植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

◇秋の金沢2019-7 尾山神社、国立工芸館

2019-10-31 21:32:40 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1670)

◇秋の金沢2019-7 尾山神社、国立工芸館

○尾山神社の概況

慶長4年(1599)に加賀藩藩祖前田利家を祭り創建された卯辰八幡社(現宇多須神社)を、明治6年(1873)に卯辰山から金沢城の出丸金谷御殿跡地(現在地)に移し、本殿、拝殿が建てられ、尾山神社とした。
尾山神社の神門は明治8年(1875)に完成したのですが、神門の和洋中の三様式が取り入れられた五色のギヤマンが綺麗です。







■写真は完成間近の本殿



■写真は尾山神社



〇国立工芸館

2016年8月に東京国立近代美術工芸館が石川県金沢市へと移転されることが発表され、通称を「国立工芸館」とし、2020年の東京オリンピック・パラリンピック前のオープンを目指し工事中。



移転に際しては、現工芸館が所蔵する美術工芸作品のうち70%に当たるおよそ1900点以上が金沢へ移り、この中には人間国宝や日本芸術院会員が制作した全作品約1400点も含まれる。
また美術館の外観は、国の登録有形文化財である「旧第九師団司令部庁舎」と「旧金沢偕行社」が活用される。 





■写真は完成間近の国立工芸館

(つづく)



秋の金沢2019-6 兼六園 ④ 

2019-10-30 04:30:24 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1668)

◇秋の金沢2019-6 兼六園 ④ 

■写真は梅林満作の実







■写真は梅林の不明品種と南天





■写真は梅林のシュウメイギク





■写真は梅林京唐子の実



■写真は時雨亭付近の不明品種



■写真は内橋亭横のビワの花









■写真は蓮池門右の西王母

(つづく)

金沢マラソン2019が開催された。

2019-10-29 04:09:16 | 金沢・石川の観光


金沢のイベントリポート(No.1668)

◇金沢マラソン2019が開催された。

第5回金沢マラソン2019は10月27日(日)しいのき迎賓館前スタートで開催された。最多の14,256人が参加し、7時間以内に完走した人は13,744で完走率は96.4%。また沿道では22万人が声援、運営には約5,000人のボランティア協力した。(北國新聞より)
■写真はスタートを待つ参加者(8:24)



筆者は広阪、百万石通り、石川門橋、武蔵が辻、金沢駅前通り、兼六園下、裁判所前
で撮影応援した。

■写真は百万石通りの先頭集団(8:41)



男子優勝は丸山文裕選手(旭化成)が2:11:36で、女子は吉田香織選手(TEAM RxL)が2:34:52で優勝した。山中伸弥京都大学教授は3:24:19で順位は781位だった。







■写真は石川門橋方面から



■写真は駅前通り



■写真は前田利も参加??(9:08)







■写真は武蔵が辻(9:03)





■写真は兼六園下



■写真は裁判所前(10:02)

□番外





■写真は前日受付の金沢駅もてなしドームの準備とリハーサル(10/25撮影)

(完)

秋の金沢2019-5 兼六園 ③

2019-10-28 04:25:53 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1667)

◇秋の金沢2019-5 兼六園 ③ 



■写真は成巽閣角カリン(名木)



■写真は蓮華寺灯篭



■写真は変形灯篭





■写真は山崎山雪見灯篭



■写真は木橋の前撮り

〇内橋亭

池の上に立つ水亭と手前のお部屋の間に橋が掛かっていることから「内橋亭」と呼ばれました。もと蓮池庭(兼六園の始まりとなった庭園)内にありました四亭の中の一つで、鯰之亭(なまずのてい)ともいわれており大変歴史のある建物です。



■写真は栄螺山モミ(名木)と内橋亭



■写真は霞が池(栄螺橋方面より)



○サンザシ

サンザシ(山査子)は、バラ科サンザシ属の落葉低木。中国産で、日本にも古くに持ち込まれた。熟すると赤くなる果実は生薬、果実酒、ドライフルーツなどの用途があり、盆栽の素材としても好まれる。



■写真はサンザシ



■写真は桜ケ丘の不明品種(ツバキ系か?)

