「なんだって、家庭訪問をなくすって?!」。先日の新聞にも、教師も忙しいから家庭訪問をなくすという動きが出ているし(すでにやっていない地域もある)、親の方も、休みがとりにくいし、家の中を見られるのもイヤだから「来てほしくない」という声が広がっていると。
家庭訪問ほど、子どもを知る絶好のチャンスはないし、親と仲良くなるこれほどいい機会もないというのに、何ということだと怒っています。
親や子どもの暮らしを知らずして、どうして子どものことがわかるでしょうか。
■病気の父、支える母
5年生の博子の家へ行きました。玄関を入ってすぐの戸が少し開いて、ふとんが見えています。お父さんがご病気のようでした。
「お父さんいかがですか」と声をかけたら出てきてくださったのです。その顔は土色で、腎臓透析を続けながら闘病しているとのことでした。お母さんは言います。
「3人の子育て、そりゃ必死ですよ。今、栄養士の免許もとろうと思って学校へ通っています。でも、父ちゃんが透析した夜は寝苦しくて、しょっちゅう寝不足で、学校で舟こいでますけどね。食っていかれへんもんね。子どもらにもね、父ちゃんがこんなにして病気と闘ってるんや、と病院で治療してるとこ見せますねん」
この親たちの暮らしを知らずして、どうして子どもを知ったことになるでしょうか。
■まきちゃん宅の仏壇
入学して3日目、帰り道でちょっとトラブっただけなのに泣いて帰ったのです。さあ大変、連絡帳に3ページ、その心配ぶりが綿々と書かれてあったのです。一体どんな子育てをしているでしょうか。
1ヵ月ほどして家庭訪問に行きました。「私ね、毎日仏さんにお水まつってるの、それが仕事なのよ」と語ってくれたまきちゃんですが、いったい誰がまつられているのか、と尋ねました。
「先生、私ね、実は前の夫の子どもがもう一人おったんですよ。不幸な死に方をしましてね。その子を私がまつってるんです」
辛い話ですが、乗り越えてきたからこそ話してくださったのでしょう。
そうか、あの入学当初の連絡帳に3ページも長々書かれていた心配な思いには、こんな人生が隠されていたのか、と納得したことでした。訪問に出かけ、仏壇を見たからこそ、こんな話も聞けたのです。
■連なるつるの折り紙
訪問先に連なったつるの折り紙作品が飾られていたので「どなたが作られたんですか」と聞くと、「いやあ、お父さんが、あんな道楽して遊んでますねん」と言うのです。
「じゃあ、裕ちゃんもつながったつる折れますか」と聞くと、「えー3つくらいなら作れますわ」と言うので、さっそく翌日、裕ちゃんに先生をしてもらって、折り紙で遊びました。もちろん、お父さんの立派な作品を借りてきて、子どもたちに見せました。しばらく教室に折り紙ブームができて、おもしろかったです。
親が親しんでいた文化が教室に持ち込まれ、子どもたちも楽しめたのです。訪問に出かけなければ、こんな機会も作れませんでした。
親もたまには、ゆっくりと先生に話を聞いてもらいたい、そして、何といっても先生と仲良くなりたいと願っています。私は、どこの家庭にもある「子育ての知恵」を学んできて通信に「家庭訪問記」と題して、皆さんに紹介もしてきました。
家庭訪問この良きものです。
(とさ・いくこ 中泉尾小学校教育専門員・和歌山大学講師)