な経済学者を米国から招き、「10%延期論」を語らせました。黒田総裁はきっと不愉快でしょうね。
消費税先送りでも前途多難
消費税上げを延期すれば、景気がもつというのでもなさそうですね。増税を先送りしても、年金の減額、医療費負担の増額などが待っている将来に備え、国民が現在の消費を節約するかもしれないのです。選挙対策に使おうとしている増税延期に踏み切っても、結局、いいことはないのです。先送りすれば、もう限界にきている国債増発に追い込まれますしね。どこかの段階で、日本の信頼度が失速しかねない種を自ら蒔いているのです。
アベノミクスで掲げている肝心の成長戦略に、安倍政権は真剣になっていません。選挙対策のために、国民の負担感がすぐには沸いてこない財政・金融政策依存の道をいつまでも選んでいるからこうなるのです。「だれが日銀を殺そうとしているのか」の結論は、まず自民党、次に民主党、さらに日銀自身ということになりますね。
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