Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

人気の避暑地(ザンクト・ギルゲン)

2010-11-15 18:57:37 | オーストリア


今日は予報どおり夕方から雨になってしまった。
昨日久々に池に水を補給したのに・・いえ、コケのお掃除をほったらかしにしていたからね・・
そういえば、金魚ちゃんはメタボ君2号になって来たみたいで・・水面に漂い始めてます。

今朝は近所の猫が庭で騒いでいたので・・あわや・・と思ったのですがとりあえずは無事でした。
こまめにチェックしないとだめですかね。

昨日は・・やっと新米が手元に届き(ってもう冬ですね)ご飯がおいしくなり益々怖いです。

国際会議もやっと終ったけど・・外国のメディアの報道は『日本は経済交渉よりも領土問題ばかりもちだした』なんてK国にも言われちゃうほど外交べた。どうにかならないのですかね??
まあ、皆さんの選んだ政権ですからしょうがありませんけど。
もう少し中味を選ぶ『アンチ△□』じゃない選挙になって欲しいです。

○7月3日(土)

ザンクト・ギルゲンSt. GilgenのPfarrkirche zum Hl. Ägidius聖アエギディウス(Ägidius von St. Gilles の教区教会を出ようとしたら、こんなレリーフが目に付きました。


第二次世界大戦の戦死者ですかね。こんな小さな村なのにねえ。

入り口近くの一番目に付くところにありました。平和な世界が一番です。

散策を続けるkおばちゃんですが、ちょっときれいな所に出ました。窓のお花がきれいですね。


あら、このお方はもしかすると

モーツアルトさんですね。市庁舎の前に佇んでいます。

でもね、足元の小鳥にでも聞かせているんでしょうか?

バイオリンを引く姿が美しくありません。こんな姿勢で弾いちゃいけませんね。

さてさて、小道を入ったりしてこんなとことに出ました。野外劇場ですね。


ここの一角にこのような胸像がありました。

マリー・フォン・エーブナー=エッシェンバッハMarie von Ebner-Eschenbach女史だそうです。
女流劇作家で小説家 1830年9月13日-1916年3月12日)

また歩いていると、このような胸像にも出あいました。

カール・リッター・フォン・フリッシュKarl Ritter von Frisch(1886年11月20日 - 1982年6月12日)
彼は動物行動学者だそうで、この地でミツバチの研究をし、彼らのコミュニケーション手段としての8の字ダンス、また紫外線に鋭敏な感覚を持ち合わせていることを発見したらしいです。

湖にまた舞い戻ってきました。そろそろ暑さにばててきましたね。


この湖畔にもこのような記念碑が建っています。

彼はTheodor Billroth テオドール・ビルロートChristian Albert Theodor Billroth(1829年4月26日-1894年2月6日)
ドイツの外科医で胃癌切除手術に初めて成功した人だそうです。そして作曲家ブラームス氏の友人だったそうです。

彼らはこのザンクト・ギルゲンが大変お気に入りだったとか。
そういえば、ブラームスはバートイシュルBad Ischlに1880年代と1890年代にたいざいしていたようですが、80年代はテオドール・ビルロート氏と親交を深め、90年代はマーラー氏に議論をふっかけられた・・ということでしょうね。

ザンクト・ヴォルフガンクなどと比べると、ちっぽけな村ですが、その静かさが彼らに好まれたんでしょうね。

さて、そろそろ次の目的地に向いますか・・と湖の向こうに目をむけると・・


あそこに見える山は・・もしかすると・・


と、ズームして撮って見ました。


あれは、昨日kおばちゃんが登ったシャーフベルクSchafbergじゃないでしょうか?うっすらと山小屋がみえますね。

位置関係で行くとgoogleさまによると、赤か丸がシャーフベルク山頂。青丸が現在位置です。


山頂からこのザンクト・ギルゲンSt. Gilgenを臨んだ画像を探しましたがありませんでした。多聞

この画像の車止めの右上あたりの位置・・じゃないかと思います。

さて、そろそろヒュンダイ君のもとに戻りましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

モーツアルトのルーツ(ザンクト・ギルゲン)

2010-11-14 21:51:00 | オーストリア
今日は・・骨休めの日にしていたつもりだが、色々御用が・・

久々に猫の額の池を覗いたら・・髪の毛のような細い藻?が大発生していてびっくり。
以前もこの藻が発生してしまい、金魚ちゃんが結果的には全滅しちゃったのよね。
はてさて、どうしたことやら・・

○7月3日(土)

kおばちゃんの到着したはザンクト・ギルゲンSankt Gilgen(St. Gilgen)は、ヴォルフガング湖Wolfgangsee畔の人口4000人ほどの集落です。
風光明媚な場所ではありますが、ここはあることでも有名です。

それは、この地はあのモーツアルトの母アンナ・マリア・モーツァルトAnna Maria Walburga Mozartの生まれ育った場所であるということです。
モーツアルト自身はこの地を訪れたことはない・・といわれていますが、彼の母は、彼女の娘(モーツアルトの姉)もこの地に嫁いだこともあり晩年をここで過ごしたようです。

ただし、彼女の最後の地はここではなく、モーツアルトの演奏旅行に同行した先のパリで亡くなっているそうです。

で、ここザルツカンマーグトに来たついでに・・その地を訪問してみようとおもったのですが、駐車場は利用できませんでした。
この看板によると『結婚式のため予約済み』となっておりました。

季節が良いですからね。結婚シーズンなんでしょう。

この駐車場の直ぐそばにありました。姉マリア・アンナ・モーツァルトMaria Anna Walburga Ignatia Mozartが嫁いだ先が。


壁面には2人の女性のレリーフとそれぞれの肖像画が描かれています。

この建物は元地方簡易裁判所だったとか。

現在はモーツアルト館Mozarthausとして夏の間は公開されているということでしたが・・ああ、残念!!
お昼休みに入ってしまいました。受付のお嬢さんは『3時にまた来てください』といってはくれますが・・その時間にはもうミュンヘンに向けて出発していないとね。
しかたがないのでトイレだけ使わせていただきました。ああ、残念。といっても・・モーツアルト関連の展示ってないのじゃないかしらね?

