今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

命日に当たり夫への想い 

2019-12-22 07:04:53 | 家族

また夫の命日が巡ってきました。

12月14日のことです。

書いた順番に投稿していますので、私の記事の内容はいつもリアルタイムではありません。

ご了承くださいね。

 

一昨年に三回忌を郷里の菩提寺で済ませ、ホテルで一泊。

妹と私、娘と孫たちで、水入らずのひと時を過ごしたものでした。

夫との想い出を懐かしみながら・・・。

翌日は京都に寄り、嵐山と天竜寺を観光して帰京。

 

嵐山は、父と母の新婚旅行先。

懐かしい写真がたまたま手元にありますので、載せることに致します。

 

 

両親は、私の夫をもしかすると、私には過ぎた人と思うくらいに気に入っていたのかもしれません。

私がたまに夫の愚痴を言っても、いつも夫の味方。

私の気持ちを理解してくれようとはしませんでしたもの。

終生、その態度は変わらなかった母。

 

その気持ちは、夫にも通じていたのでしょう。

母の葬儀後,夫が挨拶をしましたが、いつもはとても冷静な人ですのに、一瞬涙声になり声を詰まらせていました。

それに気が付いた私は、何だか胸が一杯になったものです。

去年は、その両親の十三回忌でもありました。

 

 

 次女が供花用として届けてくれたお花です。

 

大切な人たちを失い、歳月は巡り、今ではすっかり元気を取り戻し、変わりない日常を淡々と送っている私ですが・・・。

夫、両親への感謝の気持ちを忘れたことはありません。

毎朝、お位牌の前で、声を出して、私はその厚い想いを伝えるようにしています。

 

命日には、次女は都合が悪くてこれませんでしたが、長女はパパが好物だったにぎりずしと美味しい和菓子持参で来てくれました。

楽しい私達の語らいのひと時を見て、夫も、喜んでくれたに違いありません。

次女は、翌日来訪。

次女の長男のK君も夕食を私と共にしてくれました。

おじいちゃんが亡くなり、一番泣いたのがK君です。

パパが単身赴任の間、数年間同居した私達。

さほど遠くない、その時代の良き想い出が、いっぱいあったからでしょう。

 

一人で突然の来訪だったので、私用の夕食を振る舞っただけです。
中2で文武両道のKですが、凄い食欲にびっくり。
私が翌日用に取っておいたお肉も食べられてしまい、嬉しい悲鳴を上げました。

 

最後に、今のパソコンのデスクトップの画像を載させていただきますね。

とても太っていて、こんな体格のいいYさんは束の間のことでしたが。

いつも私に優しい顔で微笑みかけているようで、大好きな写真なんです。

 

確かこの少し前、夫はニューヨーク支店に半年間出張し、帰国後間もない時のものだと思います。

5~6キロ肥えて帰ってきたのですよ。

毎日、美味しいご馳走を振る舞ってもらっていたのでしょうか。

その職場は、数年後の同時多発テロで多くの犠牲者を出した貿易センタービルの最上階近くにありました。

会社の多くの方が犠牲になり、その場所を知る夫の気持ちはいかばかりだったでしょう。

 

 

一緒に移っている次女とは香港で落ち合っています。

次女は、会社からハノイ大学留学の辞令が出て、二年後から、ホーチミン支店で働いていました。

そして、夫と同時期に娘もホーチミンから、香港に出張に。

そんな偶然から生まれた、香港における想い出深い写真です。

夫のこんなに穏やかで幸せそうな顔を見たことが、私はありません。

余程嬉しかったのでしょう。

 

デスクトップを立ち上げると、まずこの主人がお出まし。

今は、夫が「頑張れよ」と言って、私に微笑みかけてくれているようで、私はとても元気が出ます。

少し前までは、婚約時代のデート写真でしたが、この写真が一番好きになりました。

 

夫が亡くなって、もう4年の歳月が流れました。

今では、すっかり逞しくなった私を見て、Yさんも安心してくれているに違いありません。

 

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花のように泉のように

 

 


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