(つづく)

秋の金沢2019-4 兼六園 ②

2019-10-26 04:21:40 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1666)

◇秋の金沢2019-4 兼六園 ②





■写真はことじ灯篭とことじ灯篭モミジ



■写真は内橋亭





■写真は手で剪定する庭師



■写真は玩月松(特別名木)と月見灯篭



■写真は唐崎松(特別名木)





■写真は七福神山と黒松(名木)



■写真は根上松(特別名木)の根

(つづく)

秋の金沢2019-3 兼六園 ① 

2019-10-25 04:16:53 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1665)

◇秋の金沢2019-3 兼六園 ① 

○兼六園の概要

加賀百万石の文化を映す、歴史的文化遺産である。水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。

兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれている。入場者数18年度入場者数275万人(前年比98.2%)であった。

■写真は瓢池





■写真は長谷坂キササゲ(名木)



■写真は瓢池中島と海石塔



■写真は汐見橋懸崖のもみじ(名木)



■写真は松濤坂のタブ(名木)



■写真は台風の影響で低くなった噴水





■写真はウメモドキ

(つづく)

秋の金沢2019-2 金沢城公園②

2019-10-24 04:56:17 | #金沢いしかわ#観光


金沢の観光スポットレポート(No.1664)

◇秋の金沢2019-2 金沢城公園②

〇石川門

金沢城の搦手門(裏門)として重要な位置にあり、河北門、橋爪門とともに金沢城の「三御門」と呼ばれた。櫓と櫓を長屋でつないだ重厚な枡形門に造られている。宝暦の大火宝暦9年(1759)の後、天明8年(1788)に再建され、現在に伝わっている。昭和25年(1950)国の重要文化財に指定。









■写真は石川門



■写真は新丸側塀



〇河北門

平成22年(2010)復元された「河北門」は、河北坂を上がったところに位置する「三の丸の正面」であり、金沢城の実質的な正門です。「石川門」と「橋爪門」と共に「金沢城三御門」と呼ばれている。
宝暦の大火(1759)の後、三御門の中で最初に安永元年(1772)に再建された重要な門です。

■写真は河北門



〇菱櫓、五十間長屋、橋爪門

平成13年(2001)7月に完成した、延べ床面積1894.23平方メートルの復元建物で、石川門や三十間長屋と同様、鉛瓦や海鼠塀が外観の特徴。
橋爪門は「一の門」に続く、「二の門」と「枡形二重塀」を復元することとし、平成24年6月に工事着工、平成27年(2015)3月に完成した。





撮影日:2019.10.10

(つづく)

秋の金沢2019-1 金沢城公園① 鼠多門工事、玉泉院丸庭園

2019-10-22 04:42:03 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1663)

◇秋の金沢2019-1 金沢城公園① 鼠多門工事、玉泉院丸庭園

〇金沢城公園の概要

金沢城の歴史は加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15年(1546)に金沢御堂(尾山御坊)を建てた地に、天正8年(1580)佐久間盛政が築城を開始、天正11年(1583)、加賀初代藩主前田利家が能登から入城し、本格的に城造りがなされました。
慶長7年(1602)に天守が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されませんでした。

金沢城は、金沢市の市街地に位置し、犀川と浅野川に挟まれた小立野台地の先端に立地する平山城である。規模は東西500m、南北760m、面積約30haである。
新幹線開業以降入場者も増え、18年度の入場者数は220万人で前年比97.3%と堅調な推移をしている。



■写真は工事中の鼠多門、鼠多門橋(10/7)

〇金沢城の特徴の一つである鉛瓦(木で形を作り鉛を巻く)工事





■写真は工事中の鼠多門(8/8)







■写真は工事中の鼠多門(9/12)





■写真は工事中の鼠多門(10/7)







■写真は玉泉院丸庭園(9/12)

(つづく)

IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑩」

2019-10-21 04:51:32 | 金沢・石川の観光


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑩」レポート(No.1662)

◇上越妙高駅→新井→二本木駅→関山→妙高高原駅 28キロ

9月11日(火)北陸新幹線上越妙高駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」10日目が50名の参加者で開催された。 

この企画は、来年の東京オリンピック開催までに金沢城を3月13日にスタートし来年6月に江戸本郷上屋敷ゴールする。江戸期に加賀藩が参勤・交代の通った旧北国下街道経由、中仙道の約500キロを23日間で歩く計画。