入り口の前にはこんな表示もありました。


お昼の夏の日差しがまぶしですね。せっかくですからもう少し歩いてみます。


空からは低いモーター音が聞こえてきます。見上げると・・ハングライダーでしょうか?耳上げた空の手前に教会の塔がみえますね。あそこにとりあえず行ってみましょうね。


Pfarrkirche zum Hl. Ägidius聖アエギディウス(Ägidius von St. Gilles
)の教区教会だそうです。

教会の後ろの庭には墓地になっておりました。

教会内部はこんな感じです。3人のご老人が静かに祈っておりました。


そうそう、お堂の中でこんなプレートを見つけました。


モーツアルト家というか母方Pertl家のおじいさん、母アンナ・マリア・モーツァルト、そして姉マリア・アンナ・モーツァルトMaria Anna Walburga Ignatia Mozartの名前がみえますね。

さて、もう少し歩いてみましょうかね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

湖から湖へ(ザルツカンマーグト)

2010-11-13 23:59:26 | オーストリア
今日は、ちょっとお出かけ。
国際会議の影響で相当混んでる・・という人と、kおばちゃんのように逆にガラガラと道路事情もまちまちだった。

久々に車にも乗ることが出来たし・・まあ疲れたけど何とか終わった一日でした。

○7月3日(土)

アッター湖畔のマーラーの作曲小屋の内部を見学したkおばちゃん。
さあ、しっかり鍵をかけて帰ります。


そういえば、kおばちゃんが内部を見学している時、見知らぬ女性が一人入ってきました。
マーラー氏に興味があったのか、たまたま開いていたから入ってきたのかわかりませんが、5分くらい内部ににいてまた出て行ってしまいました。
しぶとく見ているkおばちゃんと大違いですね。

最後にもう一度振り返って・・小屋を眺めました。


小屋の周りの湖は夏の日差しをいっぱいに浴びています。

皆楽しそうに湖水浴です。


楽しい夏休みの始まりですね。


作曲小屋と垣根を隔てて、直ぐにキャンピングカーが止まってます。


kおばちゃんの泊まっていたお宿も・・直ぐそこです。


マーラー氏もご逗留はこちらだったようです。今では裏庭にはシーツが満艦飾です。


さて、ゆっくりしすぎましたかね。もう出発しないとね。チェックアウトです。ヒュンダイ君に乗って
出発です。

今日のご予定は、夕方には振り出しのミュンヘンに戻ってヒュンダイ君を戻します。


でもついでに2箇所ほど寄り道をしようとおもってます。


その一箇所目に到着です。さっきのアッター湖から30キロ弱しか離れてません。


なんとかヒュンダイ君を駐車しました。駐車場が使えませんでした。

辿り着いたのはまたまた湖のほとりです。でもさっきのアッター湖とは雰囲気が全然違いますね。


ここはザンクト・ギルゲンSt. Gilgenという村です。
昨日登山列車に乗ったウォルフガング湖Wolfgangsee の湖畔にある集落ですですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シュタインバッハのマーラー(アッター湖)

2010-11-12 23:59:59 | オーストリア
今日は気持ち悪い程暖かい。季節感がなくなるよ。季節外れの黄砂だとか。

黄砂はこの春、四国で遭遇してちょっと大変だったのよね。
レンタカーのウォッシャーがからっぽ。ティッシュをぬらして拭いていました。

ここのところマスゴミさんがまた大騒ぎをしている画像漏洩問題。
kおばちゃんに言わせれば的がずれてるんじゃない??

以前の不審船銃撃のときの流れは、 2001年12月22日九州南西海域で発生。12月24日6本編集されたものを記者クラブ幹事社を通じて各報道機関に提供。というながれだっ様です。

で、今回は・・・2010年9月7日尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突。
その後1ヶ月も経って10月7日、「日中」再悪化を懸念 政府・与党は、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオについて、公開に応じない方針を固めたる。って何???

何にも決められない政府。このまま情報制限してゆけば・・行き着く先は拉致事件で有名な国と同じことじゃありませんか??
どうして、そこを突っ込まないのか・・不思議でしょうがありません。

海保の中で衝突画像の情報が行き交ってたって不思議じゃありませんね。と思うのはkおばちゃんだけでしょうか??

○7月3日(土)

さて、アッター湖畔シュタインバッハにあるマーラーGustav Mahler氏の作曲小屋の中に入ってみました。
なんと、ドアーを開けたとたんに、室内からシンフォニーの音が聞こえてきます。3番だったかな?どういう仕掛けになっているんでしょうね?

最初に目に付くのは・・もちろんその面積の大半を占めるピアノです。


おそらおく、これは当時のものじゃあないでしょうね。
なぜならば、HPにいよると、この建物は、前にも書いたとおりkおばちゃんの滞在しているホテル『ガストホーフ・フェッティンガーGasthof Foettinger』で管理されていますが、このホテルも以前は『ヘレンゲビルゲ亭Gasthof zum Höllengebirge』と名乗っていたようです。

で、マーラー氏もバーンスタインによって取り上げられるまでは半ば忘れられた存在。
このアッター湖の作曲小屋もなんと、洗濯室、食肉処理場として使われていたようです。
ですから『マーラー氏の作曲小屋」1985年にFöttinge一族の申し出により、国際グスタフマーラー協会によって承認されたということらしいです。

小屋の内部にはピアノのほかに展示してあるものが少々あります。




この古い写真は、ウイーンの演劇博物館のマーラー展の時にも飾ってありましたね。


この作曲小屋の昔の姿ですね。

こちらの写真も、かつてのこの小屋と宿の姿をアッター湖の上から撮ったものでしょうね。


マーラー氏は1893から96年までの夏に妹のユスティーネ、エンマ、弟オットー、友人ナターリエ・バウアー・レッヒナーらを伴って滞在していたそうです。

右上の肖像がマーラーの妹たち。ユステイーネとエルマ
左はマーラーの1892年のハンブルグでの写真だそうです。

そしてこちらの男性は弟・オットーOttoです。

1893年の夏にはここに弟も一緒に滞在していたようですが、その後1895年2月。21歳の時に自殺してしまったそうです。そのことはマーラー氏に大変ショックを与えたそうです。

同年、マーラーの良き理解者であ、弟子であったブルーノ・ワルターBruno Walter(1876年9月15日-1962年2月17日)との出会いもあったそうですがね。

これはワルター氏の晩年の画像。


こちらは若かりし??なんて思ってるのですが・・・違うか??


