衣通郎媛の名を聞きだした天皇はと申すと、書紀には
”天皇之志<スメラミコトノ ミココロザシ>存于衣通郎姬<ソトホリノイラツメニ カケタマヘリ>”
と書かれております。天皇の志<ココロザシ>ですから、その時、早くも、その思いは完全に衣通郎姬のことばかりで、皇后の事なんかは蚊帳の外です。そして
”故强皇后而令進<カレ キサキヲ シイリテ タテマツラシム>”
「早く早く、今、あなたが言われたその衣通郎媛をここへ連れて来なさい」
と、皇后に命令、強要されるのです。それが「令進」です。それに対しての皇后のお気持ちはというと
”皇后知之、<キサキ シロシメシテ>”
そのように「早く早く」と、せかして言われることを皇后はお聞きになって
”不輙言禮事<タヤスカラズモ イヤゴトヲ モウサク>”
「輙」は<タヤスク>と読まして、「たやすく。無造作に」という意味で、たやすく無造作ではなく何か大変不機嫌そうに言われます。「禮事」は舞いを舞った後の当時の習わしに従っていった言葉を意味します。
この2字「不輙」から、皇后の致し方なくいやいやに言われたその時の苦り切ったへの字に曲げた口が、また、下にうつむいたまま何か恨めしそうな顔の表情が目に浮かぶようです。
そんな皇后の顔などどこ吹く風のごとくの天皇です。それが”爰天皇歡喜、則明日遣使者喚弟姬”です