■写真は上越妙高駅



〇明治天皇石沢御小休所跡

上越市石沢の北陸新幹線近くに明治天皇石沢御小休所跡碑がある。



〇石塚一里塚跡(妙高市)

妙高市の住宅の間にある。一里塚跡碑





■写真は新井宿明治天皇ご休所と新井宿



■写真は追分(右善光寺 左飯山道)



■写真は豪雪地帯のため2階が住居になっている



■写真は小出雲坂



〇二本木駅

新潟県上越市内にある、えちごトキめき鉄道妙高はねうまラインの二本木駅。山あいにある駅で、このほど駅舎や倉庫など駅構内にある施設7件が、国の登録有形文化財として登録される見込み。トキ鉄によると、駅構内にある登録有形文化財としては全国では二番目に多い事になる。



■写真は二本木駅ホームとのジオラマ



〇明治天皇二俣御小休所

白山神社の近くにある、二俣宿脇本陣跡畑山家問屋も兼ねていた。明治天皇小休所跡碑が立つ。



■写真は北沢一里塚跡標柱



■写真は関山神社



■写真は五輪の塔



■写真は一里塚標柱のある妙高市立妙高高原北小学校

正午頃より雨が降り、時々かなりの雨に見舞われたが、23名の完歩者が妙高高原駅に午後4時ごろゴールした。

(つづく)

IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑨」

2019-10-20 04:09:33 | 金沢・石川の観光


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑨」レポート(No.1661)

◇名立駅→谷浜駅→五智公園→春日山→ 高田駅→上越妙高駅 28キロ 

9月10日(火)日本海ひすいライン名立駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」9日目が55名の参加者で開催された。

この企画は、来年の東京オリンピック開催までに金沢城を3月13日にスタートし来年6月に江戸本郷上屋敷ゴールする。江戸期に加賀藩が参勤・交代の通った旧北国下街道経由、中仙道の約500キロを23日間で歩く計画。

■写真は名立駅

名立宿経由、うみてらす名立にて休憩。久比岐自転車道に入り、丹原休憩所で休憩。有間川駅前経由谷浜駅で休憩。なおえつ海水浴場から親鸞聖人所陸の地で昼食休憩。



■写真は久比岐自転車道の参加者



〇親鸞聖人上陸の地

日本海を渡った潮風が吹き上がる直江津の高台。「親鸞聖人上陸の地」は高台に位置し、整備された公園になってる。 見晴し台からは紺碧の日本海が望め、奥には親鸞聖人の像を安置した見真堂(けんしんどう)や親鸞聖人にまつわる数基の句碑や像が建てられている。





五智国分寺参拝し、春日山城跡ものがたり館見学休憩。加賀踏切を渡り、追分地蔵を左に見ながら、雁木で有名な高田市内を歩き高田駅に到着。



〇五智国分寺

居多ケ浜に上陸後、親鸞聖人が約1年を過ごしたのが五智国分寺であるといわれている。 しかし、現在の国分寺は上杉謙信公が永禄5年(1562年)に再興したものといわれ、市の指定文化財である山門には天保6年(1835年)作の仁王像が構え、正面にまだ新しい本堂があり、県の指定文化財である三重塔と元禄6年(1693年)建立の市内最古の建物・経蔵がある。





■写真は街道松並木の参加者



〇追分地蔵

木田新田三叉路にあるお地蔵さんには、「左かゝかいたう」(左・加賀街道)「右いまゝちみち」(右・今町道)と書かれている。高田藩の繁栄のために、加賀方面や柏崎方面からの旅人が必ず高田城下を通るよう、橋を落としたという。



〇高田宿の雁木(がんぎ)

雁木とは、家の前に出した庇(ひさし)の呼び名。雁木通りは、道路沿いの家々が庇を伸ばして冬の積雪時の道路を確保する雪国の暮らしの知恵です。江戸時代前期から整備され、高田地区には、現在も総延長16kmもの雁木が残っている。