そして、彼女がナタリーバウアー・レヒナー Natalie Bauer-Lechner (1858–1921)女史。
これも、前にも書きましたが、彼女は良き理解者であり友人・・でも恋人ではなかったとか。ビオラ奏者です。

ここアッター湖の滞在は、都会で仕事に忙しく作曲に行き詰まっていたマーラー氏にはよい気分転換になったのでしょう。
1894年にはバート・イシュルに滞在していたブラームスのもとにマーラー訪問していったらしいですが・・・理屈っぽいマーラーは敬遠されたとか。


そしてこちらは、このホテルの前で、1951年マーラーを記念するプレートがかかえげられることろ。
と、それを報道している地元の新聞の記事だったと思いますけど・・

ピアノの向こうにはアッター湖を望むことが出来ますが・・


こちらの窓からはお隣のキャンプ場のシャワーとトイレの建物がま間近に見えます。

そういえば、こんな作曲後書き込みを加えた楽譜等も展示されてました。

当時から湖に向いたこの景色はあまり変わらないのでしょうか?

なんて思いながら湖面を見つめるkおばちゃんです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

立派な鍵に守られた作曲小屋(アッター湖)

2010-11-11 23:59:19 | オーストリア
寒くなる。寒くなるの大合唱はどこへやら・・何時までたっても落葉しないよな・・

今朝の車内放送は『お気をつけていってらっしゃいませ。』でした。
2回目になると、目新しさはもちろんないけど、やっぱりちょっぴりうれしくなる単純なkおばちゃんです。

今日も何をやってるんだかわからない一日でした。

●7月3日(土)

爽やかな朝の目覚め。やっぱり夏のザルツカンマーグトは気持ちが良いです。
でも、残念ながらこのお宿は1泊のみです。今日はまた移動しないと・・

まあ、そういう予定を組んでしまったkおばちゃんが悪いんです。
だって欲張りになってしまうんですよね。

夕べ干しておいた、SPAで使った水着も乾いたし・・とりあえずの荷造りをざっとして朝ごはんです。


夕べのレストランと同じ場所。
でも、朝は肌寒く感じたのでkおばちゃんは室内です。が、お外のテラスでお食事の人も結構います。


kおばちゃんは窓の外を覗きながら・・ですけどね。

朝食を終えて、お部屋で一休みしたあとは。いよいよこの旅のメイン?マーラー氏の作曲小屋を見学することにしました。

レセプションのお嬢さんに鍵をかります。鍵の管理はこのホテルでしているんですよね。

そうそう、夕べ見たときに判っていましたが、作曲小屋のあるところはこんなキャンプ地です。


googleさまのサテライトで見ると、青丸がkおばちゃんのお宿。赤丸は作曲小屋です。


間にある沢山の小さい四角い物体は、キャンピングカーです。

小屋の出入り口はこんな感じです。

窓から内部を覗いてみると、こんなです。

早速、預かった鍵であけてみます。


そういえば、レセプションのお嬢さんが鍵を渡しながらkおばちゃんに言いました。


『鍵本体より、ホルダーのほうが大きいのよね。』

こうすると、よくわかりますね。たしかに・・でかいですね。


さあ、中に入りましょうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宵の明星を眺めながら(アッター湖)

2010-11-10 23:59:54 | オーストリア
今日はちょっと出稼ぎのお忙しいkおばちゃん。

利用した国内空港は拍子抜けするほどがらがらで、警備らしき影も見ない。
まあ、今朝のニュースを見ていたら、日本での国際会議のまえに、韓国でサミットをしてるとか・・こっちはちっともニュースにならないって何で??

画像流出の犯人が自首したとか。
公僕としてはやったことは確かにいけないことだし、やり方が稚拙ではあったけど、その真意を聞いてみたい気がする。

その昔の不審船との銃撃戦のビデオなんて直ぐに公開されたと思うんですけど。なんであれを非公開にしたのか、その判断基準も知りたいもんです。
今の内閣、やりたいことがちっとも見えないのは、本当の意味の政党ではないからですかね?

○7月2日(金)

まったく、予想外のアッターこのマーラーの作曲小屋の風情に複雑な心境で・・お宿の戻ったkおばちゃん。
kおばちゃん的には2008年11月07日のブログに書いたノルウェーのグリーグの作曲小屋のようなものを期待してたんですけどね。まあ、あそこもボート遊びの嬌声が今は聞こえていますけどね。

そうそう、作曲小屋で作曲していた以外は、マーラー氏はこのお宿にご逗留だったようです。
kおばちゃんのお部屋に向かう途中の旧館のホールにはいろいろと展示してあります。
たとえば、こんなピアノもあります

そのピアノの上にはバイオリン等もおかれています。

そしてその脇のキャビネットの中にあるのはマーラー関係の書籍のようですね。

壁面にはこんな肖像がかかってます。これはおそらくこの宿の先の持ち主か??なんておもいますけど。


もちろんマーラー氏の写真も飾ってあります。


こんな楽譜の一部も・・ぼけてて何だか判りませんね。


これらの展示をしてあるのは旧館とでもいうのでようか、床も木造でオデブのkおばちゃんがあるくとギシギシと音をたてます。
で、その先数段の階段を登ったところの増築部分にkおばちゃんの部屋があります。

お部屋に戻ったkおばちゃん。直ぐに寝込むほど疲れてはいません。
シャワーを浴びて寝巻きに着替えたらすることは一つです。
お部屋のテラスで一人酒盛りをすることにしました。

お酒は一昨日、イフラバの町のスーパーで仕入れたモラビアワインです。

それを、やっぱり一緒に仕入れたさくらんぼとともに頂きます。

湖の向こうの山に出た、宵の明星を眺めならが頂きました。


湖畔のキャンプ場もサッカーの試合も終わったようで静かになってきました。

さて、今晩はどんな夢がみられるでしょうかね?
ゆっくり休みましょうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現在の避暑地(アッター湖)

2010-11-09 22:07:04 | オーストリア
今日は夕方から寒くなる・・と大宣伝をしているけど??どうなんでしょうね。

今朝の電車の車内放送は、また通常にもどってしまいました。残念。
まあ、たまにだからよいのでしょうけどね。

ちら見していた国会も・・末期的症状。もともとアンチJ党でだけ結束してただけの団体。皆で決めることなんかできっこないでしょうね。
右と左が一緒になって、この国をどうしたいのでしょうかね?国なんかいらないとおもってるのか??

