新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ

全国紙の元記者・中村仁がジャーナリストの経験を生かしたブログ
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3・11は日本敗戦の日

2014年03月13日 | 評論

 加害者も反省の式典を   

                    2014年3月12日

 

 東日本大震災から3年になった3月11日の報道ぶりを見て、何か重大なことを置き忘れているなという印象を持ちました。何か足りない、と皆さんも思われたのではないですか。それは何だろうとしばらく考えていました。大震災、原発事故の被災者、犠牲者のニュースはあふれるほど紹介されているのに、被害者との対比でいえば、加害者のことがまったく触れられていないことに気づきました。

 

 3・11を前に、「原発敗戦」という題名の本が出版され、興味深く読みました。わたしは原発ばかりでなく、震災についても「日本敗戦」だと思いました。大震災と原発事故という巨大な複合危機で「日本は日本に負けた」のです。巨大な危機ほど関係するリーダーと組織があまりにも多く、だれが責任者か、つまり加害者かを特定するのは難しいのは事実です。一方、責任追及が巨大危機になるほど、日本はあいまいなまま終わらせるのに得意な国であることも事実でしょう。

 

 大地震、津波という自然の反乱が第一の原因にせよ、危機を戦後最大、世界史に特筆される規模に拡大してしまったことの責任者はおります。割り切った言い方をすれば、政府と東電でしょう。事前の備え、事前の防止策、災害の発生時および事後の対応ぶり、それらを含めた総合的な指揮の取り方に多大な責任があったといえましょう。自然災害とリスク管理のまずさという人災による複合災害のように思えます。

 

 3・11の日、各地で鎮魂の式典が開かれました。もっぱら犠牲者の霊を慰め、その関係者の心の傷を癒すための式典でした。被害者がいれば、加害者がいるはずです。わたしは加害者であるはずの政府関係者は、複数の首相を含め、さらに東電関係者も複数の経営トップを含め、自己反省の式を持つべきだと思いました。

 

 太平洋戦争の戦争責任も、あいまいにしかねない靖国神社の参拝を首相がしたりする国です。神社で不戦の誓いをするなら、災害の被害を最小化することへの誓いもすべきでしょう。東日本大震災という「第2の敗戦」から多くの教訓を汲みとるばかりでなく、次に予想される巨大な危機に対する備えができているのか沈思する日にしなければなりません。

 

 3月11日の新聞紙面をざっとおさらいしてみましょう。読売新聞は「安倍首相が記者会見で「来年3月までに1万戸を超える復興住宅を建設する。心の復興にも力を入れていく」と、語ったことをトップで紹介しました。1面コラムでは東北総局長の「壁を乗り越える祈りの日」と題して、被災者の側に立った現状を報告しています。

 

 朝日新聞はどうでしょうか。「避難26万人、遠い復興」との記事のほか、「東北を植民地にするな」との見出しで仙台総局長がコラムに「福島は貢ぎ物のように東京へと原発の電気を送り続けてきた、との現地の人の指摘に同感だ」との意味のことを書いています。首相発言は他の面で小さな扱いです。読売とは好対照の紙面作りですね。毎日の1面は「最愛の家族よ、友よ」という見出しで、遺族の思いを書き連ねています。

 

 1面にはそれぞれ各紙の特色がうかがわれます。社会面はどうでしょうか。読売は「遺児ら夢へ第一歩。親の分まで生きる」をはじめ、犠牲者、被災者、被害者、その関係者の悲しみ、それを乗り越えようとするストーリーがたくさん載っています。各紙とも共通です。読めば読むほど、この大震災には無限の悲話があることを再発見します。

 

 わたしが注意深く読んだのは社説です。読売は「住まいの再建が喫緊の課題だ」として、ピレハブ仮設住宅に暮らす10万人の人たちに思いを寄せています。朝日は「復興への道、住民の納得があってこそ」として、なんと防潮堤をめぐる住民の動きを延々と書いています。毎日は「まだ程遠い復興への道」として、放射能との闘い、仮設暮らし、風評被害などに触れています。

 

 いずれも必要な指摘です。問題は各紙面、社説を含め、冒頭、申し上げたように、この3年間で、震災被害の責任の所在はどこにあり、今後どうすべきかという議論が、どこまで煮詰まったかという視点が欠けていることで共通していることですね。

 

 原発事故の調査委員会は、国会事故調、政府事故調、民間事故調、東電事故調と4つも発足しました。地震が事故原因だったのか、津波の程度はどれほどで、原発事故にどれほどの影響を与えたのか、政府や官邸の対応は適切だったのか、東電のリスク管理への備えに重大な問題があったのではないか、などを検証しています。それぞれ大きな違い、微妙な違いがあり、「結局、どうなんだ」という疑問に今も答えていません。

 

 原発事故についていえば、原発そのそのものより、原発のリスク管理という周辺に問題があったと思います。津波の規模の予想、全電源喪失時への備え、事故発生時における官邸の対応のまずさはひどかったですね。特に菅元首相が専門家を使いこなさず、細部にわたり自ら首を突っ込み、現場が大混乱したそうです。東電も会長、社長が2人とも国外、国内の地方に出かけており、本社に戻ってくるのがおくれ、初動時に指揮をとれなかったなどの話を聞くと、人災による被害拡大は否定できません。そういう意味でも、敗戦という言葉が当てはまります。

 

 原発ばかりでなく、地震、津波そのものによる巨大な被害についても、事前の備え、発生時の緊急対応、中長期の対策などにおいて、政府、官邸のリスク管理に数多くの欠陥がありました。この面でも、災害に日本は負けたのです。予想できない、あるいは想定をはるかに上回る巨大危機が発生した時、だれが総指揮をとり、組織をどう動かし、現場をどう使いこなすか。今回の震災を教訓にどのような新しい体制および態勢が作られているのか、いないのかなどの報道にあまりお目にかかりません。

 

 巨大災害が起きるたびに、鎮魂の日がひとつ、またひとつと増えていくのは悲劇です。いずれ起きるであろう首都圏直下型、東南海大地震ばかりでなく、国際紛争を含めた巨大危機が発生した時、どうしたらよいのかを考えておこう。これが3・11の意味でしょうね。

 

 



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