あなたは、だれかに「愛について説明できますか?」と尋ねられて、お答えの出来る方であれば幸いです。大変残念なことですが、この質問をした場合、お若い方から年配者まで、多くの方々が説明することができません。多くの方々は「分かっているようで、他の人になかなか説明することができません」と、答えられます。聖書には「愛」とは何かについて次のように説明しています。下記の言葉を熟読してくださり、生活に適用してくだされば嬉しく思います。
神聖な奥義と知識に通じ、信仰を持っていても愛がなければ、何の価値もありません、と記され、愛がなければただ鳴り響くシンバルのようなものであることが記され、愛を次のように説明しています(コリント第一13:1~3)。
「愛は辛抱強く、また親切です。愛はねたまず、自慢せず、思い上がらず、みだりな振る舞いをせず、自分の利を求めず、刺激されてもいら立ちません。傷つけられてもそれを根に持たず、不義を歓ばないで、真実なことと共に歓びます。すべての事に耐え、すべての事を信じ、すべての事を希望し、すべての事を忍耐します。愛は決して絶えません」(コリント第一13:4~8)。
上の愛について教える聖句をお読みになって、すべてが行なえている人はまずいないと思いますが、心配しないでください。熟読してくださり、それぞれの方々が、自分はどのような特質を培えば、神エホバの教える「愛」に近づけるだろうかと、自己吟味し、絶えず努力を重ねるなら、神エホバが「古い人格から、新しい人格」へと変化をもたらしてくださいます(エフェソス4:22~24)。それは、私たち人間はくすしく「神の像(かたち)」に創造されているからです(詩編139:13~16.創世記1:26,27)。
聖書には神エホバについて次のように記されています。「愛さない者は神を知るようになっていません。神は愛だからです」(ヨハネ第一4:8)。神エホバは愛ゆえに、愛がどれほど重要かについてご理解してくださり、神エホバから出る「愛」を培われる方々は幸いです。
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