心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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囲碁好き

2018年01月20日 | ほんのすこし
亡くなった父は囲碁が好きでした。
父の好きなことは野球観戦もありました。キノコや山菜採りなど、アウトドアではありましたが、インドアではダントツ囲碁でした。いつから囲碁好きになったのかは定かではありませんが、記憶の中ではわたしが子供の頃から碁盤を前にして一人指している父の姿が目に浮かびます。
碁盤は作ってもらったものだとか。今は誰も使わないのでずっと奥にしまわれていますが、父としては誰かに使ってもらいたいと思っているのかもしれません。
父は子供に囲碁好きになってほしかったのでしょうけど、わたしも弟も全然その世界とは無縁のまま過ぎてしまいました。一度、父に教えてもらったことがありましたが、少しも頭に入ってこなくて一体これのどこが面白いのだろうと思ったものです。
母は父が食道がんの手術後、療養していた頃に父の気持ちを紛らわせように囲碁を教えてもらったようです。母の方が父の相手としてはわたしよりずっと頼もしかったようです。

そんな父がもっぱら囲碁の活動場所として選んだのは市内の囲碁クラブや老人憩いの家での碁会など。県内開催のブロックごとのチーム対戦などもありました。
家には父がもらったトロフィーや賞状が沢山飾られていて、心の中で「へぇ~、父さんなかなかやるじゃないの」と思っていたものです。
父が亡くなって、母とふたり色々片付けました。しばらく飾っていた賞状の類いは母のベッドがその下にあるということで震災後天井から落ちてきたら大変だと、母自身が取り外すことを決めました。
今では父が活躍したという証は棚に飾っているトロフィーと画像の盾です。

協会から頂いた4段だという証の盾。
地域の大会で勝つと7段とかの賞状をもらっていたりしたのですが、父はこの盾が一番自分を評価したものだと思っていたようです。
父に囲碁の醍醐味ってどこ? と聞いたことがあります。
「何十手も先を読み解く面白さだよ」と答えました。ふ~ん、そうなのか・・・ それが父の人生や人間を見る目に関係しているのかな、なんても思っていました。

掃除をしていて目についた盾。
父が誇らしげに見ていた盾。
いつも物静かで荒げた声を出したことのない父の柔和な顔が盾の上に重なって見えました。
古くなった碁盤は埃をかぶっているだろうね。
出してきて母とやってみようかなとふと思ったわたしです。