それより心配なのは国際会議を前にK首相がほっぽりだして辞任してしまったら・・副総理もいないんだから、誰がカジ取りするの??

国民の皆さんの選んだ政治なんだからしかたありませんけど、kおばちゃんも知りません。

○7月2日(金)

アッター湖Atterseeはここ、ザルツカンマーグトSalzkammergut地方最大の湖だそうです。
そしてザルツカンマーグト地方は夏の避暑地として有名なところです。
だから、kおばちゃんのお宿のあるシュタインバッハSteinbachも、このお宿以外にも宿泊施設があるようです。

で昨日も書いたとおり、マーラー氏も独身時代数年間にわたりやってくるほどお気に入りだったようです。

なんでも、作曲に集中するために作曲小屋を建設したと聞いています。
そして、その小屋は現在も残っている・・ということです。そこを訪れるのも今回の旅行の目的・・のようなもんでした。

kおばちゃんの宿泊しているお宿がその管理を現在はしている・・ということで泊まる事にしたんです。
作曲小屋の訪問は実は明日・・と思っていたのですが、夜の散歩もかねて・・と、さっき気になる光景を窓からみてしまったので、確認の意味を込めて出かけることにしました。

ありましたよ。お目あての小屋が。よく画像では見ていましたので形はわかっていました。


中を覗くと・・ほらピアノが見えます。

ほら、入り口にちゃんとプレートがかかってます。

当然ながら、入り口は閉まってます。

でもね、やっぱりと思ったことがあります。この画像の左端にあるのは、なんとシャワー小屋です。


この一帯は、なんとキャンプ場になってしまっています。
だから、さっきお嬢さんがお部屋から『あれが作曲小屋』と教えてくれた時に、kおばちゃんは良くわからなかったのです。

こうやって窓から湖を眺める画像だと静かな環境・・と思うでしょうが・・

直ぐ脇の湖畔ではまだまだ人々が夕涼みをしています。

作曲小屋の前にも多くのヨットが停泊しています。


陸地の方も、直ぐそばまでこのようなカンピングカーがわんさか止まってます。


現在のキャンピングカーはパラボラ完備です。

キャンプ場の入り口には一応ゲートがあり、門限もあるようです。そしてバーもあります。


おりしもワールドカップ開催中。オヤジたちは・・ご覧のとおりです。


現在のこの地の姿をマーラー氏が見たらなんて思ったでしょうね??

なんて思いながらお宿に戻るkおばちゃんでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まずは夕食を!(アッター湖)

2010-11-08 19:12:53 | オーストリア
なんだか休み中に余計に疲れてしまった感のkおばちゃんの週明けです。
でも、今朝の車内放送に思わずほっこり。
駅に到着してドアーの開く前に『・・気をつけて言ってらっしゃいませ』ですって。
なんだか、ちょっぴり嬉しくまりした。年配の男性の声だったけど・・朝の不機嫌が吹っ飛びました。

そして笑ってしまったのは・・・付近の警備車両。きっと国際会議の警備に借り出されてしまったんでしょうね。
なんと、レンタカーのマイクロバス。一応ステッカーで『警視庁』と貼ってありますけどね。

そうそう、今頃になって知った来日オケの奏者ゲオルク・シュトラッカGeorg Straka氏の富士山滑落死!以前kおばちゃんも夏に死の物狂いで上ったことはあるけど、冬はねえ。
で、彼のことをちょこっと調べたら・・家族でボランティア的音楽活動をしていたのですね。
HPの家族の画像を見ていたら、今頃みなさん辛い思いをされてるのかな・・なんて考えてしまいました。
でも、キリスト教徒。家族結束してこの難局を切りぬけて行くこと・・と思っています。

ご家族に平安の訪れることをお祈りします。


○7月2日(金)

ザンクト・ヴォルフガングを後にkおばちゃんの向った先は・・40キロほど離れた今晩のお宿です。
こちらも湖のほとりではありますが・・違う湖。さっき山頂から見えなかったアッター湖Attersee畔にあります。
そして、ここはkおばちゃんの今回の旅行の目玉の一つであります。
本来はミュンヘンからウイーンに向う途中で寄りたかったのですが、その時期は予約できませんでした。で、今日からはOKなので、今回のこんなルートになってしまいました。

なんだか、お墓参り(ウイーン)をしたあとに生まれた場所(カリシュト)に行き、少年期過ごした場所(イフラヴァ)を経て、独身時代夏を過ごした場所(シュタインバッハ)・・・、もうめちゃくちゃなルートです。ま、それがkおばちゃんですね。

今回の旅行でなぜここがというともちろんこのお方マーラー氏に関係があります。

この画像は受付のデスクの脇にあったディスプレイです。

でも、この宿を予約した時、予約確約レターは来たのですが、kおばちゃんの方ではカード番号も入力した覚えがなかったので・・ちょっと不安でした。でも、大丈夫でしたけど。

レセプションにいたお嬢さんは『お部屋をご覧になりますか?』と効いてくれたので、まず最初に部屋を見せてもらいました。
まあ、お部屋は可も無し不可も無しです。で、窓から見える景色は・・う・・ん・・です。
一応、その時にこの側にあるkおばちゃんのもっとも興味を引く建物のことも聞きましたが・・雑多でよく認識できませんでした。

受付のお嬢さんは『夕食は8時までしかキッチンが開いてい無いですよ』とご忠告をいただきましたので、まず夕食を優先させることにしました。
本来はハーフボード(2食付)の設定もあるお宿ですが、あてがい縁はいやだったので頼んで降りませんが、おなかはぺこぺこ。一応レストランに向います。

レストランは、さっきここに到着した時にお庭からの入り口を利用してしまったのでチェックズ済みです。

午後7時を回っているとはいえ、まだお日様が出ています。夏はテラス席の方が気持ちが良いですね。


まずは、ここまでの無事を祝ってビールです。

ヒュンダイ君と一緒の時は我慢してましたから、美味しいです!!

