「この寺の方丈に坐して簾を捲ば風景一眼の中に尽て・・・」と書かれたこの部分は、「奥の細道」の中で、私の特に好きな所です。芭蕉は、この部分を書く時、あの「香炉峰の雪、いかならむ・・・・、御簾を高く揚げたれば」の古事が、きっと、頭を横切ったのではないかと想像されるのですが、それを遥かに超えた雄大でかつ細微に、そこから見える風景を書き表わしております。清少納言は、ただ「香炉峰」だけを眺めるために御簾を揚げたのですが、芭蕉のそれは、坐した場所から東西南北の総ての方向が眺めることができ所だったのです。そこから見える風景を贅を尽した文章で書き表しております。そなん場所は「方丈」でなくてはならないのです。壁などの視界をさえぎる物が何もない東も西も総てが見通せる処に坐して、周りの風景に圧倒されそうになりながら、技巧をこらして何回も推敲に推敲を重ねた末に書き上げたのではなく、そこから見たままを、一回で、すらすらと、書き上げたのではないかと、私は考えております????
なお、この中で芭蕉は “その陰うつりて” と書いていますが、蓑笠庵は
“陰ハ影の字の書誤りなるべし”
としています。この書誤りからも芭蕉の一気呵成が分かるような気がしますが????。それを写真で(自筆本)
読みやすいように書いておきますので読んでみてください。
“・・・簾を捲けば風景一眼の中に尽して南に鳥海天をさヽへ其陰うつりて江に有西ハむやむやの関路をかきり東に堤を築て秋田に
かよふ道遥ニ海北にかまへて波打入るヽ処を汐こしという・・・・・”
と、何処に句読点を打てばよいかも考える暇も与えないかのように、その景色を見事にまで捕えて書き綴っております。寺の方丈に坐して、そこから見まわした東西南北を、時を同じゅうしたその瞬間瞬間の折々を、芭蕉の見事な捉え方によって、即興的に言葉にしたのがこの文章ではないでしょうか。その時々の心意気が伝わってくるようではありませんか???どうでしょうか。松島と比べて読んで見てください。