
金沢の観光スポットレポート その691(No.1047)
◇卯辰山「碑(いしずえ)」巡り ②
5月14日(日)石川県ウオーキング協会の5月例会「卯辰山碑探訪」に参加した。
今回のテーマは卯辰山の顕彰碑、功労慰霊碑、歌碑、句碑、書碑などの建立の場として金沢市民に親しまれている「碑林 ひりん)」の約65あるといわれる内の20碑を巡り金沢の歴史訪探をするものです。
6)徳田秋声墓碑 (とくだしゅうせい)
秋声は1871(明治4)年、金沢に生まれ、1894(明治27)年尾崎紅葉の門下生となりました。明治・大正の代表的作家。1982(昭和57)年秋声の骨を分骨、建立した墓碑には、井上靖揮亳で「徳田秋声墓碑」と刻まれている。また、墓碑を囲む白い土塀に同じく井上靖の筆による「冷厳なる自己凝視と澄明な客観描写をまん中に据えた典型的な庶民文学」と絶賛する副碑がはめ込まれている。
■写真は徳田秋声墓碑

7)岡 良一顕彰碑 (おかりょういち) 1905-1994
医学博士、政治家。金沢市小立野のうまれ。昭和14年石川県議に初当選し、保守の風土に初めて確信の灯をともし、以後金沢市議、衆議院議員6期、金沢市長を2期務めた。望湖台へ上がるとすぐ左に二つの石碑がある。
1980(昭和55)年岡良一顕彰会の建立で、左側の碑には「夢を見ることのできない人は明日を生くる力がない 金沢名誉市民 岡 良一」、裏に「反骨の碑に頂上の風還れ 山本清嗣」の句と発起人の氏名が刻まれている。右側の碑には芸術院会員・文化功労者 高光一也撰文の岡良一顕彰のことばが記されている。

■写真は岡 良一顕彰碑

■写真は展望台から日本海を見る

8)金沢市民憲章
金沢の美しい自然と文化を基盤とし、金沢市民の指向を明らかにした五項目からなっている。望湖台の奥、展望台を降りたところにこの碑が建っている。御影石の碑の表に「金沢市民憲章」を記したブロンズ板を取り付けたもの。昭和55年金沢菊水ライオンズクラブの建立。
■写真は金沢市民憲章

9)北方心泉書碑 (きたがたしんせん) 1850-1905
僧侶、書家。本名北方 蒙(きざし)は金沢市木ノ新保生まれ。常福寺の14世住職で、明治時代に活躍した有名な書家である。1850(嘉永3)年同寺に生まれ、石川舜台らに学んだ。清国布教師として東本願寺から清国に派遣。仏教を初め書道など幅広く学び、近世書道第一流の名手とうたわれた。

心泉の書碑は、碑面に大きく 「麟・鳳・亀・龍」 と四文字、めでたい四つの霊獣の名を刻んだもの。昭和37年の建立。
■写真は北方心泉書碑

10)卯辰山公園創設記念碑
1927(昭和2)年建立の碑は 「卯辰山公園創設記念碑」 と刻まれているこの題字は金沢出身元文部大臣・中橋徳五郎の筆である。この碑の横には昭和3年、当時の金沢市土木課長・松江甚吉撰文の「卯辰山公園記」が建てられている。慶応3年の開拓会誌から、昭和3年の公園完成までの沿革を記したもの。
■写真は卯辰山公園創設記念碑

この碑の裏には国土地理院の二等三角点があり、この三角点は「金沢」と命名されている。
■写真は三角点
(つづく)