そして汁物好きなkおばちゃんのいつもの選択は・・スープです。たしかニンニク風味スープだったような・・


そしてメインは・・忘れました・・肉料理だったのは覚えています。
で、豚だった気もするのですが、クランベリーソース添えなので鶏だったような・・


甘いソースがお肉に合っていたのは覚えてるんですけどね。すみません。美味しかったから記憶に無いんだと思います。

で、この頃になると西日がまぶしくて皆さん席をぐるぐる回って・・太陽と向き会わない様に必死でした。

こちらのお庭のようなところもお宿の敷地です。


遊具が傍らにおいてあるので、食事に飽きたお孫さんとおじいちゃんが遊んでました。

さて、デザート代わりはいつものアイスカフェでございました。

食事も無事に終り・・おなかの重くなったkおばちゃん。少し散歩することにしました。
ここのお宿はこんな感じで通りに面しています。

そして壁面にはこのようなプレートがとりつけられています。


『グスタフ・マーラーGustav Mahlerが1893年-1896年の夏に滞在。交響曲の2番と3番を作る』
といったところでしょうかね。

そうなんです。ここはマーラーが滞在していたことのあるホテルです。

道路沿いに一応マーラー・イヤーを現す旗も立っています。

でも、折りしもワールドカップの開催時。こんな看板の方が目立ちました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

帰りは水分を補給して(ザンクト・ヴォルフガング)

2010-11-07 23:21:04 | オーストリア
今日は朝から・・大忙し。

でも、気持ちよいお酒もいただけて・・とりあえず肩の荷が一つ下りましたです。
ああ、まだ大物が残っているけど・・

○7月2日(金)

シャーフベルクSchafbergの山頂駅。さすが最終列車というだけあった、行きよりもお客さんが多いです。


さっき、来る時にkおばちゃんの前に座っていたのは若い2組のカップルです。
で、どうもサイクリングの途中といういでたち。

人種的にも会話的にもどうも、ロシアのブルジョワのどら息子とドラ娘たちという感じです。(kおばちゃんのあくまでも妄想です)
彼らももちろん一緒です。

そうそう、kおばちゃんが乗ってきた先頭車両は帰りは、最後部になるのですが、なんとさっきのアルプホルンがご乗車遊ばしていて(もちろん奏者も)さっきの車両には乗れませんでした。
なので、帰りの進行方向の車両の最後部に座ることにしました。

こちらが最前部になりますね。

皆さんご乗車になったようで、そろそろ出発です。
そうそう、帰りの車内は日本語がいっぱい聞こえてきました。日本のツアーのお客さんもご一緒です。でも、彼らは来る時はご一緒じゃないから・・1本前でいらしたんでしょうね。

こんな危ない格好ですがさっきの車掌さんです。

帰りの風景は窓からカメラを出して撮っているkおばちゃんです。


ニュートンの法則ではありませんが、帰りのほうが若干早いような気が・・


途中の行き違いをした駅がみえてきあました。でも最終列車ですからね・・


でも、この駅で重要任務があったようです。


機関車に水分補給・・しているようです。そういえば、山の水分は重要ですからね。
列車も必要なんでしょうね。

水分補給も終わって・・再び出発です。


帰りは感覚としては、あっという間でした。もう、下界がすぐそこです。


到着時に、思ったとおり乗車時に撮影された写真を販売しておりました。
証拠隠滅・・の意味も込めてkおばちゃんはお買い上げです。
さっき、グヤーシュを食べた売店のお兄さんのお仕事のようです。
そういえば、最初に乗車する時に改札を開く時に、車窓さんが売店のお兄ちゃんに『ほら。改札あけるぞ』と合図をしていたので・・共存共栄なんでしょうね。

下界に戻ったら・・ツアーのお客さんともお別れです。添乗員さんはダッシュでバスに向かったみたいです。
歩きながらおしゃべりしたら、彼らはオーストリアとスイスとイタリアのハイキングを楽しむというツアーだそうです。楽しそうですね。

kおいばちゃんはヒュンダイ君のところでお別れです。

湖を横目に見ながら・・今晩のお宿に急ぎましょう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

絶景を眺めながらの・・(ザンクト・ヴォルフガング)

2010-11-06 22:22:29 | オーストリア
今日も早くから・・お休みなのにねえ・・
まあ、自分が好きでやってるんですからね。文句言っちゃいけません。

一か八か??とは大げさだけど、布団を干しっぱなしで出かけてみたんですが・・まあ良かったかな?
一日を長ーーく使った感じです。

明日はもっとがんばらないと・・

そうそう、画像流失のC国の反応。笑っちゃうくらいkおばちゃんの思ったとおりでした。

○7月2日(金)

ザンクト・ヴォルフガングSankt WolfgangのシャーフベルクSchafbergを登ってきたkおばちゃんの列車は定刻の5分前に到着しちゃったようです。


まあ、早い分には文句はありません。あっという間に皆さんも抜けの殻です。


それもそのはず。目の前に広がるのはこんな景色ですから。


皆さん、画像に納めるのに大忙しです。それにしても良いお天気で・・気持ちがいい!!


列車の駅は本当の頂上にはありません。まだ上があります。


googleさまのサテライトに寄るこんな感じです。


愛赤丸の部分が上の画像の建物。青い丸の部分はここ、駅です。


少し登って振り返ると・・あ、列車止めが見えました。ここが本当の終点ですね。


やっと登ってきました。眼下にヴォルフガング湖が見えます。


あら、まだ上があります。何か見えるんでしょうか?みんな画像を撮っています。


kおばちゃんも行ってみよう!!

おお、こちら側にも湖が見えます。すごい!


このシャーフベルク登山鉄道Schafbergbahnはgoogleさまによるとピンクのようなルートで登ってきます。


この地図でもわかるとおりに三つの湖に囲まれてます。
で、さっきの湖はモンド湖Mondseeですって。まあ、すごい!

冒頭の画像もそうですが、こんな切り立った峰を望むこともできます。


ただ、残念ながらもう一つの湖アッター湖Atterseeを望んだおぼえがありません。
おそらく間に結構高い山があるから見通しがきかなかったのかな?
赤い丸がkおばちゃんのいるところです。

こっちの方向だったのでしょうか?


