普通な生活 普通な人々

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東電の体質は、この世からなくなるまで変わらない。

2013-08-08 00:39:32 | 普通な人々<的>な
汚染水の垂れ流しの実態が徐々に明らかになり、東電の企業としての悪しき体質が、さらに鮮明になりつつある今日この頃。

政府も最早東電にことの収束を委ね、任せておくことが危険であると漸く理解したのか、どうやらどこかのタイミングで、ことの収束を政府の手で行うことにしたようだ。

世界が危惧する放射能による海洋汚染は、実のところ「あの日」以来、ずっとなんらの対策もされず続いている。

2020年に「オリンピック開催を!」と元気に叫び続けて行きたいところだが、政情不安や経済不安などは原発事故による放射能汚染の前では、そう大した問題でもなく、オリンピックの東京開催は、夢のまた夢ということになりそうな気配も出てきた。

そんな表立ったことだけではなく、最近の日本での、これまでには見たことも聞いたこともないような犯罪に顕著な、人々の心の荒廃もまた、福島第一原発事故に収斂する。

結局、福島第一原発事故での東電のやること成すことすべてが招き寄せた、日本国、日本国民ばかりでなく世界規模で地球が被った損害は、やれ○○兆円などといった単位ですむわけもなく、仏教的数の概念でいえば「無量、大数」という宇宙の大きさに匹敵するほどのもの。

そのことに思いの至らない東電は、無くなる運命というよりは、無くならなければならないものというほかはない。

それでもまだ、企業として「儲かる」だの「損失」だのと言っているようであれば、東電は国民の合意として瞬殺すべきなのではなかろうか。