天皇は、その妻「稚媛」のことはおくびにも出さず、田狭に命令を下します。“拝田狭為任那司”と。
その時の様子を、もし、映画などで撮ろうとすれば、天皇役にされた俳優さんはどのような表情をすればと、随分と悩むと思います。
「我が策略は着々と進みおる。もう日本一の美女の媛は吾手中に有る」
と。でも、その顔は何処までの真剣で、
「この任務はお前しかできない。今、わが国の存亡の危機に至っているのだ。どうぞ存分にこの任務を果たしてほしいのだ。宜しく頼む。」
とか、何とか言ったはずです。心と顔が違うのです。表面では真剣な国を愁う溢れんばかりに云います。でも、その心はまる反対の。淫らな動物的本能丸出しのが心の奥底には隠れていなくてはいけません。この二つの心が入り交じった表情が必要なのです。時間的にはそんなに長くはないのですが、天皇は、随分と、長い時間で有ったように後からきっとてんのうはおもったにちがいありません。その表情となると大変難しげな表現が要求されるはずです。
この時の天皇の表情を「日本書紀」は
“拝”
と云う、たった一字を使って言い表わして、。<コトヨサシム>と読ましております。此の言葉に接して、日本人の言語使用能力の高さを感じずにはおれません。