あまり覚えていない情けないkおばちゃんです。

建物の周りを1周したようです。またヴォルフガング湖が見えてきました。


そうそう、kおばちゃんが今周り回った建物は、レストランであるとともにホテルにもなっています。


時間がなかったのでkおばちゃんは利用していませんが・・実はkおばちゃんが到着したとき、アルプホルンの演奏が聞こえていました。


あら、歓迎の演奏??と思ったら・・違いました。
なんと結婚パーティーが開催されていたのです。しかも外のテラスで!!この絶景を眺めながら・・・なんて素敵ですね。

一周してきたら・・もうお開きのようでした。花嫁さんの画像を撮らして貰おうと聞いたら・・・だめ!と断られてしまいました。

もう、お嫁ちゃんもそうとう出来上がった状態で・・あれじゃあ・・と納得したkおばちゃん。


階段を登ってゆくところをチョビットだけ記念に撮影させていただきました。

あら、駅を見るともうそろそろお客さんが集まっています。kおばちゃんも置いていかれたら大変です。


急ぎましょう。さっきの結婚パーティーのご一行様はホテルにお泊りのようです。
そういえば、kおばちゃんが乗ってきた列車のお客さんでも一組、荷物をもって登ってゆきましたから彼らもお泊りですね。

でも、この駅舎にも入ってみましょう。


おや、列車を真上から見ることが出来ました。

さあ、急ぎましょう!
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シャーフベルク鉄道に乗って!(ザンクト・ヴォルフガング)

2010-11-05 19:31:16 | オーストリア
ここのところのニュース。
外国に日本はなめられてしまっていると思ってはいたけど・・なんですか??

国内にまでなめられまくってますね。
日本の国防はどうなってるの??簡単に『機密』といわれていたものが次々に漏洩してゆくって。

一度流出したデーターなんか止められる訳ないじゃ無いですか。
流出しないように対策していなかったんでしょうかね??していた。といっても破られればしていないのと同じこと。

こんなことで来週からの国際会議・・ホントに開催できるの??
町中にはお巡りさんがあふれてきましたよ。駅の警備も昨日までのガードマンから警察官に今日は変わっており、機動隊も出てきました。
うーーん。どうなるんでしょうね。

まるでマンガのような展開だと思ってるkおばちゃんです。

○7月2日(金)

ザンクト・ヴォルフガングSankt Wolfgangまでせっかくやって来たんですから。
それにこんなに良いお天気なんだから・・これに乗らない訳はないkおばちゃんです。

そうkおばちゃんのお目当てはシャーフベルク(登山)鉄道schafbergbahnです。
シャーフベルクSchafbergを1782mの高さまで、列車で上ります。これはkおばちゃんのお初の体験です。
愚図なkおばちゃんは一番最終列車になってしまいました。
16:00→16:45で上って17:10→17:50で湖畔まで戻ってくるのです。滞在時間が短いですね。


切符売り場で『呉々も乗り遅れないように。これが最終ですから!!』と念をおされました。

時間になると改札が開き・・売店にいたおにいちゃんがカメラで乗客を撮影です。きっと降りてくるときプリントアウトされてるんでようね。5ユーロくらいかな??


この列車に乗ります。確か2両連結だったと思います。この機関車で押して上がるようです。


傍らに止まっているこの列車は・・今日は出番がないみたいですね。


kおばちゃんは・・最前列の席に座ることにしました眺めがいいですからね。


定刻に出発した列車は村の中を上り始めます。

最初はなだらかな上りですね

傾き修正をかけるとこんな感じの画像なので・・上り具合がわかりますかね?


眼下に湖が見えてきました。さっきまで湖畔にいたヴォルフガング湖です。


途中の『駅』でしょうか?複線になるようですね。


お!しかも列車行き違いです。


係員がポイントの切り代りを目視ですかね?


対抗列車の機関車です。


お客さん達です。さようならーーー!


列車は益々上って行きます。車窓の景色が・・変わってきましたね。


周りの景色も・・・・ほらこんな景色に!!随分と上ってきましたね。


おや?トンネル??でしょうか

落石を避けるためのものかもしれませんね。

お!出口です。まぶしい!!

トンネルを抜けると・・駅?でしょうか?随分近代的な建物が見えてきました。


列車のスピードも落ちてきました。到着ですね。

たった5.85 kmの旅ですが、右に左に眼下に見える美しい景色にkおばちゃんを含めたお客さんは大興奮!!です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

軽めの昼食(ザンクト・ボルフガング)

2010-11-04 18:17:40 | オーストリア
休み明けの今日は・・どうしても感覚が月曜日。困ってしまう。

本格的な寒さを前に、オフィスの空調機を交換したのだけれど、音の静かなこと。一体何年前の物を使ってたんでしょうね。

昼間はお天気で悔しいほど。まあ後一日がんばればまたお休みです。
それにしても・・今度もお休みも忙しいのよね。しかも通勤日以上の早起きを毎朝するって。。。

○7月2日(金)

ザンクト・ヴォルフガングSankt Wolfgangの観光をまだ続けようと言うkおばちゃんです。
でもちゃんと目的はあるんです。

その目的地はこの教会の側ではないようで・・またまたヒュンダイ君で移動です。
目的地はナビ様もよくわかたっていないので・・とりあえずは目視。ヘッドボードとか道案内をたよりに・・辿り着きました。

丁度その側に臨時駐車場があったのでヒュンダイ君はそこにお休みです。
しかし・・駐車料金の設定が『1日』が最低です。時間料金はありません。あんまり高くないから良いけど・・

位置関係としてはさっきの教会の塔がこんな感じで見えます。


早速目的のチェックです。あら、まだ時間がありますね。
お昼はとっくの昔に過ぎた時間帯。でも、少々お腹が空きました。何か食べたいな・・と湖畔に向います。

丁度遊覧船が出発して行きました。いいな・・


あまりの暑さにワンコも水浴びです。気持ち良さそ・・


湖畔のカフェがありましたが・・全然商売っ気がないというか働く気がないのがありありで辞めました。

そうそうこんな石碑がありました。

これは・・ラルフ・ベナツキーRalph Benatzky氏のものです。彼はここザンクト・ヴォルフガングを舞台にしたオペレッタの作曲で有名ですね。
その名も『白馬亭にてIm weißen Rößl』。kおばちゃんは残念ながらみたことはありませんけど・・

