金融緩和の出口はトンネルの入り口
2018年9月15日
自民党総裁選の討論会が14日、開かれました。安倍首相の圧勝が決まっているようなものです。従って見どころは、15日が国際金融市場を100年に1度という危機に陥れたリーマン・ショックからちょうど10年にあたり、今後、異次元緩和金融政策をどう考えるかです。安倍首相はタイミングよく「3年の総裁任期で、金融緩和の出口に道筋をつけたい」と、語りました。それが容易なことではない。
日本は米欧をしのぐ巨額のマネーを市場に供給し、今だに異次元金融緩和を継続しており、「出口に道筋」をどうつけるのか。そこが問題です。首相は「いつ、どうするかは黒田日銀総裁が判断する。私は何かいえば、ただちに市場が反応する」と、言及を避けました。
不思議なことに黒田総裁は、8月31日に読売新聞の単独インタビューで、「利上げは長期間、しない」、「自分の任期中(23年まで)に消費者物価の2%上昇を達成する」と、語っています。恐らく安倍首相向けに、「アベノミクスは継続」との応援演説のつもりだったのでしょう。
首相と日銀総裁のすれちがい
応援演説のつもりが、討論会が終わってみると、微妙にすれ違ってしまいました。異次元緩和の修正時期が首相のほうが早く、総裁のほうが遅い。しかも首相は「どうするかは総裁が判断」と語りましたから、一体、どうなっているのと思った人は多いでしょう。
首相(任期21年まで)のいう「出口に道筋」とは、市場に対する通貨の供給量の削減、金利上昇の誘導(現在は短期マイナス0・1%、長期0%)を意味します。しかも、日銀が買い込んだ大量の国債の償還、金利水準の正常化には、信じがたいほど年月がかかる。「出口」とは、実は「金融正常化への長いトンネルの入り口」との解釈がもっぱらです。
そこで読売新聞の社説を読みますと、「出口戦略の道筋をつけるために、デフレからの完全な脱却を急がなければならない」と、指摘しています。完全脱却とは、「物価上昇2%の実現」のことでしょうか。日銀そのものが「2%は無理」として、見通しを1%台の低い方へと修正しています。社説ならこうした点を鋭く突くべきでしょう。
朝日新聞の社説は「金融危機の再来はないのか。この10年で銀行規制は強化された。だが、危機は規制の網から漏れたところが発火点になる」、「長引く低金利や大規模緩和は次のバブルの温床になりかねない」と、指摘します。
金融正常化が危機を招く
リーマン危機対策のための日米欧の異常な金融緩和によって、危機は回避されました。問題は危機が去って、金融緩和を正常な状態に戻そうとすると、緩和が支えてきた株高や不動産価格の高騰が崩れる。朝日のいう「次のバブルの温床」ではなく、異常な緩和を正常化すること自体が、金融危機、経済危機の引き金となる。前にも進めず、かといって後にも退くに退けない。本当の危機はここです。
日経の社説は、出口を探るに際して、「財政や金融政策をめぐり、政府、日銀がどのような視点で取り組むのか説明してほしい」と、指摘しました。その通りです。超低金利が終わり、金利上昇が始まると、国債金利も上がり、財政赤字が増える。絵にすぎなかった財政再建計画がご破算になる。
トランプ米大統領は、連邦準備制度理事会(FRB,中央銀行に相当)の利上げがドル高、景気後退を招きかねないため、「好ましくない」と7月に述べました。大統領が中央銀行の金融政策に不満を表明する政治介入は異例です。中央銀行の独立性を冒すからです。ですから、長期間、低金利にしておくと、それを前提にした経済、金融構造ができ上ってしまい、米国ですら脱却は容易ではないのです。
日経の連載「リーマン危機10年」で、欧州中銀の前総裁のトリシェ氏は「現在は08年の金融危機当時と同じか、さらに危険な状況にある。今、景気後退に陥れば、やっかいなことになる」と、警告しています。各国政府の財政出動余力は乏しい。さらに負債返済のための資産売却が大不況を招きかねない(負債デフレ論)。同氏は「この理論の警告を忘れるな」と、強調しています。
この連載で、米国のアリヘンデス金融危機調査委員長は「経済回復の恩恵のほとんどは企業の利益や高所得層に回ってしまい、賃金が上がらない」と。日本にもあてはまります。さらに「経済的な不満と相まって、トランプ現象を後押しした」と。金融危機と大衆迎合主義(ポピュリズム)の台頭には因果関係がある、との見方です。
せっかくの総裁選討論会だったのですから、対抗馬の石破氏はこうした問題を提起するか、日本のメディアが大きな視野に立って、アベノミクスを含む日米欧の金融緩和政策が何をもたらしているか、論じてほしかったですね。
こういう論点が、あまりメディアでクローズアップされないのはなぜなのでしょうか。