遺影
人が亡くなった時には、必ず必要なものですが・・・・・・。
この言葉には切なく悲しいものがありますね。
葬儀で使用した祖先の遺影を、和室の欄間辺りに並べて飾っている光景を、娘時代、目にした記憶があります。
造り酒屋である母の実家がそうでした。
当主の名前は代々変わらないため、祖先を大切に思う気持ちは、一層強いのかもしれません。
普通のお宅でも、時に、見かける光景なのでしょう。
わが家では、お葬式で使用した両親の遺影などは、仏壇の下の小収納の中に納めたまま。
スナップ写真を葬儀屋さんに急遽依頼し、遺影写真用に作成してもらったものでしたが。
雰囲気が、元気な時の父母に似て非なるもの
髪形など、一部加工もされている感じで、愛着が全く持てず、長い期間、飾る気にはなれませんでした。
一方、夫の遺影はどうでしょう。
名の良く知れた大きなチェーン店の葬儀屋さんのお世話になりました。
長女の孫娘、さっちゃんの七五三の時に写真館で撮ってもらった記念写真の夫の顔を拡大し、それに当てました。
その遺影は、割と自然な写真に仕上がり、今では愛着が持て、大好きなものになっています。
けれど、出来上がった遺影を初めて見たときは、ちょっとがっかりしたのですよ。
あら、私がイメージしていたのとは違うって・・・・・・。
旦那さまがよく撮れている写真のように感じ、それを選んだのですが、少々選定を、私は間違えたようでしでした。
Yさんは、もっと美男子で、風格ある顔立ちだったのに、と。
迷った、もう一枚の方にすればよかった、と、その時はチョッピリ後悔したものです。
もう一枚の写真とは、下の画像です。
仕事にも脂がのり、一番元気なころでした。
9・11のテロ事件で崩れ去ったニューヨークの高層ビル上階のニューヨーク支店の職場で、半年の出張勤務を終え、5キロくらい太て帰国後に撮った写真でした。
写真からも、夫の暮らしの充実振りが伝わってくるようで、私が大好きな一枚です。
いつもお財布の中に、お守りのようにして、母の写真と一緒に入れています。
もう一枚、お気に入りの写真が。
けれど,これは葬儀後、次女が見せてくれたものなので、遺影にすることは不可能でした。
もし、知っていれば、おそらくこれを使用したに違いありません。
遺影にできなかったことを、返す返す残念に思ったものでした。
けれど、もしこの二枚のいずれかを遺影にしてたなら、今の写真のように親しみが持てたかどうかは疑問です。
余りに若すぎて、亡くなる前の数年の夫とは雰囲気が違いすぎますもの。
夫はもっと美男子だったな~と思い、チョッピリだけ不満な遺影ながら、次第に大好きになっていった訳は。
よそ行きのかしこまった顔ではなく、生活のにおいがする多少ゆるんだ顔のせいか、百面相をしてくれるのです。
私の心がとても充実し、生き生きしているときに、その遺影の前に立つと、夫まで笑っているように見えるのです。
一方、沈んだ心持で見ると、なんだか旦那様も心配そうな顔つきをしているように感じられて・・・・・・。
この大好きな遺影を、今は仏間の和室から、私が1日の大半を過ごすファミリールームに移動しています。
毎日、夫に見つめられているようで、とても心強い気持ちになれます。
この部屋に移されて大満足なのか、その夫の顔までが、一層御機嫌に見えてしまうのですよね。
小さな額に入った同様の写真も、いつもテーブルの上に置いています。
数年前あたりから、元気なうちに、自分が亡くなった際の遺影の写真を自らで選んで用意しておきたい、と常々思ってはいるのですが。
なかなか実行に移せなくて。
そういえば、母の姉に当たる伯母は、60代のころから、額縁におさめた自分の遺影を用意して、お部屋に飾っていました。
葬儀に出かけた際の思い出として、祭壇の中央に飾られた写真の印象は心深く刻まれるものですね。
ここ5~6年の間に、大切な友を、二人も失った私ですが。
Uさんの遺影は、彼女らしい笑顔で、それはそれは素敵なものでした。
一方、高校時代の親友だったKさんの遺影は、とても優雅で美しかったKさんとは、随分イメージが掛け離れたものでした。
もしかすると、夫の遺影にも、チョッピリ違和感を抱かれた弔問客の方達が、いらしたかもしれません。
けれど、普段の顔をして、私の心模様で色々表情を変えてくれる、この写真が今、私は大好きです。
相変わらずのようですので、下の記事をまた載せることにしました。
妹とは、共通の思いを確認し合いました。
亡き夫にも、よくそう注意されたものでした。
私たち姉妹のことについて、あまりに事実と異なる事が、一部の方によって書かれています。
抗議したいことは、山ほどあります。けれども、言い返しても虚しいだけ。
双方とも、理解し合うことは、無理です。
姉妹ともに辛いことですが、何を言われてもスルーを通し、
これからも一切反論しないことにしました。
前を向いて、余生を大切に過ごしてまいります。
今後とも、私どものブログを、どうぞ宜しくお願い致します。
過去の経緯の記事は、カテゴリー、ブログ2にまとめて、十数記事に過ぎませんがすべて載せました。
一両日、迷い悩み抜きましたが、当時の記述に目を通していただくのが、
一番わかりやすいと思いましたので。
Mさんのお言葉を拝借するなら、「経緯を間違いなく把握」していただくためにも。
いずれの文章もほとんど、生々しい状況の時に書いたものです。
hanaさんの件は、今見たところ、妹だと断定したKさんの文章は取り消されているようです。
そのため、表現を少し変えます。
未明のhanaさんが、妹だと思われている節がありますが、妹ではないことを断言します。
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花のように泉のように