結局、軽食は湖から少し入ったところでとることにしました。パラソルがありがたいです。


メニューはこんな感じでありました。


kおばちゃんの選択は・・また一つ覚えのグヤーシュとパンです。


このカフェはkおばちゃんの目的のお膝元です。kおばちゃんの目的はこんなこんなものと関係あります。


これを見ると・・ほとんどバレバレですね。


あれかな?kおばちゃんの乗るのはということです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

湖を眺めて(ザンクト・ヴォルフガング)

2010-11-03 23:59:15 | オーストリア
今日はなんにも予定のない一日。だけど、いろいろと生きていると御用はあるのよね。
お天気もまあまあだったし・・

溜まった新聞を処分しながら、最近全然読んでいないのでただの『新聞紙』になってしまっている。もうそろそろとるのやめようかな・・と改めて思う。
だって、新聞と広告に分ける作業だけでも結構な労力です。

お布団干しは野良ちゃんと場所の奪い合い。ごめんね。でもたまにしか干せないので今日はごめんね・・と干しました。

あ、米国の選挙の結果、当然といえば当選かもしれないけど、kおばちゃん的には『不満を反対勢力の票に入れる』というのはいかがなものかと思います。
この前のわが国の選挙がそうだったのですが、米国よおまえもか・・と思うしだいでありました。

○7月2日(金)

マーラーの心の師のブルックナーのお参りをすませて・・さてさて、今晩のお宿のむかいますかね・・。


とヒュンダイ君を発車させたのですが・・まだお昼も頂いてないし、このまま向かってもね・・と思い直し、目的地を変更です。
さよならざんくと・フローリアンです。


村を抜けるとなだらかな丘陵地帯です。


その昔ザンクト・フローリアンを訪問した時、リンツからのバスの車窓からみた風景を思い出しました。
でもこの風景は直ぐに終わって・・また高速に入りました。Vignetteは購入済みなので安心して走れます。

しばらく走るとナビ様は高速を降りろとのお告げ・・しかしこの出口。混んでいる・・渋滞しています。
何で??と思ったら自分の順番近くになったらやっと訳がわかりました。
kおばちゃんを含めて高速を出るとクロスしている一般道を左折する車ばかり。で、ここは信号機がないので、右から直進してくる車の間を縫って左折しなきゃいけない構造なんです。で、その順番待ちをしている車の中には大きなトレーラーもいて、十分な車間がないと曲がりきれません。

つまり、左折待ち渋滞でした。

やっとこさ左折して・・しばらくまた走ると右前方に飛び込んできた景色はこれです。


思わず車内で一人で『ワォー!!湖だ!!』と騒ぐkおばちゃん。


やっと夏休みらしい景色になってきました。これはモント湖ですね。kおばちゃんも湖を目指してはいますがここじゃありません。

ここからまた丘を越えてゆきます。


目指していたのはザンクト・ヴォルフガングSankt Wolfgangというところです。
ここはウォルフガング湖Wolfgangseeの湖畔の中心地。ここもかつてkおばちゃん若かりし日にきたことがある・・はずです。

でも、その時は自力で着たわけではないので、記憶が曖昧です。
とりあえずはヒュンダイ君をどこかに止めないと・・ナビ様は集落のど真ん中に連れていってくださいましたけど。

ふと見ると、銀行の前に駐車スペースが・・どうやら20分ほどは駐車可能のようです。
備え付けの時刻表示器?をセットして・・ざざっと観光してみましょう。

たいしか有名な教会があったはず、とヒュンダイ君を降りたとたん日本語の洪水が・・
丁度、ツアーの皆様がお通りだったようです。ああ、ここザルツカンマーグート地方Salzkammergutは日本人に大人気の観光地ですもんね。

とりあえず目の前にあるザンクト・ヴォルフガング巡礼教会Pfarrkirche St. Wolfgangに・・

内部は撮影できませんでした。
でも、道路に面しているところと反対側は・・湖に面しています。


文化遺産だそうでが、実はkおばちゃん勘違いしてました。

この教会があの『サウンド・オブ・ミュージック』の撮影に使われた教会と思っていたのですが、違いますね。姿をみてい『あ、間違えた!』と思いましたけど・・まあいいや。
湖畔の教会はモント湖のほうでしたね。お粗末様。まあkおばちゃんの適当なたびですから・・・お許しを。

でもこのザンクト・ヴォルフガングSankt Wolfgangは気持ちのよい村です。
歴史もある場所でこの噴水は巡礼者の噴水Pilgerbrunnenで1515年に作られたそうです。

お花も美しいし良いお天気です

そうだ、あそこに行ってみよう!!


と、またまた思いついちゃったkおばちゃんです。どうなることやら・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は何の日?(ザンクト・フローリアン)

2010-11-02 22:32:17 | オーストリア
今日1日働けばまたお休み・・と思うと心が軽い。
特に何も予定が入っていない・・うれしい。

よく覗きにゆく旅行関係の掲示板で論争がおきている。
掲示板に『評価機能』がついたようであるからだ。ただしその評価の仕方が問題だとか。
正しい答えじゃなくても・・高評価が付いてしまうらしい。

kおばちゃんも、もし何も知らないで覗いたら・高評価がついている回答は『正しい』と判断してしまうだろうし、沢山の回答がついていたら・・高評価のついているものだけを拾い読みしちゃうだろうな。
もし、その回答が間違っていたら・・それはその掲示板を運営している団体も『正しい判断も出来ない団体』と判断すると思う。

慈善団体の運営だったら・・責任問題にもならないかもしれないが、その業界の会社が運営しているとなると・・正しい答えが高評価になっているに決まっていると思うからだ。
なんせ『プロ』の集団だとおもいますからね。

kおばちゃんのように斜め読みする(読み飛ばす)癖のある人にも指針になるような評価なら良いけど、そうじゃなければ・・なんだか惑わされちゃうなとおもうのであります。

まあ、会社の方針だから仕方ないですね。
いやなら読むなということでしょうね。

○7月2日(金)

さて、ブルックナーJosef Anton Bruckner のお墓を一応お参りして・・そうそう、この修道院にはブルックナー自身が弾いていたというオルガンがあるのよね・・とお堂の中を見学することにしました。

彼は13才の時に父を亡くし、この教会の学校に入れられた?そうで、その後ここで教職についたりしていたようです。
そして彼の代名詞でもある『オルガン』はこの修道院(音楽学校)でも学んだのでしょう。
1845~1855年の間にはここの教会のオルガニストも勤めていたようです。(違うか?)

