気まぐれ爺じの自己満足家庭菜園&写真

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上野彦馬をテーマにしたモニュメント登場

2010年04月01日 | まち歩き

坂本龍馬ゆかりの亀山社中跡がある私が住んで

いる町の川向こうに日本初の営業写真館を開

業し、坂本龍馬、高杉晋作など幕末の志士の

写真を撮った上野彦馬をテーマにしたモニュメント

が出来ました、肘置き台(白い壁際にある)の

そばに立つ人を手前にある写真機の上にカメラ

を置いて撮影すると、かつて龍馬が撮った龍馬

の写真と同じ構図になる仕組みになっています

Photo_3

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   上野彦馬宅跡(上野撮影局跡)

設置されている説明板には次のような記事が

書かれていますので参考にしてみてはいかが

文久2年(1862)上野彦馬はこの地に接する

道路を隔てた北側の地(写真参照)に撮影局

を開業した、わが国最初の営業写真館だった

上野家は代々絵師の家系であったが彦馬は

日本で初めて銀板写真機を輸入した父、俊之

丞と同様に写真に興味を持ち、オランダ人医師

ポンペやフランス人ロシェから写真術等を学び

研究を重ねた、初期の頃のカメラは旧式の箱形

(湿板写真)で露出時間は約10秒その為首押さ

えや胴押さえが利用された、当初は写場もなく

屋根のない小屋が利用された、後にガラス張り

の写場が完成、長崎名所のひとつとなった。

坂本龍馬、高杉晋作、グラバーなど長崎を訪れ

た人たちはこの撮影局で写真を撮ってもらった

彦馬は西南戦争の従軍写真師を務め報道写真

家の先駆けとして評価され日本語の化学の教科

書である(舎密局必携)を著わすなど多大な功績

を残している、この画像のモニュメントは日本写真

の開祖・上野彦馬の功績を顕彰し、上野撮影局で

撮られた龍馬の写真と同じ構図で記念撮影ができ

るように同撮影局の写真機と肘置き台を再現した

ものである。

Photo_6

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わが町自慢120選倉田水樋水源跡

2010年04月01日 | まち歩き

    長崎218年の水がめ・倉田水樋跡

    所在地・長崎市伊良林1丁目1-3

新大工町電停から中島川に出るとすぐ右手に

銭屋橋が見える、この橋を渡ると30m川下に

倉田水樋跡の石碑が立っています、これは

1673年に本五島町在の回船問屋倉田次郎右衛門

が私財を投じて造った水源跡である、倉田はこの地

に湧き出す中島川の伏流水と、そこに流れ込む若宮

川の合流点に堰を築き水源地とした

この水は八幡町八幡神社付近まで地上を導かれ

その先は地下1.5mに埋めた水樋により東浜の町

西築町まで導水され更に堰で分岐して末端へ配られ

た、その給水区域は当時の長崎66ヶ町中50ヶ町余

に及び218年間市民の水がめとなった、1891年

(明治24年)本河内高部水源地の給水開始により

その役割を終えた、この水樋は私費を投じて造った

日本初の水道であり、倉田は奉行所から世襲で水樋

支配役に任ぜられ、立山の水道建設にも腕を振るった

Photo

Photo_2

画像上クリックで文字が読めるようになります 

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