〇高橋孫左衛門有名粟飴店

江戸時代から続く粟飴の名店。歴史を感じる店内。淡い甘さの翁飴は懐かしい味。

■写真は高橋孫左衛門有名粟飴店と雁木



〇弘法の清水碑

全国行脚の弘法大師が錫杖で清水を掘り当てた近くに碑がある。

この日も暑さと湿度が高く過酷な天候であったが、上越妙高駅午後5時に30名がゴールした。

(つづく)


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑧」

2019-10-18 04:25:06 | 金沢・石川の観光


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑧」レポート(No.1660)

◇糸魚川駅→能生→名立(道の駅うみテラス)27キロ

7月24日(水)石川県ウオーキング協会は東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑧」をJR糸魚川駅において60名の参加者で開催した。

この企画は、来年の東京オリンピック開催までに金沢城を3月13日にスタートし来年6月に江戸本郷上屋敷ゴールする。江戸期に加賀藩が参勤・交代の通った旧北国下街道経由、中仙道の約500キロを23日間で歩く計画。

〇糸魚川宿

糸魚川は城下町で、江戸時代は稲葉氏の後に一旦は廃藩となったが、その後有馬氏、本多氏、享保2年(1717)は松平氏1万石の城下町となった。また、加賀本陣(加賀の井酒造)は2016年12月の火災で焼失したが、2018年3月再建された。

■写真は糸魚川駅



〇相馬御風(ぎょふう)宅

相馬御風宅は昭和27年12月10日、新潟県の史跡として指定されました。御風が日本文学界の発展と良寛研究に尽くした業績を永久に保存するため、家屋を当時の姿のまま残しています。

■写真は相馬御風前の参加者



〇能生宿

能生は古代北陸道の鶉石(うずらいし)駅が置かれており、古くから宿場町、海産物集散地、宿場町として栄えていた。



〇能生白山神社

 社伝によれば第十代崇神天皇10年11月初午の日に始まったとされ、醍醐天皇の命よって作られ927年に完成した「延喜式」に記載されている奴奈川神社にあたるともいわれています。白山信仰を開いたと云われる泰澄大師(682-767)が奈良時代に加賀白山などを基地として両部習合を行った際、能生白山神社に仏像を安置し、白山信仰を布教し、社号を白山権現に改められたと伝えられています。

 本殿は明応年間(1492-1501)に火災で焼失しましたが、永正12年(1515)能登守護畠山義元寄進により再興されました。その建築様式は、三間社流造の前面に一間の向拝を付けたもので室町時代の特色を示しており、国の重要文化財にも指定されています。





■写真は能生白山神社二の鳥居、狛犬と拝殿



■写真は久比岐自転車道の参加者



〇とっとこ岩

「とっとこ」とは、にわとりを指す糸魚川地方の方言。国道8号線脇の海中にある、にわとりの形に似た巨岩であり、糸魚川ジオパークの遊歩道からも眺望できます。



■写真は筒石観音堂



■写真は上越市に入る参加者

本日は朝から梅雨明けで温度も上がり、自転車道は木陰も少なく、体も慣れてないこともあり、暑さとの戦いで参加者の約半分が、16:10頃道の駅うみテラスにゴールした。

(つづく)

IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑦」

2019-10-17 04:12:24 | 金沢・石川の観光


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑦」リポート(No.1659)

◇泊駅→市振→(親不知)→糸魚川 19キロ 

7月23日(水)石川県ウオーキング協会は東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑧」あいの風とやま泊駅において60名の参加者で開催した。

この企画は、来年の東京オリンピック開催までに金沢城を3月13日にスタートし来年6月に江戸本郷上屋敷ゴールする。江戸期に加賀藩が参勤・交代の通った旧北国下街道経由、中仙道の約500キロを23日間で歩く計画。

■写真は泊駅



■写真は脇子八幡宮



〇元屋敷芭蕉句碑

松尾芭蕉が奥の細道道中で詠んだ句の一句「早稲の香や分け入る右は有磯海」。旧北陸道に面した元屋敷地内にあります。「ここでは早稲が実って香りが漂ってくる、その早稲を分け入って進むと右側には有磯海が見えることだ」という意味。



■明治天皇宮崎御小休所跡



〇境関所跡

加賀藩は慶長19年(1614)国境の守りを固めるため、領境の数か所に関所を設けた。境関所もその一つである。境関所では30余人の役人と具足60、槍70、鉄砲70、弓30が備えられていたと記録にあり、箱根の関所の2倍に近い装備をもち、小さな城ぐらいの武力をもっていたという。





