パソコンが御機嫌斜めで、「インターネット表示が出きません」の画面が出るばかり。
私なりに、いろいろ工夫しましたがお手上げ状態でした。
ところが、今(7時半)に、何故か突然つながりました。
今日の投稿は、NTTのリモートセンターにご相談し、修復後と思っていましたが、思ったより早く投稿できることに。
家事の予定もあるので、推敲は簡単にします。
お読み苦しい点は、お許しくださいね。
爽やかな澄んだ青空が仰げる秋も、日増しに深まってきました。
初秋のころは、酷暑から抜け出られた安堵と喜びで、ほっとしたものですが・・・・・・。
秋が深まると、今度は厳しい冬を心配してしまう私がいます。
夏以上に、冬は苦手ですから。
でも一方では、この季節のメリハリが、我が国の素晴らしい風土であることに、思いを致します。
それぞれの季節の趣を、五感でフルに感じながら、充実した日々を送りたいものですね。
私の夫は、ロマンチストではなくクールな人だから、私の感性は恐らく理解できないでしょう。
そうでもないかなぁ~
婚約中に、夫の下宿先を訪ねたとき、自筆で書いたワーズワースの詩が壁に貼り付けてありましたもの。
夫に限らず、男性には現実主義あるいは合理主義の方が多いのでは。
ですから、闘病生活になると、なんだかちょっと可哀想。
往時のプライドが邪魔をして、惨めさが一層募り、心を遊ばせる心の余裕がなくなってしまうのかもしれません。
ゆえに、イライラが高じて、時に周りの人に当たってしまう。
以前にも記事にしたことがありますが、母が長期にわたって入院していたころ、私と妹で午前と午後に分け、交代で母の世話をしていました。
連絡を兼ねて、母の様子を綴った交換日記も付けていました
かなり長い時間、病室にいましたから、看護師さんたちとも結構親しくなった私たちです。
「今日は半夜勤ですか?」と冗談を言われたり、と。
今でも、数名の看護師さんのお顔のみならず、声まで鮮明に思い出されます。
その看護師さんたちのお一人が、私たちに、次のように述べられました。
「患者さんとして我儘なのは、男性の方です。
特に企業の管理職で威張っていた人ほど、我儘になる傾向がありますよ」
と。
そう言えば、私の父も、看護師さんに時々つらく当たっていたようです。
父の対応に苦慮している方が一人いらっしゃいました。
私は申し訳なくて仕方ありませんでしたが。
自宅に戻ってからの父は、忍耐強い態度で病気と向き合い、私に我儘を余り言う人ではありませんでした。
もちろん機嫌は良くなくて、些細なことでイライラしていましたけれどね。
旦那さまに似ているところも多々あったように思います。
私はまだ五十半ば。
娘たちは大学を卒業し、社会人になったばかりの頃の同居です
両親揃って寝たきりになった期間もあり、その大変さは相当なものでしたが・・・・・・。
そのころの私は、母親としてやるべきことも多く、体と心の半分はそちらに向けざるを得ませんでした
もっともっと両親の世話に時間をかけてあげるべきだった、との後悔で、今も時に心が疼きます。
その点、旦那さまの介護の方が私は時間を十分当てることができています。
それにもかかわらず、旦那さまは不機嫌なことが多くて、私は、時に悲しくなり、心が落ち込みそうになることも。
ありがとうの一言さえ言ってもらえず、時に冷たい言葉が返ってくる。
泣きたい心境になったことも度々です。
そのような時、母の看護をしてくださった看護師さんの言葉を、また思い出します。
「男性の患者さんの方が我儘、特に管理職で威張っていた人の我儘が顕著」
旦那さまは、威張る人ではなかったようですけれどね。
先日、ロサンゼルス滞在中、家族ぐるみで大変親しくしていた会社の同僚のNさんからお見舞いの電話をいただきました。
その時、このお話をしたところ、
「~さんは、威張る人ではありませんでしたよ」
といわれました。
その通りだと思います。
未だに、部下だった人たち(退職後、第二の職場の方々)が、夫にそのころの役職名で声を掛け、慕ってくださいます。
退職後も、役職名で呼ぶなんて、とても不自然な現象と私の目には映りますが、
「疲れないように小さな声で話しますから、お見舞いに行ってはいけませんか?」とのメールが、まだ現役で働く会社の方から最近届きました。
折角のお見舞いをすべて拒む姿勢に、夫はいまも変わりありません。
そういえば、この方、声が大きくて話し方もぶっきらぼう。
私は少々びっくりしたことがあり、その印象を、旦那さまにに述べた事がありました。
けれど、そのようなことは全く意に介さない様子。
私はそれを見て、部下から慕われる、さぞ懐の深い良い上司なのでは、と思ったものでした。
話がまた横道に。
時に旦那さまの我儘な態度に、私は気分を悪くすることがありますけれど・・・・・・。
Yさんは、とてもよく辛抱し、冷静に振る舞えている方なのかもしれません。
癌と向き合う闘病生活には、更に回復不能な目の難病があるからです。
幸いにも、失明は今のところ避けられ、家の中での移動には不自由はしていません。
けれど、大変な読書家、映画の鑑賞家でしたのに、今は二つとも愉しむことが一切できなくなってしまいました。
今の唯一の楽しみはラジオを聴くことです。
世紀の大誤審で、広島カープは日本シリーズのファイナル戦出場を逃してしまい、本当に残念。
旦那さまの気晴らしを少しでも増やしてあげたいと思い、今年のプロ野球開幕前に、スカパーと契約した我が家です。
画面は見えなくても、カープの試合の実況中継をすべて聞くことができます。
随分気晴らしになった事でしょう。
今後も、退屈することなく穏やかな日々が暮らせるように、いろいろ工夫をしてあげたいもの、と。
オーデイオブックなるものがあるようですね~
いま検討中ですがラジオを聴く気力もなくなってきている夫の様子を見て、心配が尽きません。
私の読み聞かせも、飽きてきている様子。(笑)
私は国語の勉強にもなり、毎日楽しみなひと時でしたのに・・・・・・。
「もういい」と、つれない反応で、がっかりです。
ご覧下さいまして有難うございました。
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花のように泉のように