イエス・キリストは贖いの死後、ご自身の予告通り三日後に復活し、弟子たちに、さらに神の王国の真理を証し、40日後に天のみ父エホバのもとに帰られました(マタイ20:28;28章。マルコ16章。ルカ24章、ヨハネ20,21章、使徒1:3~9)。そのイエス・キリストが悪霊につかれた少年をいやした後に、弟子たちに贖いの死後の三日後に復活することを予告された時の弟子たちの反応が次の通り記されています(マルコ9:14~29)。
「弟子たちに教えて、こう話しておられたからである。「人の子(イエス)は人々に引き渡されます。そして人々は彼(イエス)を殺しますが、殺されても、三日後に彼(イエス)はよみがえるでしょう」。しかしながら、彼ら(弟子たち)はそのことばを理解せず、また彼(イエス)に質問するのを恐れていた」(マルコ9:31.32)。
上記の聖句に記されている通り、イエスは弟子たちに弟子としての備えをさすために、み父エホバのご意志を成し遂げ、贖いの死後三日後に復活することを予告していました。しかしながら、弟子たちはイエスの死後の三日後の復活について理解せず、理解ができないなら、師イエスに質問し、意味を説明してもらうための質問をすることも恐れていた、ことが記されています。イエスの弟子たちは、イエスの重要な予告に対して、なぜそのような反応をしていたのでしょうか。イエスの弟子たちは、イエスが贖いの死を遂げるために神エホバのご意志によってこの地上に約束通り遣わされたメシアであることを理解していました(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書参照)。しかし、イエスの弟子たちにとって、目の前に立つ神エホバの独り子イエスの師が、人々に捕縛され、殺される、ことは信じたくない、あるいはそのようなことは起きて欲しくない、という気持ちが強かったのではないでしょうか。弟子たちにとって師イエスが贖いの死を遂げることを詳しく知ることは、その時点で恐れを抱くことだったに違いありません。師イエスを愛するゆえに、弟子たちの抱いた感情は理解できるのではないでしょうか。あなたも、弟子たちの一人であれば、その時、同じような反応をされたのではないでしょうか。この、弟子たちの反応の記録から分かる通り、その記述された内容が正直であるゆえに、聖書が真理の書・神エホバのことばであることを証ししているのではないでしょうか。イエスの弟子たちも、現在のイエスの弟子たちのエホバの証人のクリスチャンたちも、決して完全ではなく、普通の感情をもつ人たちなのです。
台風の 過ぎし庭には 蝶の舞う 今日の一句
道辺に咲いている「アガパンサス」