おりしもお堂では結婚式があったのか・・・これからあるのか・・
お花で飾られています。

天井画の美しいこと!!

冒頭の画像は祭壇です。ここもお花が飾られてます。

祭壇の両脇にオルガンがあります。

ブルックナーのオルガンは、このオルガンじゃありません。


このオルガンについている天使は・・昨日のクトナー・ホラの骸骨を抱えていた天使と大違いです。


やっぱり天使はこうじゃなきゃね。

天国にあこがれませんよね。

本物のブルックナーオルガンは祭壇と反対側の入り口(閉まっています)の上、したがってブルックナーのお墓の上にあります。

美しいオルガンですね。1774年に建てられたというからもちろんブルックナーが弾いたものです。


1996年に再建されたというから・・kおばちゃんが前に見たときよりはきれいになっているのですね。

こちらは脇の聖堂にあったオルガンです。

こちらのお堂は小さいけど落ち着きます。

お祈りするならこちらのほうが、ゆったりと対話できるような気がしました。
入り口の鉄の扉も素敵です。ユーゲント・シュティール風でしょ?


大聖堂のほうだったか・・こちらのお堂のほうだったか肝心なことを覚えていないのですが、
こんなものを見ました。

kおばちゃんが想像するには、この教会の信者さん(お寺でいえば檀家さん)で、この日になくなった人・・ということだとおもいます。
kおばちゃんが撮影したのは7月3日分ですけど・・あまりにも対照的なお二人だったので。

故人を偲ぶには良い方法じゃないかと思いました。
kおばちゃんのような見ず知らずの人間でも、彼らの心の平安をお祈りすることができます。

このお二人はいったいどんな人生を送ったのでしょうね?想像力の虫が騒ぎました。
現在は、光の国で心安らかに過ごされていることとおもいます。

お堂の外にはこのような墓地もありました。


この修道院はとても広いので、本格的に見学するには半日はかかるんじゃないでしょうか。


オルガンのコンサートもありますが、たしか2時半から?kおばちゃんにはそれを待つ時間がありませんでした。

コンサートの予定もあるようです

さあ、駆け足のブルックナー詣ではおしまいです。
次の目的地は・・やっぱりあそこにしようかな・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マーラーの師をお参り(ザンクト・フローリアン)

2010-11-01 19:21:41 | オーストリア
今日はというか夕べはすごい雨と遠雷でなんだか夜中に悪い夢を見た。
その夢の中味は・・いつもの通りあわてて用意をして旅行に出たのだが・・なんとお金をおろすのを忘れて『お金がない!!』状態。
カードをつかって過ごそうと思うのだが、カードも使えないような所が多くてもちろん現金化もできない。困った困った・・とうなされてました。

現実にならないように注意しないとね。

それにしても、わが国は完全に外交でなめられましたね。
この時期に北方訪問されちゃうなんて。いかに外交機能が動いていないか。政治主導で責任持ってやってもらいたいもんです。

引きつった笑顔のk首相を見るたびに、今までのk首相の人生の結果がこれですか?
人を踏みつけにすると言うことは人に踏みつけにされるんですよ。と言ってやりたくなる意地悪なkおばちゃんです。

○7月2日(金)

バート・レオンフェルデンBad Leonfeldenのホテルの窓から・・長閑な風景を眺めて・・さあ出発です。


そうそう、このホテルリゾートホテルだからでしょうか?スタッフの数はそんなにいません。
ベルボーイなんかいません。で、大活躍するのがこの空港でよく見かける物体です。


これにスーツケースを乗っけて・・自分で荷物を運びます。

チェックアウトをして領収書を受け取ったら・あらら、kおばちゃんMRになってます。あのーー一応女性なんですけど・・でチェックインの時に『訂正してね』って言ったのですが・・
一人でこんなお宿に来る人はいないのでしょうかね?

まあ、とにかく無事に出発です。
今日の目的地というか宿泊地はここから直接行くと1時間半でついてしまいます。


お昼過ぎには到着してしまうので、寄り道をすることにしまいした。で、寄り道の先はここです。


ザンクト・フローリアンSt.Florianです。この地はその名前が示すとおり修道院で有名な地です。
聖フロリアヌス(Florian von Lorch)を祭って建てられたといわれているそうです。
聖フロリアヌス=ザンクト・フローリアンSt.Florianですね。彼は殉教者であるとともに、煙突掃除人と消防士、石けんの釜炊き人の守護聖人だそうです。

実はこの修道院を訪れるのは・・kおばちゃん2回目です。最初は・・かかりし日です。そうそう、ここです。


『Markt Sankt Florian』というのはこの村の名称でしょうか?


この村を有名にしているは、その名の通り修道院です。


で、この修道院を有名にしているのは作曲家ブルックナーAnton Brucknerです。
かれはこの村からそう遠くないAnsfeldenの村で生まれ、この修道院で15歳から過ごしたそうです。

ブルックナーは1896年10月11日にウイーンでなくなっていますが、お墓はこちらにあります。

教会の正面入り口の直ぐ下です。

で、直ぐ下・・といったのはこの下のお堂?に彼の棺が安置されているのですが、ガイドツアーじゃないと見学できないようで、しかも10人いないと・・こんな日は訪れる人も殆ど降りませんので見学できませんでした。

お仲間に言わせると『黄金に輝いてる』とかいってましたけど。
まあ、それほどブルックナーに陶酔してる訳でも無いですしね。今回もご縁がありませんでした。

で、今回の旅行のテーマ??マーラー氏とどう関係するかというと、彼より少し先を生きていたブルックナーを心の師にしていたようです。

ブルックナーに認めてもらえたかどうか・・は微妙な按配みたいですけどね。
ということで、一応通過するルート『脇』にこの地があったので表敬訪問した次第であります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする