最近の世界情勢の変化の中に、寛容な精神が大きく後退し、強い者が、弱い立場の者を排除しょうとする動きが顕著に見られます。例えば、EU内諸国では、シリアからの難民の拒否の動きや、アメリカのトランプ大統領の当選によって、国境に壁を築き、弱い立場のものを排除しょうとする政策が大きく報道されています。経済政策においても同様に動きが見られます。高学歴化によって科学技術や情報化社会をもたらしましたが、世界中で強い者と弱い者の格差は増々拡大しているように思います。我が国においても公正な政治ではなく、強い者によって巧みに歪められた政治が見られます。どのような立場にあっても強い者はどのような生き方をするように神エホバは求めておられるのでしょうか。聖書のローマ人への手紙の中に次のように記されています。政治家も経営者も個人も、次の聖書の言葉を熟考し、各自の生活に適用してくだされば幸いです。
「ですが、わたしたち強い者は、強くない者の弱いところを担うべきであって、自分を喜ばせてはなりません。わたしたちは各々、築き上げるのに良い事柄によって隣人を喜ばせましょう。キリストでさえ(神の子イエス・キリストでさえ)自分を喜ばせることはしませんでした」(ローマ15:1~3)。
上記の聖句に示されている通り、強い者は、弱い者を担うべきなのです。神エホバは聖書を通して、強い者は、より利他的な生き方をし、他の人の福祉を優先しなければならないことを教えています。他の人の福祉には当然、物質面と霊的な必要が含まれま。強い立場・上位の権威の政府が神エホバの相対的な地位に据えられ、国政が委ねられているのは、この神エホバの教えを守り行なうようにするためなのです(ローマ13:1,2)。私たちが税金を納めるのは、政府や行政機関が絶えず国民に公正をもって神の公僕として奉仕することが期待されているのです(ローマ13:6)。公務員は神の公僕ですから、神エホバのご意志を最優先で行なわなければならないのです。個人個人も、強い者は、弱い者を担うように教える神エホバの原則を適用しなければならないのです。自分を喜ばせる、つまり自分、あるいは国家第一ではなく、各々、築き上げるのに良い事柄によって隣人(含む他国)を喜ばせる必要があるのです。対立や、誹謗中傷ではなく、健全な思いに基づく築き上げるのに良い事柄を追求する必要があります。イエス・キリストはご自分の言動を通して、神エホバの子でありながらも、ご自分の身を低くし、謙遜にその模範を余すところなく手本を模範として残されました(ペテロ第一2:21.マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書参照)。あなたも、弱い立場の人を担う神エホバのご意志を行なう人のお一人であれば幸いです。そのような憐れみ深い人は、エホバ神から豊かな祝福を得ます(マタイ5:7)。
里山の 稜線緑 濃くなりし 今日の一句
玄関に活けた「バラ」