■写真は加賀藩最後の境関所と展示室のジオラマ



〇境一里塚

富山県内で唯一現存する加賀藩領内最東端の一里塚で、県内において当時のままの姿で残されているのはここだけ。江戸時代の陸上交通の状況を語る貴重な遺跡です



■写真は市振明治天皇御小休所跡



〇市振(いちぶり)関所跡

市振は越後と越中の国境に位置しており地名の由来ともされる、越後の「第一番の振り出し」にある。市振関所は、寛永元年(1624)頃に幕府の命令で設けられ、高田藩あるいは幕府代官の管理でしたが、明治2年(1869年)に廃止された。市振の関所は得意な地形の関係で、陸路、海路の両方を検察し、特に「出女に入り鉄砲」などは厳しく検問していたと云われています。



〇奥の細道市振の宿「桔梗屋」跡

松尾芭蕉は元禄2(1689)年7月12日に市振の桔梗屋に宿をとった。桔梗屋は、大正3(1914)年3月17日の市振大火で焼失し、昔を伝える記録等は残されていない。



〇市振海道の松

市振宿のはずれ。北国街道には、ここより北に道らしい道はなく、海岸の断崖の下にできたわずかな波打ち際を走り抜けるように通過した。世にいう親不知・子不知の難所だ。越後から京に向かう旅人は、この海道の松を目にして、やっと難所を通過できたことを実感したのである。
2016年10月5日の台風で樹齢200年超の松が倒壊し、2017年10月に海岸沿いの松を移植した。



■写真は2013年11月の市振海道の松



〇親不知

北国街道最大の難所。波間を見計らって狭い砂浜を駆け抜け大波が来ると洞窟などに逃げ込んだが途中で波に飲み込まれる者も少なくなかった参勤交代の通行には富山県新川郡から四、五百人の波除人夫が集められ人垣により波濤を防いで通行した。

市振街道の松からはバスで親不展望台を見学し、青梅駅まで約12キロは国道8号線のトンネル経由しかなく危険のためショートカットした。





■写真は親不知展望台、ジオラマと海岸線



■写真は青梅駅より再スタート



〇2016年12月糸魚川大火災で焼失し、2018年に再建された加賀藩本陣の加賀の井酒造。

■写真は2018年に再建された加賀の井酒造



■写真2014.11の加賀の井酒造

朝は局地豪雨に見舞われたが、その後は曇の天候で案外涼しく、距離も短く全員無事15:10ごろゴールした。

(つづく)

IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑥」

2019-10-16 04:28:33 | #金沢いしかわ#観光


IWA東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑥」レポート(No.1658)

◇2019’6月19日(水)黒部駅→浦山→愛本橋→泊宿 24キロ 

石川県ウオーキング協会は東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク⑥」をあいの風とやま鉄道黒部駅において75名の参加者で開催した。

この企画は、来年の東京オリンピック開催までに金沢城を3月13日にスタートし来年6月に江戸本郷上屋敷ゴールする。江戸期に加賀藩が参勤・交代の通った旧北国下街道経由、中仙道の約500キロを23日間で歩く計画。

■写真はあいの風とやま黒部駅



〇三日市宿本陣跡

北陸街道の宿場町である三日市宿は、北陸上街道と北陸下街道の分岐点として多くの旅人が利用し、周辺地からも多くの物資が集められた集積場となり、商業的にも中心的な役割をもった。



■写真は三日市本陣嶋屋跡看板



〇箱根清水

江戸時代に北陸道を行き来した旅人がのどを潤した休憩所。半円形階段式の泉に設置した水がめから絶えず井戸水が湧き出て、現代人の心を潤します。



〇黒部宇奈月温泉

日本一長い名前の北陸新幹線の駅。



〇黒部市歴史民俗資料館

黒部市の歴史、文学、芸術、民俗、産業、自然に関する資料を収集展示している資料館。日本三奇橋の「愛本刎橋」を復元(縮尺1/2)し、その上方スクリーンでは黒部川扇状地とそこに関わる人々の自然と生活を中心に、黒部市の歴史や民俗についての映像を上映している。





