あき子先生の命の輝き
■入院中も藍染創作
半年前、久しぶりにお会いしたあき子先生の顔色は土色でした。ガンが再々発して、入院していて、退院したばかりだというのです。食事がまだうまく喉を通らず、唾液も出にくいと言いながら、明るい表情は昔のままでした。
「以前、学級運営が大変なとき、先生の話を聞かせていただき、元気をもらい感謝しています。そんな思いでこれ作ったので、もらってください」と言って、差し出されたのは、藍染の美しいのれんでした。手の込んだ花をかたどった模様も美しく、大好きな藍染に心が吸い寄せられました。プロ並みの作品で、闘病しながらこんなことをされていたのかと驚いたことでした。制作ノートを見せていただき、またまたびっくり。
思わず「個展をやりましょう」と言葉が飛び出しました。いや個展なんてとんでもないととり合わなかったのですが、友人と二人で何とか個展を実現させようと日程も会場も段取りしてしまいました。
あれから半年、あき子先生は、黙々と大好きな染め物に一層熱中し、たくさんの作品を創り上げていきました。いえ、驚いたことに一番の大作は(ぱっと見たら油絵かと思う風景の作品で、染めを十数回重ねたと言います)何と入院中、外泊時に病院を出て染色の作業に打ち込んで創り上げたと言うのです。
この熱意、根気、創造力はいったいどこから生まれるのでしょうか。あき子先生の命の輝きが結晶したとしか言いようがありません。
この半年、彼女の顔色はどんどん変わっていきました。顔に艶も出て、元気な時のあき子先生に回復していくのです。人間の命の不思議さとたくましさに脱帽です。
■笑顔の花咲く個展
そんな個展が先日3日間開催され、足の踏み場がないほど大勢の人がかけつけてくださいました。
彼女は病欠をとって闘病し、ずっと働き続けてきました。ご病気になる前は組合の書記長もして、教職員の要になって、仲間たちの力になってくれました。そんなあき子先生ですから、たくさんの仲間たちが懐かしい顔を見せてくださったのです。会場は、おしゃべりと笑顔の花でいっぱいになりました。
そこで私は思ったのです。「この人たちはあき子先生の激励に来たのではなく、ご自分が彼女に元気をもらいにやって来たんだなあと。鬱病と闘っている人、お子さんがひきこもりで親子で格闘している人、大変な現場で命を削る思いでがんばっている現職の先生方が、ここでひと息ついて彼女にもらった元気で、また明日に向かおうとしているのだと。
会場のコーナーに、ひときわ目立つ大きな花束が飾られていました。聞くと、主治医の先生から届けられたというのです。
■主治医からのメッセージ
その花束にこんなメッセージが添えられてありました。
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この個展があなたにとってどれほど大きな意味を持つかは、私なりに理解しているつもりです。診療室で流された涙の意味も。我々医師は、患者様を助けているようですが、実は逆に助けられているのです。一生懸命治療しても、勝てない病は確かにあります。やりきれない気持ちに苛まれることもあります。立ち向かって強い治療をするのも患者様の協力あってこそです。最後に患者様からいただく笑顔や「ありがとう」のたった一言で、これからも強敵と戦おうと思えます。
あなたはこれまでどれだけ苦しい治療にも、決して弱音を吐かずに、あらゆることをポジティブに捉え、私を信頼し続けてくださいました。旦那さまも、ご本人を信じておられるのがひしひしと伝わりました。これらの努力の結果の一つがこの個展でしょう。私の受け持ちの患者である前に、一人の人間として非常に尊敬しております。
短い私の医者人生で、最も私を救ってくださった方へ 内科医より
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人間の真実の言葉の重みをかみしめています。
あき子先生、来年、2回目の個展をやりますからね、また、作品たくさん創ってくださいね。
(とさ・いくこ 和歌山大学講師・大阪大学講師)