■写真は黒部市歴史民俗資料館内とスタートする参加者



〇愛本姫社

昔、愛本橋の近くに一軒の茶屋があり、そこにかわいい娘がいた。この橋の下にいた大蛇がこの娘に懸想し、この娘を連れていってしまった。三年後に戻ってきた娘はやがて産気づき、出産をするが、出産する姿を見ることを禁止されていたにもかかわらず、母親がみてしまったところ、なんと娘が蛇の姿に変わっていたという。驚いた母親の声に見られたことに気付いた娘は家を去ることになったが、その際、戻ってきたときに土産として持って帰ったチマキを差しだし、これは幾年たっても腐らないものなので、これを食べて余生を送ってくださいと言い残して、再び黒部川水底に姿を消したという言い伝えが残っている神社だ。



〇愛本橋

かつては全長63メートルにも及ぶ刎橋であったため、山口県岩国市の錦川に架かる錦帯橋、山梨県大月市の桂川に架かる猿橋とともに日本三奇橋の1つといわれていた。河道が移動する黒部川下流部を避けて敷かれた北陸街道の上街道に架かる橋で、加賀藩5代藩主・前田綱紀が架橋を命じたとされる。



■写真は明治の愛本刎橋と現在のアーチ橋



〇愛本新御前林の松

加賀藩は黒部川上流に愛本橋を架け泊宿に通じる上街道を開き街道沿いに松の木を植えた「往還松」とも「丁松」とも呼ばれています。



〇船見宿本陣跡

当時舟見は本陣・脇本陣のあった宿場町で、現存するものは余りない。中心地、信号のある四ツ辻のところ、手前左角に脇本陣が、向うの右角に堀、本陣があったという。



〇横水一里塚跡

街道の東西に築かれたが、東塚のみ形を留め、交通史の上で貴重な遺構となっている。

天気予報は降水確率70%だったが、霧雨が一時降っただけで、曇りで風もあり天候に恵まれ、あいの風とやま鉄道泊駅に午後3時15分ごろゴールした。

(つづく)

◇金沢市の神社・狛犬巡り‐45 清瀬町日吉神社、倉ケ嶽白山神社、事比羅神社、小原町八幡神社

2019-10-14 04:13:50 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1657)

◇金沢市の神社・狛犬巡り‐45 清瀬町日吉神社、倉ケ嶽白山神社、事比羅神社、小原町八幡神社

金沢市の神社数は予測で約320社あるという。2018年春より2年間で全神社を巡る計画。今回はどこにでもあるのに見過ごしていた、狛犬を同時取材していこうと思います。

187)清瀬町日吉神社

 住所:金沢市清瀬町1-34
 御祭神:大山咋神









■写真は清瀬町日吉神社



188)倉ケ嶽白山神社

 住所:金沢市 倉ケ嶽町ハ50
 御祭神:菊理媛神



■写真は倉ケ嶽白山神社



189)事比羅神社

 住所:金沢市坪野町乙327
 御祭神:金山彦命







■写真は事比羅神社



190)小原町八幡神社

 住所:金沢市小原町ツ40
 御祭神:応神天皇 大山祇神









■写真は小原町八幡神社

(つづく)

金沢市の神社・狛犬巡り‐44 三小牛町八幡神社、瀬織姫神社、平栗町八幡神社、山川町諏訪社

2019-10-13 04:07:11 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1656)

◇金沢市の神社・狛犬巡り‐44 三小牛町八幡神社、瀬織姫神社、平栗町八幡神社、山川町諏訪社

金沢市の神社数は予測で約320社あるという。2018年春より2年間で全神社を巡る計画。今回はどこにでもあるのに見過ごしていた、狛犬を同時取材していこうと思います。

183)三小牛町八幡神社

 住所:金沢市三小牛町9-10
 御祭神:応神天皇









■写真は三小牛町八幡神社



184)瀬織姫神社

 住所:金沢市別所町ヲ83
 御祭神:瀬織津姫神 大禍津日神







■写真は瀬織姫神社



185)平栗町八幡神社

 住所:金沢市平栗町イ34
 御祭神:応神天皇









■写真は平栗町八幡神社



186)山川町諏訪社

 住所:金沢市山川町リ52
 御祭神:武御名方神









■写真は山川町諏訪社

(つづく)